胸に伝わるぬくもり
都々逸「胸に伝わるぬくもり嬉し 腕の重みがいとおしい」(詠み人しらず)
『おーい!隆司が泣いてるんだけど』
おろおろと何をする事も出来ずに、ベビーベッドの横をうろつく。こんな時にどうすればいいのか全く分からない俺は、本当に情けないと思う。普段、仕事で忙しい彼女の手助けを少しでも出来たらいいのだが、今の俺ではそれも望めない。
『なんだ?飯か、おむつか?
ちゃんと訴えないと、ママは分かってくれないぞ』
結局、妻任せなのだから大概俺もどうしようもない。今日は町内会の旅行だとかで、同居している妻の両親はいない。その為、自然と隆司の面倒をみられる存在は限られているのだが…。
『うわぁー!おい、隆司が横向いて口からミルク吹いているけどいいのか!?
まさか病気か?病気なのか!』
泣いている隆司と一緒になって騒がしい俺に気付いたのだろうか。トイレに入っていた彼女が急いで出てきた。
「あらあら、ミルク戻しちゃったの?
さっきゲップさせるのが足りなかったのかな…」
よいしょっといいながら、彼女が隆司を抱きあげた。ぽんぽんと彼女に背中を叩かれると、隆司はケプッと可愛らしいゲップをした。幸い、枕元に敷いていたタオル以外にミルクは付かなかったようだ。
『うわぁ。うちの隆司はゲップまで可愛いな。
これは、将来子役デビューか?』
デレデレと顔を崩しながら隆司の顔を覗き込む。
母親が戻って来て安心したのだろう、さっそく我が息子は寝る体勢に入っている。うん、これは絶対に大物になる。
「隆司お願だから、前みたいに背中にミルク掛けないでよ~」
すやすやと気もち良さそうな息子に対し、妻は現実的だ。たしかに、体がまだまだ発達していない息子はミルクを戻すのも珍しくはない。だが、それも可愛い息子がすることだ。少しくらい大目に見てやって欲しい
「あれ?もう寝てる…。親子そろって暢気なんだから」
―――藪蛇だったらしい。
隆司を寝かせるために、彼女は子守唄を歌い出した。背中をたたくリズムと声が揃って心地いい。
暖かな昼過ぎに、慈愛に満ちたその姿は「幸せ」を絵にでも描いて切り取ったようだ。『生きている時に、この景色の一部になりたかったと』幸せなのに涙が出た。
彼女と息子の穏やかな表情が見られる此処は、どんな場所にも負けない天国であろう。
彼女には彼の存在は何となく感じられるだけで、見る事も声を聞く事も出来ていません。霊という形で現世にとどまっている彼は、否定されてもしょうがないと知っているので、苦々しさを何時も感じています。…たぶん(汗:基本が能天気なので)。
ただ、マイナス的な未練や想いで家族のもとに残っているのではないと、感じてくださると幸いです。
追記:後で気づいたのですが、時系列的に言うと前作の『諦めましたよ』の方が、後に来た方がいい気がしています。でも、話の内容のバランス的に順番は目をつぶってください(汗)