機団飛来⁉
排煙が立ち込め、灰臭い空気が街を包んでいながらも空は青い。
昨日、異常事態が発生した港川湖市の街角に人の姿はなく、どの建物からも人の気配は感じられない。
ゴーストタウンと化した街のファストフード店の中、レジカウンターに肘をかけてドリンクを飲む。
カウンターを挟んで向かい側にいる銀髪の美少女は、どこからか持ってきた背の高い椅子に座ってカップのアイスコーヒーをすする。
なぜゴーストタウンに俺たちだけか……。
説明をするには少々遡る必要がある。
――事件は昨日の正午、起こった。
ザーザーと水の流れる音が心地いい。吹き抜ける風には潮風の香りが含まれている。
「もう海が近いな…」
自転車のペダルを漕ぐ足を止め、快晴の空を眩しく眼を細めて見上げる。
五月の第一週間、いわゆるゴールデンウィークだ。
ゴールデンウイーク最終日の五日、昨日までは家に籠ったり、予備校に通って勉強していた俺、坂巻天真はお恥ずかしながら大学浪人一年生だ。全国的に名の知れている国公立大学の、模試での合格判定は直前までA判定だった。受ける前から合格をした気で高を括っていた俺だったが、試験当日に40℃ほどの高熱を出してしまった。そのために無駄にもう一年受験生をしなければならなくなった。
浪人生にとってゴールデンウイークは第一の山場だ。ここで勉強から離れてしまえば、今後辛くなる。
だが俺は呑気にサイクリング中である。「昨日まで勉強しててから別にいっか~」的なテンションで一時間ほどサイクリングしている。
家から40分弱、自転車で走ったところには海がある道をゆっくり回り道しながら海に到着。近くに海があるこの地方が特別田舎というわけではない。
この街、”港川湖市”はおおよそ半世紀前から開発が進められた水都。街の至る所に水路が張り巡らされており、車より船やゴンドラが多く往来している。
そんな港川湖市は北以外の全方位を海に囲まれ、本土と通じる道は北の橋一本だけだ。
港川湖市は本日快晴。日々の暗いニュースなどが遠い世界の出来事のように平和だ。
そして海一面を見渡せる高台に到着する。携帯で時間を確認すると丁度正午。
ふと見上げた空から黒い点。
その点は数を増やし、やがてその点はやがて影となり、港川湖の街の各所に降り注いだ。
ドスン!と重い音を立てて降り注いだ影は数えきれないほどの数で、一つ一つが三mほどの二足歩行をする人型機械。両腕にはマシンガンやチェーンソーなどの物騒な装備をしている。
高台にいた人々は一目散に避難をする。人気のなくなった高台は急に静かになる。
俺も自転車にまたがり、強くペダルを踏み込んだ…。が、
ズドォン!!
俺の目の前に人型機械が降ってきた。
機械の着地の際の振動で自転車は倒れ、俺の体は機械の方へ投げ出せれた。
当の機械は俺を狙っており、振り上げられた右腕のブレードが太陽光を反射する。
「うわぁぁぁ!」
己の最後を悟った。脳裏には家族がよぎった。
(あー、俺の人生、後悔ばっかりだな……)
人は死ぬときは冷静になるというが本当だったようだ。この瞼を閉じた瞬間が長く感じられる。
機械のブレードが空気を裂くブゥンという音が聞こえる。
(……チクショウ。俺の人生終われねえ)
しかし俺の人生に幕は下りなかった。むしろ幕が上がったとでもいうべきだろうか。
眼を開けると機械が青空を仰ぐように倒れている。
「怪我はなかった?」
背中からかかった声に振り向くと息を飲んだ。
聞こえた声から推測するに女性の声。どんな女性なのか興味があったが、その興味は一瞬で覚めてしまった。
なんせそこに立っていたのは大きなヘルメットを被って、灰色のダイバースーツのような恰好をしている。身体のラインにぴったりフィットした格好が引き締まったウェストと小さくはないバストをより強調する。
「……???」
ここはどう反応すればいいのだろう?「誰だ⁉」「何者だ⁉」「お前は一体…?」駄目だ、全部一緒だ。
俺が第一声を決めあぐねていると相手側から話しかけてきた。
「見たところ怪我はないみたいね」
「あ…、はい」
ヘルメットで顔が隠れているので声は籠って低く聞こえる。
「君は逃げないの?さっき見ていた分にはみんな一生懸命だったけど」
「俺は単に逃げ遅れただけで…」
ゆっくりしゃべりながら相手の様子をうかがう。
そしてもう一つ驚いたことがあった。この女の傍らには一m弱のスナイパーライフルがあった。がっちりと右手で支えているあたり、彼女の物なのだろう。
どうにせよ迂闊なことは喋れない。
何とかして会話を続けなければ機嫌を損ねるかもしれない。
「そ、そういえばこの機械が急に倒れたけど」
「そりゃ、私が撃ったからね」
どうやらあのライフルは本物のようだ…。
「操縦者らしき人間が出てこないってことは無人かな?」
「さぁ見てみましょうか」
そう言って女は俺の手を引いて機械の横に立つ。
コックピットの窓を割って中を覗き込むと、女と同じ恰好をした人間がぐったりとしていた。ヘルメットの眉間部分に穴が開いている。
(…ヘッドショット!!)
