表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月が鏡になればよい  作者: 麻戸 槊來
彼がいなくなった日
5/22

お約束だけ出来ぬ人

一応、この話を投稿したのは、「その後」の後になります。彼女目線です。『誰もが始めから強い訳じゃないし、どんなすごい人だって何時でも強い訳じゃない』がテーマです。





―――まだ、身体があなたを覚えている






目が覚めて起き上がると、夢の中でも泣いていた事に気づく。


眠くて視界がぼやけている訳ではなくて、頬を涙が流れていったのを感じたのだ。私は、昨日さんざん泣いたというのに、まだ足りなかったらしい。ヒリヒリとした痛みだけが、嫌にリアルだった。

……何がそんなに悲しかったのだろう?寝るまえの記憶が曖昧で、頬が痛みだすほど泣いた理由を思い出せないでいた。目の奥に覚えた鈍痛は、よっぽの事でないと起こらないから、思い出せないことが不思議で首をかしげる。



それにしても、どうして私はこんな真っ白い部屋で寝かされているのだろうか?

見るからに、ここは病院の一室のようだけど……。


たしか昨日は彼の両親から連絡が来て、病院に向かった。

そう、今日は丸一日休みを取れたと誇らしげに言ってきたくせに、約束を破って彼は仕事に出かけて行ったのだ。それに拗ねた私は不貞寝して……。いい訳をさせてもらうと、前日の夜にさんざん彼が無茶をしてくれたせいで、寝たのは夜明け近くになり、眠くて仕方がなかったのだ。


「嗚呼、ひとこと文句言ってやらなきゃ」


きっと何時もと同じで、申し訳なさそうに甘い物でも買ってくるだろうと考えていたから、私はそれまで寝ているつもりだった。けれど何時までたっても彼は帰って来ず、私を起こしたのは聞きなれた彼の声などではなく、電話のけたたましい音だった―――。





嗚呼、そうだ。

「彼は死んだと」みんなが言うのだ。


そんな冗談を言って何が楽しいのか分からなかったけれど、私は彼に会うために目が覚めてまたすぐ病院へ急いだ。取るものもとりあえずタクシーを呼んで、混乱したまま彼を探した。


本当は、昨日の時点で彼を連れて帰ろうと思ったのに、腕を引っ張ろうとする私をみんなが止めるのだ。どうやら、私以外の人間にも連絡がいってたらしく、気づけば知人に囲まれていた。


早くしないと、市役所が締まって結婚届けを出せなくなってしまうのに……あまりにもつらそうな顔でみんなが止めるから、私は届けを出すのを引き延ばすことにした。

その上、昨日は彼を連れて帰るどころか「一度休みなさいと」言って、彼の両親に私だけ家へ帰されてしまった。しかし、さすがに今日には届けを出したい。



そうじゃないと式などの関係で、もっと先送りする事になるだろう。本当は私一人で出してくると言ったのに、「一生の思い出なのだから、一緒に行きたいと」忙しいくせに彼が駄々をこねたからこんな事になっているんだ。

この為にせっかく彼も無理して休みをもぎ取ったのに、それが引き延ばされるのは耐えられない。


―――そう思って病院に着いた途端、彼を探したのだけれど、みんなが落ち着けと言ってなかなか彼に逢わそうとしないのだ。



まるで私だけ仲間外れにされたようで、とても不愉快だった。

どうして自分の婚約者に会うのに、こんなにもいろいろ言われなければいけないのだろう。


大体、昨日はおかしな夢を見たから彼に一番に聞かせようと朝から考えていたのだ。彼が事故にあって「俺の事を忘れて、しあわせになれと」似合わない格好いいセリフを言う夢を見た。あんなにもリアルな夢を見たのは初めてで、すぐ彼に話したくてしょうがなかった。早くいつものように『そんな夢をみるなんて、馬鹿だなぁと』言って笑い飛ばしてほしかった。




……そうだ、思い出した。

それなのに、病院で私を迎えたのは、冷たく何も話さない彼だったんだ。


―――アレは、ほんとのことなの?


確か、彼の冷たい体に触れた途端、私は病院で倒れた。

まだ、彼が死んだという事を認められたわけではないのに、涙だけは出るのだから不思議だ。気分的には、今にもひょっこり扉を開けて現れるのではないかと感じているのに……。

彼が大っきらいな、薬品くさい病院に寝かされている所を見ても、実感なんて湧かなかった。むしろ、39度近く熱があっても「病院になんて行きたくないと」ごねたのに、よく黙って寝ているなぁと……はじめ見たときは感心したのだ。




―――けれど、流石に二度も冷たくなった彼を見ればわかってしまった。

いまだに、昨日まで一緒だった彼の体温を思い出せるけど。

服を脱げば、私の体には彼の付けた痕が残っているだろうけど。



彼は死んでしまったのだ。






必死に目を閉じ、耳を塞いでみたけれど…

みんなが正論を言って苦しめるから

とうとう私は、貴方の不在を認めてしまった


都々逸「小唄どどいつ なんでもできて お約束だけ 出来ぬ人」(詠み人知らず)より


傍にいるって言ったじゃない…。

お前が死ぬまで大事にするって、言ってくれたじゃない…。

約束は…果たす為にするものなのに。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