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12.俺様とドS⇒顕現

凱視点

 取引会社の社長に掴まってちょっと目を離した隙に、小町さんは俺の婚約者候補と言われていたご令嬢方に囲まれていた。


「・・・おやおや、引きとめて申し訳なかったね」


 社長が申し訳なさそうな視線を向けてくるので、俺はニッコリと笑って気にするなと首を振る。


「大丈夫ですよ、あの程度でへこたれる人じゃないですから。なにせ、あのカロリー学院の教員を3年以上も勤めてる人ですから」


「ほう、この先の日根家も安泰のようだね」


 目を軽く見開いて感嘆の声をあげる社長。


 それだけカロリー学院はネームバリューがある。そこに3年以上勤めるという意味も、かなり重要だ。


「もちろん。あの人を逃がすつもりもありませんし、カロリー学院で優秀な人材には既にツバつけてますから」


「いやはや、日根家の次代は頼もしい限りだね」


「ご期待に添えるよう、頑張ります。・・・では、失礼しますね。一応、助けに入らないとなんで助けないんだって怒られちゃいそうなので」


「ははは、まぁ、妻には尻に敷かれるくらいが丁度いいよ」


 かくいう社長自身も奥さんには頭があがらないらしい。もちろん、決める所はバッチリと決めているみたいだけど。


「主導権の取り合いも楽しいものですよね」


「うんうん、その通りだね。・・・ああ、ほら、我慢の利かない小娘が大声を出しているよ、助けてあげないとね」


「ええ」


 挨拶もそこそこに社長と別れて、俺は小町さんの背後から近づいていく。


 彼女を取り囲むご令嬢方は怒りのせいで視野が狭くなっているらしく、全く俺に気付いた様子はない。


 まぁ、その方が都合が良い。


 そうして手を伸ばせば届く位置まで来て、お腹の当たりに腕を回してグイっと自分の方へと引き寄せた。


「ひゃ!?」


 小町さんも俺が近付いていることに気付いていなかったようで、倒れそうになる身体を立てなおそうとワタワタしている。


 そんな様子が可愛らしくて、つい、ふ、と笑ってしまった。


「小町さん、慌ててるの、可愛い」


 耳元でそう囁いてあげると、顔を真っ赤にしてこちらを恨めしげに見上げてくる。


 ナニこの生き物。超可愛いんだけど。ドSって攻められると弱いっていうのは、ホントかもしれないな。


「ちょ、日根君・・・!」


「ん。もう少し、俺の腕の中にいてくださいよ。ね?良いでしょ?」


 そう。これはけん制も含まれているんだから。そういうニュアンスも含めて伝えれば、小町さんは渋々頷いた。


 まぁ、大人しいフリをしていたし、元々このご令嬢方を俺に始末させるつもりだったのだろうから、そのくらいは仕方がないかと判断したんだろうなぁ。


 うーん・・・こう、俺が求める反応をしてくれないと、ちょっと悲しい。


 俺の思いが伝わってないのかなと思うし、結局流されてくれているようで流されてくれてない、年上の女性の強かさ的なものも感じる。


 やっぱりこの人が欲しいな。日根家としてもだけど、個人としても小町さんが欲しい。


 ああ、どうしよう。一緒にいればいるほど好きになっていくんだけど。


 でも、今はそれはさて措いて、この勘違いご令嬢をなんとかしないとな。


「・・・それで、俺の大事な人を取り囲んで、何をなさっていたんですか?」


「凱さん・・・!」


 大事な人、を強調しつつ言えば、ショックを受けた様子のご令嬢方。


 確かに俺は来るもの拒まずだったけど、遊びだと割り切っている相手としか付き合ってはいない。本気になりそうな人や、肉食系女子なんかはお断りしてきた。


 つまり、本命はいない。というのが周知の事実だったわけで。


 彼女等からしてみれば、ぽっと出の小町さんがいきなり俺にエスコートされてパーティーに現れて、怒りを覚えたのだろう。


 でも。怒っているのはこっちも同じだ。


「随分と品のないことをなさっているんですね?・・・ああ、ヘルシー女学園の受験も落ちてますもんね。所詮その程度ですか」


「その方も、一般家庭のご出身でっ・・・」


 ああ、ブーメランで戻ってくるって言いたいわけか。でも、残念。ヘルシーの名前を出したのはワザとだ。


「一般家庭の出でも、カロリー学院の教職員ですから。しかも、3年以上勤務している優秀な女性ですよ?」


 生徒よりも教職員の方が採用枠が狭いのは当然で、しかも長続きする教職員はとても優秀だと評価され、それだけで社会的なステータスにプラスになる。


 つまり、どこぞの社長令嬢なんて肩書なんかよりも、よっぽど信用があるということだ。


「か、カロリー学院の・・・」


 驚くご令嬢方に、小町さんは首を傾げている。


 他のカロリー学院の(パンピーの)先生方にも同じことは言えるが、あの学院で3年以上勤めあげるのがどれだけ大変か、なんて自覚はないんだろうなぁ。きっとフツーに授業をやって、生徒と交流してるだけって思っているに違いない。


 実際はすごいステータスなのに。


「――そもそも、日根家が大事にしている人なのに、付きまとうなとはどういう意味でしょう?貴女に言われる筋合いはないと思うのですが」


「そ、それは・・・」


「この件で彼女に逃げられたらどうしてくれるんです?日根家にとっての損失は莫大なものになるんですよ?」


 ああ、そんなバカな、って言いそうな顔しないでくださいよ、小町さん。それくらい貴女のことが大事なんです。


「日根様、違うのです。彼女は日根様のことを思って・・・」


 一方的に責められる彼女を庇うようにして出て来たご令嬢。庇われた彼女はホッとしたような顔をする。


 だが、小町さんに対する暴言の数々を直接は言ってなくても、小町さんを囲んでいたご令嬢方も同罪だから、庇うどころの話ではないということは気付いているだろうか。


「俺のことを思って?・・・へぇ、こちらは望んでもいないのに?」


「・・・っ」


 つい、冷たい視線を送ってしまって、怯えられてしまう。


「おお、俺様顕現・・・」


 ぼそっと真下からの呟きがあって、思わず噴き出しそうになる。・・・ここって俺様顕現とか言うシーンじゃないだろうに。っていうか、俺様か?今の。


 でもまぁ、どうやらドSには美味しいシーンだったようで・・・小町さんは俺の腕の中で、プルプルと怯えて震えるご令嬢を嬉しそうに見ている。


 俺は一瞬にして緩んでしまった気を取り戻そうとするが、そんな小町さんを見た後では怒りが持続するわけもなく。


 まぁ、いいか。小町さんも楽しそうだし。これくらいで。なんて結論付けて、とりあえずこの場から立ち去るための言葉を口にした。


「そういう気持ちの押し売りはご遠慮します。では、貴女方にはもうお会いすることもないでしょうが、どうぞお元気で」


 もう、彼女達をパーティーに招待することはない。日根家にも近寄らせない。完全にブラックリスト入りであることを暗に伝えて、俺は小町さんの手を取り、その場から離れた。

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