まずいぞ。本物のライフルな上に正確な射撃能力を持っている。機嫌を損ねたり逃げたりしようものなら頭をBANG!!される。
横目で女をうかがうもヘルメットで隠れて表情は見えない。
コックピットから飛び降りた女はライフルを低く構えて辺りを警戒している。
俺も下に降りようとしたとき、視界にあるものが留まった。
手を伸ばして届いたそれを掴んで持ち上げる。
掴んだ取っ手のある銀色の板は約一mの大きさで、横幅も厚みもそこそこある。銀色の表面なのに触った感じは冷たくない。全体に脈が刻まれており、不思議な模様をしている。それに片手で持ち上げられる重さだ。
摩訶不思議な銀の板を持ったまま女の元へ向かう。
「あなた、それを機体から持ってきたの?」
「あ、あぁ。なんか不思議なものだったからつい…」
「別にいいけど、あなたじゃ使えないだろうし、いざというときはそれを盾にして逃げたらいいわ」
「おう…」
(この板に特別な使い道があるのか?)
女の言葉に疑問を持ちつつもスルーする。
「また一つ来た」
女はそういってライフルを構える。
その先からは車輪が転がる音が聞こえる。
「来たってあの機械か⁉ どうするんだよ逃げるか?」
「あなたは隠れるなりしたらいいわ。今逃げるのはちょっと危ないかも…」
「分かった。適当に隠れとくから死ぬなよ!」
俺は手近の茂みに身を潜める。
女は高台のベンチの裏から狙撃体勢に入る。
集中された一弾が姿を現したばかりの機械を打ち抜く。
左肩を打ち抜いたが、スナイパーライフルだとそれでは足りない。
女を見つけた機械は残った右腕のガトリングを乱射する。
女は時計台の影に身を潜めるが、反撃には出られない。それに機械は徐々に距離を詰めている。完全に近づかれたら狙撃手に勝機はない。
「くそっ…。こうなったらこれで」
強く握った板を見直す。板となれば機械のコックピット部を殴りつけても停止するかどうか。少しでも時間を稼げれば女が射撃するだろうか。兎にも角にも試さなければ始まらない。
高まる心拍を抑え、深呼吸。脳内で三カウントをとり駆け出す。
「うおぉぉぉ!!」
思いっきり跳んでみても三mの高さのコックピットには届かないだろう。でも少しでもダメージ性を持たせなければ陽動にならない。
思いっきり振り下ろした。すると刻まれた脈が青白く光る。
振り下ろした一太刀は機械の背中に三本の傷をつけ、切り崩した。
跳んだ景色から見えた世界はいつもよりずっと高い。
倒れた機械の影から女が現れる。
「地球人がブートバスターを……」
ガトリングの何発かが当たったのかヘルメットにヒビが入っている。
女が少し動けばヘルメットのガラスが割れ、傷ついたヘルメットが落ちる。
潮風が吹いた。潮風の匂いはここを間違いなく港川湖だと知らしめ、女の髪を揺らす。
”女”と呼んでいたが、それは”少女”。歳は俺と同じくらいだろう。長い銀髪を揺らし、その紅眼は俺を見ている。整った顔は驚きの表情も画になる。
…片手に持つスナイパーライフルがなければいいのにな…。
「ブートバスター?」
少女の言葉を反芻するも答えはない。
そこからは続々とやてきた機械から逃れ、人のいなくなったショッピングモールで一夜を過ごした。
「マスター。お代わりちょうだい」
銀髪の美少女はファストフード店のレジカウンターでさながら渋いバーのカウンター席であるかのような振る舞いをする。
「はいよ。同じやつでいいな?」
いつの間にかマスター扱いされている俺は少女の返答を待たずにアイスコーヒーをカップに注ぐ。そして砂糖とミルクを適量入れて差し出す。
それを受け取った少女は美味しそうにコーヒーをすする、
これは恐らく渋いバーとファストフード店とを盛大に勘違いしている。
しかしどこからツッコもうか。
「リリーファよ。とりあえず恰好を何とかしないか?」
「待って。今は朝のブレイクタイムよ。焦ることはないわ」
リリーファ。これが銀髪美少女の名前だそうだ。”リリーファ・K・ガウディ”歳は一六で少し下だった。
そして恰好はというと、昨日と同じボディラインのはっきり分かるダイバースーツ(仮)だ。如何せんそのスタイルが良すぎるため、思春期の男子には刺激が強すぎる。
俺の提案を聞き受けたリリーファは席を立って手頃な洋服店へ向かう。
――ここは港川湖市、海岸近くのショッピングモール。その港川湖市は本日〇時に放棄され、正真正銘のゴーストタウンとなった。