3.現実的なドS女は物欲に負け、る?
翌日の昼休み。俺はとある場所にいる。とある場所とは、もちろん彼女がいつも昼食を取っている歴史資料室の前だ。当然のことながら、深山先生の1日の行動は既に調査済みである。
それにしても、昨日は失敗した。相談する友人を間違えて、無駄に俺が深山先生を狙っていることを広めてしまっただけ、だなんて。もう、他人の力などあてにするものか。どうせ外堀は埋め終ったんだ。後は深山先生をオトすまで粘れば良いだけの話なんだし。
自慢ではないが、俺は年上の女性とは付き合い慣れているわけで、どういう言動が好かれるか、習得している。まぁ、深山先生にそれが通じるかと聞かれれば、首を傾げざるを得ないわけだが。――だって、あの人、ドSだし。
とはいえ、俺の性質は俺様であってドMではない。そういう方面で喜ばせることは不可能だ。喜ばせるためにそんな“フリ”をしても構わないが、おそらくはバレるだろうし、逆にどん引きされるに違いない。
というわけで、やるべきことはただ1つだ。多少の緊張はしているが、何ら問題はない。
コンコン、とノックをすれば、誰かが動く気配がして扉がスライドする。
「あの、」
「――あ~・・・ちょっと待て。私を巻き込むな」
出て来た鴻崎先生(姉)にセリフを遮られ、俺は首を傾げる。巻き込むなって・・・別に巻き込むつもりはまったく無いが。――いや、俺はそのつもりでも深山先生が巻き込むか。
暗黒冥王を巻き込めるなんて、さすがだな、深山先生。
「小町、私は美術室に行くから」
「――は!?」
「とりあえず、この悩める青少年の面倒を見てやれ」
「はぁああ?!」
一方的に言われて大混乱中の深山先生だが、当の鴻崎先生はそのまま食べかけの弁当を片付けて袋にしまい込むと、歴史資料室を出てくる。
「まぁ、健闘を祈る」
なんてすれ違いざまにこっそりと言われて・・・だから!どこからの情報だよ!!理事長か?理事長なのか!?
それとも・・・まさかとは思うが、暗黒同好会の情報網か?外堀を埋めている最中に引っかかったか・・・。
どちらも情報源は同じような気もしなくもないが、まぁ、それは放置だ。
「深山先生・・・」
「あー・・・どうしたの?」
「唐突ですが、名古屋のイケメン武将に興味ありません?」
ぴくん、と深山先生の身体が震える。
よし!歴女ホイホイと言われる例のおもてなし武将に引っかかったな!
「実は、今度の休みに名古屋でウチの系列会社の社員を集めての懇親会がありまして・・・俺も参加することになっているのは良いんですけどね、ちょっとばかり面倒な女性がいまして」
「・・・ああ・・・日根くんって、年上キラーとか言われてるんだっけ」
ちょっと呆れたような表情をされたが、そこは構うまい。
「それでですね、ぜひ、先生に付いて来てもらいたいなぁ、と思いまして」
「なんで私?・・・他にもいんでしょ?」
「いやいや、勘違いされたくないですし、俺的には深山先生が良いんですよ」
「ああー、勘違いしない相手が良いわけかー」
「深山先生になら勘違いされても良いですけどね?」
「は?」
「深山先生になら勘違いされても良いですけどね?」
「いやいや、2度も言わなくて良いし?」
「大事なことなので2回言いました」
「・・・・・・え?」
「率直に言いましょうか?――俺、深山先生が好きなんです。お付き合いしてください」
にっこり。
社交界で鍛えられた笑顔をうかべれば、深山先生はその場から飛び退くようにして俺から離れた。
む。引かれるようなことは言ってないぞ。
「ちょ、ま・・・な、何言ってんの!?」
「ああ、ちなみに、うちの両親は深山先生なら本気でもOKだそうです。理事長からも相性抜群とのお言葉を頂きましたよ。俺達ベストカップルになれそうですね?」
「ぎゃー!!外堀埋められてるぅうう!!」
「ふふ・・・逃がしませんからね?」
「だ、だが、断――」
「武将フィギュアセット・・・」
「ぐっ」
「日本全国城めぐり・・・」
「ううっ・・・」
ふむ・・・もうひと押しか?
「しかたないな、出血大サービスですよ?俺が先生の好きな武将のコスプレをいくらでもやってあげます」
「――乗った!!」
「乗ったからには途中下車はできませんので、あしからず」
「きっと、途中で嫌になるか、飽きるかするでしょ?」
そう言って苦笑う深山先生だが、俺は貴女を手放すつもりなんて毛頭ない。
「そう言えるのも今のうちですよ?いつか完璧にオトしますから、覚悟しておいてくださいね?」
「へぇ・・・じゃあ、それは楽しみにしておこうか」
半分以上本気にしてないみたいだが、まぁ、良い。ここからが勝負だからな。
物欲に負けることが決して悪いわけではない! by深山小町