5.うらめしいっていうか、うらやましいっていうか
「マクシム」
「言うな。冷静になれ。お前の仕事はなんだよ、私事に走んな」
「悪い……」
表情に温度を取り戻したオレクは、ため息と共に両手で髪を掻き上げた。表情は重たく、声は暗い。沈痛な面持ちで首を左右に打ち振る。
「わかってるんだ。わかっては。でも、どうしても我慢できなくて」
「言うなって」
「いつもいつも俺は間に合わなくって」
「オレク」
マクシムの声がたしなめるような響きを帯びる。しかしカウンターにもたれかかって額に片手をあてたオレクは、眉間をきつく絞った痛々しい面持ちで首を横にふるばかりだ。
見かねたように、隊員の一人が口を開く。
「と、とりあえず、ヴィオラさんに怪我がなくて、本当によか」
「そんなこと当然だ!」
ダン! とオレクの拳がカウンターに叩き付けられて、その隊員は自分の失言を悟った。すみません! と即座に謝罪の言葉が胸に湧き上がったが、その対象はオレクではない。自分に突き刺すような視線を向けてくる、マクシムを始めとする他の同僚達に対してである。当のオレクはその隊員ではなく、証拠品として一時的に回収されるヴィオラ愛用のめん棒を見つめていた。
護身の術が必要だ、しかしこれ見よがしの危ない武器を持ち歩くのも店頭に置いておくのも嫌だというヴィオラに、オレクが提案したのは簡易な体術と、それから一種の警棒術だった。多少難しいが状況に応じてその場にあるもので対応できるという説明で納得したヴィオラは、元来の要領の良さも相まって今や多少の相手ならば無傷で対処できるほどに腕を磨いている。ヴィオラの愛用しているめん棒は、オレクの手ほどきによって一通りの技を習得した彼女へ、訓練終了の祝いとしてオレクが贈ったものである。
オレクからは見えないが、ざくりと斬り込まれた木面の奥を覗けば鈍い金属の輝きが確認できるはずだ。中心に軽量化や対物強化、反動軽減などの魔法を施した金属棒をしこんだ特殊めん棒は、オレクが自らの伝手で作成した特別製である。
使ってもらうために贈ったものだ。だがめきめきと腕を上達させ、今では警邏隊の到着を待たずに襲撃者を打ち据え組み伏せ拘束までする、的確すぎるほどにオレクの贈り物を使いこなしている幼馴染みを見て、確かに湧き起こる感情がある。
「俺はあいつに、そんなことさせたくないのに……」
「オレク、わかってるから」
だから、となだめるように声をかけるマクシムを振り払うように、オレクは首を横に振る。肉屋の娘が目の前から失せて一度は冷静になりかけた心が、先の隊員の不用意な一言でまた熱を帯び始めていた。当の隊員は同僚達から睨まれて冷汗をかきながら身を縮めているが、オレクの視界には入っていない。入っていないというか、認識されていない。
「どうしていつも彼女達はヴィオラを狙う? 俺のことが好きだから? 俺が、ヴィオラのことを好きだからか?」
「オレク。副長。落ち着け、な? わかってるから、それ以上言うな」
「俺ならいいものを、どいつもこいつもヴィオラを襲って、あいつに撃退されて」
「オーレクー? もうやめようか。俺達、お前の言いたいことは、ちゃんとわかってるから」
マクシムの言葉に全員が強く頷いた。しかし、オレクの目と耳には届いていない。届いていないというか、認識されていない。
「がまんできないんだ、マクシム。許せない」
「オレクさん。オレクさん。聞いて? ねえ、聞いて? 俺の名前出してるけど、お前、俺と会話してないよね? マクシムさんとちゃんと会話しよう?」
「撲ったり、打ったり、蹴ったり、ねじ伏せたり、そんな暴力、俺はヴィオラにふるってほしくないんだ。彼女達に、してほしくない。ゆるせない」
「……」
「そんな、そんな、――気持ちのいいこと!!」
俺だってされてないのに……!
振り絞られる悲痛な声に、同意する声はもちろんない。