乙女ゲームに巻き込まれたらしい。
伝統的な建物が並ぶ、「私立春風東高等学校」は学問の名門として名を轟かせている。
そんな学校のデカすぎて正門なのかわからない入り口を前に私こと、宮原 蘭兎は神妙な顔をした。
「何で私がこんなめに……」
桜吹雪がこれでもか!と、舞う中で身に覚えのある光景が目の前で繰り広げられていた。
「あの、……大丈夫ですか?」
淡い栗色をした髪を春風に靡かせ、大きな瞳を何度か瞬きさせる。薄く形のよいピンク色の唇からは心地のよいソプラノ声が聞こえた。
「…………………ああ、大丈夫だ」
そして、声を掛けられた男は桜の下に座っているため正確な背丈は解らないが、少し見ただけでも脚が長く長身なのが伺える。
少女を見上げた形の男は切れ目をしており、冷たく感じさせる青い瞳が光りを受けてサファイアのように輝いた。漆黒の髪は癖もなくサラサラと靡いている。
美少女と美男子。正にその言葉が似合う組み合わせ。
そんな組み合わせを私は前にも……、正確には前世で行ったゲームで見ていた。
「…………やっぱり、か」
ふぅ、とため息をつけば肩の力が見る見る抜けてゆく。
そして、どうしようもない脱力感だけが残った。
何だっけこのゲームの名前…、ああ、「色恋」だ。確か主人公や主要人物の名前には色が入ってるんだっけ?
……、私の名前には入ってない。「宮原 蘭兎」だから大丈夫…。
と、いうことは?
自由の身!!
そうか。なら、やりたいことやってもいいかな。
目の前で繰り広げられる恋の始まりは最早目に入ってなかった私は抑えきれない笑みを零していた。
―――――――
あー、これは酷い。
何故私のクラスは主人公とイケメン君達が揃った主人公クラス何ですか?
びっくりし過ぎて即刻その掲示板を蹴り破っちゃったじゃんか。
苦い表情のまま自分の席に着けば、女の子の奇声……、これは言い過ぎか。歓声?が聞こえてくる。
「木野 桃花ちゃんはいるかな?」
落ち着いていて軽やかな声に聞こえた方を見れば2年の白銀 理人が少し下がった目尻を柔らかく細め、優雅な笑みで教室内を見回す。
「ッ!」
そして、小動物のように慌てる木野 桃花を見つけると蕩けるような笑みへと変わった。
「ちょっと今いいかな」
最早その態度は有無を言わせないものであった気がしなくもないが周りは気づいてないのか木野 桃花に女子の羨む視線が向けられている。
イベント発生か。
確か生徒会に入るんだっけ?
うっすらと覚えている記憶を手繰り寄せ今後の作戦を立てる。
主人公はマズイな、ここはモブキャラ扱いだった若藤 鈴香先輩にするか……、いや、それともクラスメイトにするか。
纏まらない思考を巡らせ黙っていると目の前が陰り不信に思い、顔を上げてみれば目を釣り上げて怒る幼なじみがいた。
「お前な!あれ程起こせつったろーが!」
「あれ程起こさないって私も言った」
「うるせぇ!髪セットしたかったのによー。それにまたケバくしたな。メイクも任せろつったろーが」
キラキラと光り輝く金髪が机を叩いた反動でふわりと舞う。
このやや幼さが残る釣り目は幼なじみで、三橋 黄平という。
あれ?よくよく考えればコイツも色付いてる……攻略キャラだっけ?
そんなことはどーでもいい。
それより私は考えたいことが……。
「あっ!理人さんじゃんか、何やってんの?」
黄平が大声を出すもんだから桃花達に向けられていた視線は一気にこちらに向き、白銀 理人は苦笑しながらこちらに近づいてきた。
うぉいッ!
来なくていいんだけど!ってか、何?黄平は白銀理人と知り合いなわけ?
黄平の攻略キャラフラグが立ったね。
いや、思い出してきたからわかってたけど。
「黄平……。私、便所」
「……女が便所とか言うなよ」
「じゃあ、厠」
「お前の頭の中にはお手洗いとか、トイレって言葉はないのかよ!」
いーじゃんか、行くところは別に変わらないじゃない!
というか、今はそれどころではなくて私は一刻でも早く逃げ出したいの。
「ない。じゃあね」
「君達は面白いね」
立ち上がろうとした瞬間、クスクスと笑い声と共に、長身の白銀理人によって逃げ場を塞がれた。
「達ってなんだよ!達って!」
「私も黄平と同類にされるのは気分が悪い」
「おい!どーいう意味だよソレ!」
「あんまり気にしないで、そのまんまの意味だから」
「気にするわッ!言っとくけど、理人さんが言ってた面白いはお前のことだかんな!」
「心外だ、私は常識人だもん」
「「…………、」」
ちょっ、なんで黙る!
