もしも、このまま…
都々逸「もしもこのままこがれて死ねば こわくないよに化けて出る」(詠み人知らず)
ぼくの近くには、いつも変なおじさんがいます。
生まれた時から、ずっとぼくのそばにいるそうです。ある日、お母さんに「このおじさんはだれ?」と聞いてみると、「隆司のお父さんだよ」と言われました。
お母さんとおじさんがいっしょにうつっている写真もたくさんあったので、本当なのだと思います。
けれど、ぼくのお父さんはまぬけだからぼくが生まれる前に死んじゃったんだよ。と、お母さんは前に言っていたので、どうしてぼくの近くにいるのか分かりません。
その上、このおじさんはお母さんにも、となりの家のゆいちゃんにも見えないそうです。本当はぼくが遊んでいる時も、小学校に行っている時もそばにいますが、だれもおじさんがいるのに気付きません。
この前ゆいちゃんに、おじさんが近くにいる事を教えてあげたら「隆ちゃんはうそつきだ!」と言われてしまいました。ぼくは「ウソなんかついてないやい!」と思いましたが、ゆいちゃんの目は泣きそうだったので、おばけとかコワいものが大きらいだと言っていたのを思い出しました。なので…ぼくは何も言わずにがまんしました。
それでも、くやしくて家に帰ってから泣きながらお母さんに「どうして、おじさんはぼくのそばにずっといるの?」と聞きました。
すると「お父さんは、隆司とお母さんのことが大すきだから、そばにいてくれるんだよ」とお母さんは言いました。『大すきだから』といったお母さんの顔はとてもやさしくて、うれしそうだったので、ぼくまでうれしくなりました。
お母さんにそう言われてから、ぼくはいつもぼくの後をおいかけてくるお父さんのことが、少しいやじゃなくなりました。
ぼくにはお父さんが見えますが、声は聞こえません。
だから友だちと遊んでいる時も、家でべんきょうをしている時も、大きく手や体を動かしたりしているのにふしぎと静かです。―――どんな時でもたくさん動いているお父さんは、時々じゃまです。でも、ぼくがお母さんたちの手伝いをした時は、思いっきり手をたたいたり頭をなでるマネをしてほめてくれるので、少しだけうれしくなります。
いつもぼくのそばにいるお父さんですが、お母さんが帰って来た後はべつです。
ごはんを作っている時も、服を着がえている時も、こんどはお母さんの後ろをずぅーっと付いて回っています。おふろに入る時も、ぼくとお母さんとお父さんの三人で入ります。
お父さんは服のまま入っていますが、お母さんのことを見てずーっとにこにこ笑っています。お母さんに「二人でおふろに入ろう」と言われた時に、いつもお父さんがいっしょに入っていることを教えてあげたら、顔を真っ赤にしてぷりぷりおこっていました。
お父さんはそれを見て、さみしそうにひざをかかえてすねていました。
お母さんに、おじいちゃんとおばあちゃん。……それに、お父さんのいるぼくの家は、いつもとっても楽しいです。
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ある日、私の受け持っているクラスの男の子が、そんな作文を提出してきた。
隆司くんのお父さんは、お母さんが妊娠している時に亡くなったということだから、彼が言っている事は道理にかなっている。このご時世では片親というのは別段珍しいものではないが、他の先生たちからは『注意して見ていてあげた方がいい』と言われていたので仲の良さそうな家庭の様子を垣間見ることが出来て安心した。
―――実は私自身、霊を見る事が出来るので存在には気付いていた。
毎日授業参観をしているようで始めの頃は緊張したが、害がないみたいだったので自由にさせていた。
この作文を見る限り、隆司くんのお母さんも気付いているようなので安心だ。
『霊が見えるという能力』を家族内で受け入れられているのは素晴らしい事だし、彼のお父さんも報われるというものだろう。
私が子どもの時などは「霊が見える」と言っても信じてもらえず、同学年の子には一人でしゃべっているおかしな子と虐められたりもした。
両親でさえもその例外ではなく、理解されずに『小さいころのあんたは不気味だった』と今でも言われたりする。それなりの年齢になってからは人に「霊が見える」とは話したこともなく、このように『見える仲間』に会えたのは初めてだから、少しうれしくなる。
私の大切な生徒である彼には、私と同じような気持ちを味わわせたくない。
しかし、幽霊といえども彼を害するものではないし、なにより隆司くんのお父さんなのだ。私はひっそり見守り…もしもの時には相談に乗ろうと心に決めて、提出された作文にコメントを書き込み、花丸を送った。
次が浮かぶか分からないので、完結にしておきます。
今回は、私の執筆活動一周年記念&お礼として掲載させていただきます。
また、文章中で「味わわせる」という表現を使用していますが、誤字ではありません。味あわせるなどの方が馴染みがあると考えていたら、正式なのはこちらになっているようで驚きました。