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1.恋とはどんなものかしら

 世の中には、相手のことが好きで好きで好きで好きで好きで以下略過ぎて、病みに病んだ心が通常装備の人たちがいる。普通は恋をするときらめいているはずの瞳が、行きすぎて完全に光を失ってしまっているクチだ。そういった人間に関わると全くろくなことはなく、周囲の人間関係に支障をきたすどころか、自らの生命維持さえおぼつかなくなる。

 その愛の深さがたまらないなどとのたまう方々は大抵娯楽小説の読み過ぎで、現実味のない妄想のお伴程度にしか考えていないからそんな悠長なことを言っていられるのだ。そういった方々は早急にその趣味嗜好にあった恋人を見つけるべきである。そしてこの苦労を知るべきである――と常々思っているヴィオラはもちろん、恋に病みきった人間の被害を現実に日々被っている側の人間である。


 当年19歳になるヴィオラには、オレクという名のふたつ年上の幼馴染みがいる。ふんわりとうねる猫毛の髪を短く整え、柔らかく目尻の下がった甘めの優しい顔立ちに、暑苦しくない程度にしっかりと筋肉をつけた長身を持った青年だ。早くから警邏隊(けいらたい)に所属し、実力至上の警邏隊において、ついに今年からは支部小隊の副長を任されている。正に、顔よし、体よし、頭よし、力よしの非の打ち所がない優良物件である。というのは全く物事のごくごく一面しか見ていない評価で、ヴィオラに言わせてみれば、これほどの不良物件は他に例を見ない。なにせヴィオラが日々こんなにも、時に我が身さえ危険にさらすほどの苦労に見舞われているのは、まったくもってすべてがこの幼馴染みのせいだからである。

 なんでも昨今の娯楽小説では、錐揉みしつつ斜め滑空する病み思考で恋慕する相手にでれでれすることを「ヤンデレ」と言うらしいが、その言葉を借りるならば、ヴィオラの幼馴染みは、正に「ヤンデレ製造機」だった。


 オレクはもてる。大変もてる。それ自体に問題はない。恋情を抱かないヴィオラから見ても、オレクはいい男だ。優しい顔立ちに見合った性格で誰にでも分け隔てなく接し、しかしだからといって彼が単なる優男ではないことはその実績と均整の取れた体が証明していて、頼りがいのある男らしさも感じさせる。もてるのは当然だと、ヴィオラだって思う。しかし、彼に恋する乙女の全部が全部、例外なくヤンデレ化していくのは一体どういうわけなのだろうか。


 たとえば、東街の花屋の娘。通りで花売りをしていた際、ならず者に絡まれたところをオレクに助けられたのが縁で好きになったらしい。恋や愛にまつわる花言葉を持った押し花を添えた紙しおりを交流の贈り物としていたが、徐々に様子が変化。最終的にはカミソリの刃を花弁に見立てたらしい押し花(押しカミソリ?)のしおりを大量に屯所(とんしょ)に送りつけた。添えられていた紙片には、「花言葉は、貴方を解き放つ愛」とあったらしい。同日、彼女はオレクの幼馴染みを研ぎ澄ましたカミソリで襲撃したところを捕らえられた。


 たとえば、南門の傍の香物屋の娘。商取引で揉め、暴力沙汰にまでなりかけたところを、いかつい商人達相手に一歩も引かず相手をしたオレクの度胸と男らしさに惚れたらしい。日常生活を彩る、癒しや安眠などの効を持つ香料の手ほどきなどを通して交流を深めていたが、徐々に様子が変化。送られる香に、オレクを想像したもの、オレクを想う私の心を込めたもの、オレクを想う私の涙を込めたもの、などと名前が付き始め、最終的に「私の」の後が「血」になり「爪」になり「小指」になった時点で終わったという。なぜ終わったかと言うと、同日、彼女はオレクの幼馴染みを香水という名の腐食性溶液で襲撃したところを捕らえられたからだ。ちなみに、襲撃時彼女の小指は切り落とされていた。他の指も何本か爪が剥がされていたらしい。どちらも自分でやったそうだ。


 またたとえば――と、語る例には事欠かない。事欠かないが、結末はいつも一緒だ。そう、なぜか彼女たちは、オレクに狂ったヤンデレ嬢達は、皆が皆例外なく最後にはオレクの幼馴染み、すなわちヴィオラを襲撃しに来るのである。オレクを襲うならまだわかる。「貴方を殺して私も死ぬ」論法ならまだ理解できる。なのに、なぜかヴィオラ。必ずヴィオラ。一度くらい「貴方と私以外の誰もいらない」なんていう皆殺し暴走理論だってあってよさそうなものなのに、いつだってヴィオラ一択だ。

 言っておくが、ヴィオラとオレクは付き合っていない。ヴィオラはオレクに片思いもしていないし、したこともない。家族のように育ってきた幼馴染みなのだ。そういう対象からは外れているし、数限りないヤンデレ被害にあってきた今では絶対にありえないとさえ思っている。色々重たすぎる。

 逆にオレクの方はどうなのか。ヴィオラが直接確認したことはないが、そんな素振りを感じたこともないし、まずないだろう。互いに異なる異性と付き合っていた時でさえ、二人の関係は変わらなかった。まあ、オレクの方は、恋人が最終的には予想通り恋に病んでヴィオラを襲撃してきた後に破局していたが。その騒動に巻き込まれた結果、関係がギクシャクしたヴィオラの方も巻き添えを食ったように破局したが。

 ともあれ、一般市民にもかかわらず年齢の数よりも遙かに多く命を狙われたおかげで、ヴィオラは齢19にして未遂とは言え一通りの殺され方は経験した。絞殺、撲殺、轢殺、銃殺、刺殺、毒殺、圧殺、射殺、斬殺などなどなど。よくもまあ生き延びていると我ながら感心する時もあるが、死にたくないからこっちも必死だ。結果、護身術は人並み以上に身につけた。師匠はオレク。諸悪の根源に手助けされるなど、ひどい矛盾もあったものである。護身術を教えるよりも、自身の人間関係をどうにかして欲しいと切に願うところだが、こればかりは聡明なオレクにもどうしたらいいのかわからないらしい。

 本当のところ、最も単純で根本的な解決方法とはヴィオラとオレクが完全に関係を断ち切ってしまうことだと、ヴィオラにだってわかっている。だが、それはしたくない。そんな負けるようなことは嫌だ。だからヴィオラは、今日も目から光を失った恋する乙女と相対するのである。

ヤンデレわかんね。

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