しかも白銀理人なんて初対面なんですけどッ!
失礼な奴らめ。
睨みつける私に黄平は口をへの字に曲げ、理人は少し微笑んでみせた。
…………ちょっと待て、怒りで忘れていたけど、白銀理人は桃花を呼び出し中じゃなかった?
なのに何故こんなところで私達と雑談を繰り広げている?
主人公放置じゃんか!
何やってんだ、白銀理人!仮にも思いを寄せることになる人物を放置とかッ!
「あー!全部、黄平のせいよ。わかってる?」
黄平が理人を呼ぶから!レディを蔑ろにするなんて外道がすることよ。
「意味わかんねーよ」
「あ、桃花ちゃん……君もおいで」
今気づいたかのように呼び寄せる理人に呆れた目を向けてから木野さんを見る。
……可愛い。
慌てふためく姿がヤバい、顔赤いしウサギみたいにぴょこぴょこしてるし……ヤバい!
好みです。
「えっと、白銀先輩?なんの用でしょうか…」
怖ず怖ずと聞く桃花に抱きしめたい衝動を抑える。
「まだ内緒……。そうだ黄平達も来なよ」
はい?
その達ってなんですか、誘うなら黄平だけにしてくださいよ。
「今から?」
「うん」
「……行くか」
え、何?
行くかって誰誘ってるの?
ああ、木野さんを誘ってるのか。では、私はここで帰らせてもらいます。
「いってらっしゃい」
「何聞いてたんだ?お前もだよ」
「やだ」
「宮原さん……」
Oh……、そんな瞳で見つめないで欲しい。
断りにくいじゃないか。
「……くっ、行きますよ。でも、一つ……いや、2つ要望があります」
こちらとしては元々行きたくないし、少しくらい利用してもいいよね?
「要望って……お前なぁ」
呆れている黄平をジロリと見やり黙らせる。
「いいよ、言ってみて」
軽やかな白銀理人の声に少し表情を和らげた。
「一つ目は、白銀先輩が教えても大丈夫そうな女の子を紹介してくれること。二つ目は、木野さんのメアドが知りたい」
「うん?」「はい?」「はぁ、」
わぉ、全員違う反応ですか。
「これを聞いてくれるなら例え茨の道であろうとついて行きます!」
「………私はいいですよ」
ふわりと笑った木野にキュンと胸が締まる。
「俺は聞いてみないとちょっとわからないな……まぁ、紹介ならするよ」
こちらもにこやかに返してきたので私は無言で頷き、了承と示す。
「………たくっ、じゃあ話も纏まったことだし行くか」
立ち上がり4人で歩くが……、うん。目立ちますね。
優しく人気の高い白銀理人に一応、整った顔らしい金髪の三橋黄平。さらに、美少女と朝の段階で校内に広まった木野桃花が一緒に歩いているのだ。目立たない訳がない。
別にいいけどさ……。
一応私にも恥じらいくらいは有りますよ。
一緒に歩きたくないや。
そんなこんなで実際は短かったのかも知れないが、とてつもなく長く感じた移動という名の羞恥プレイからやっとのことで抜け出した私は生徒会室前に立っていた。
「さぁ、入って」
扉を理人がゆっくりと開けるとどこから光ってるのかわからないが、中が見えないくらいの光りが目を刺す。
うーん。
目がチカチカして見えない。
「し、失礼します!」
おろおろと周りを見渡しながら入っていく木野さんの後を黄平がずかずかと遠慮なしに入っていった。
私は目がやられて二人の後を少し遅れてついていく。
「りー!……何だよ。そいつら」
「りー」とは白銀理人のことらしい。最初、理人を見てニコニコと笑っていた男は私達を見た瞬間に怪訝な顔をした。
「蓮?もう来てたんだ。おはよう」
………あの、理人さん?
今この状況でその返事を返せるとか、ある意味尊敬します。
因みにいうと殺されそうなくらい睨まれてるんだけど。
この男はたしか一つ上の緑河 蓮高校生に人気雑誌のメンズィの専属モデルだった気もするが、そんな顔じゃファンもドン引きだろ。
「蓮さん、顔こえー」
ケタケタと笑うの黄平は緑河蓮とも知り合いらしい。えっ、聞いてないんだけどどこで知り合ったんだよ。
笑う黄平とは対称的に涙を零しそうなくらい怯えている木野さんが私の背中に抱き着いてくる。
うん。役得です。
暫し至福を得ていた私に冷たい視線を向けてから蓮は威嚇するようにはん、と鼻を鳴らす。
「そんなに、化粧して男でも捕まえる気か?残念だけどお前みたいな女、誰も相手なんかしねーよ」
…………なんだコイツ。
すごいムカつく。
つーか、これはそんな理由で化粧してるわけじゃないし。
「別にいいよ。それよりあんた爽やかとか雑誌で言われてるくせにとんだ化けの皮被ってんだね」
「りー、こいつなんなの?不愉快なんだけど」
蓮は中性的とも思える綺麗な顔を歪めた。
「面白い子でしょ?黄平も、もっと早く教えてくれれば良かったのに。人生を少し損した気分だ」
あのー、やっぱり可笑しいよ。
何故、不愉快から面白いに変わったんですか?
むしろ逆ですよね。
「帰っていいかな」
睨まれてまでこんなところ居たくないんだが。
さらに、ぶっちゃけますとこの生徒会、男しかいない。
そういえば、一部のファンにはBL目的の人もいた気がする……。
因みに、何故男しかいないのかというとこの睨みを効かせてくるこの男が原因。
確か、女嫌いで追い出したとか、どーとか……そんなエピソードがあった気がする。
「み、宮原さん、置いてかないで……」
きゅっと制服の裾を握り、見上げてくる桃花ちゃんは私のツボの好いところをついてきた。
あー、お持ち帰りしちゃっていいかな。
ヤバい可愛い、可愛い、可愛い!
これが主人公っつーものなのか?
掻っ攫いたい!
「うん、置いてなんて行かない……まずは部屋でゆっくりとお話ししましょう!」
私よりも少し低い木野さんに手を握り、視線を合わせる。
さぁ、あとは二人で楽しみましょう。
ニッコリと笑うと、脳天を殴られた。
「ひぎゃッ!ちょ、何すんのよ!」
「……お前は、なにこの状況で木野をお持ち帰りしようとしてんだよ」
ジンジンと叩かれたところが痛み、僅かに涙が浮き出てきたのを堪える。
「私達は気にせずに皆さんはどうぞこの生徒会で愛を育んで下さい!」
それだけ言うと私は木野さんの手を掴んで出口へと急ぐ。
だって、ねぇ…。
女嫌いの居るところに木野さんなんか置いたらあの男、絶対に姑みたいなちっさい嫌がらせするだろうし。
それに……、
「ぶほッ!」
「……何だ」
目の前に突然現れた障害物に木野さんの手を引いて歩きだした私は、避ける間もなくぶつかった。
「あっ、朝の……」
後ろにいた木野さんは声を僅かに挙げ、私の背中から少し頭を出す。
「……ん、あの時はどうも」
素っ気ない返事とともに木野さんの頭に大きな手を乗せる。
わぁ、朝の座った姿だけじゃわからなかったけど、すんごくデカイ。
いや、ゲーム内でも十分でかさは伝わってましたけど現物は思っていた以上だったよ!
「隆青、桃花ちゃんと知り合いだったの?」
のほほんと聞く理人に隆青は小さく頭を横に振る。
「………朝、寝ていたら毛布を貸してくれたんだ」
そういい、握られた物はファンシーなイチゴ柄が入ったピンクの色をしたブラウンケットだった。
佐野 隆青無口キャラで見た目が多少威圧感があるため、最初はあまり人気がなかったが、いざという時に傍に居てくれるお父さんの様な頼れるところが出てくると瞬く間に人気が上がったキャラだ。
理人がお母さんで隆青がお父さんだっけ?
ネットではみんなにそう呼ばれていた二人を思い出し納得する。
「隆!そのケバい女捕まえろ」
捕まえるもなにもこの人が出口塞いでて出れないし。
木野さんの手を離し、息を小さく吐いて振り返ると感じの悪い笑みを浮かべた蓮がゆっくりと近づいてきていた。
「ケバ、名前なんだよ」
……、ケバって私のことですか?
「貴方に教える名前など持ち合わせてないです」
「宮原蘭兎ですよ。蓮先輩」
ニッコリと笑いながら裏切ったのは私の幼なじみである。
「な、なんで言ったの!」
関わりたくないのに…。
裏切り者!
「……蘭兎、じゃあ、蘭な」
「はい?」
私の名前を呟いてから満足げに笑った緑河蓮はつー、と指先で私の顎に触れ、上を向かせる。
必然的に緑河蓮と見つめ合う形になった私は小さくため息を零した。
「厭です。名前を呼ばれる筋合いはありませんし、今後先輩に会うことも話すこともありません」
おわかりですかね?
関わりたくないんですよ、私は。
後ろで私と佐野隆青の間に隠れる桃花ちゃんは緑河蓮が恐いらしい。
フラグ折れたね、先輩。……ざまぁ。
そんなことを思いながらほくそ笑んでいた私は気づかなかったのだ。すでにこのゲームに巻き込まれ後戻りなんでできなくなっていたことに。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は過去に書いていたものでずっと放置状態だったので続くかわかりませんが、少しでも需要があれば書きたいです。
後でサイトのほうへ載せるかもしれません