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月が鏡になればよい  作者: 麻戸 槊來
未来の話
20/22

口に謡うて

都々逸「口に謡うて 声にて聴かせ 心動かす 歌が歌」詠み人知らず

縁側に座り、笹を眺める。

お義父さんはうちのおやじと違って騒がしいタイプではないが、イベントなどの行事ごとは好きで大事にしているらしい。その証拠に、普段クールな印象の強い奥さんも、なんだかんだ言いつつ俺に付き合ってくれていた。今日の晩飯だってそうだ。


「隆司やゆいちゃんのため」という名目で、お義母さんと張り切って五目御飯やら酢の物やらを作っている。星の形に切ったニンジンや、短冊を模した皿なんかは並々ならぬ熱意をうかがわせられる。


『笹の葉さーら、さら』


突然気温の上がった最近は、夜と言えど暑いらしく。

窓を閉め切ってクーラーをつけ、隆司などまるで少し前に話題になった恐ろしいソファを使っているようにだらけていた。うちには幸い『数多の人間を駄目にした』という例のソファがやってくることはなかったが。ぐったりとしたその姿はまさしくそんな感じなのだろう。あまりの暑さに、涼を求め床へ寝転がるのはさすがにかわいそうに思えたが、体験できないこちらとしては他人事と言われようと『頑張れー』と力なく応援するほかない。


軒端のきばにゆれるー』


歌の通り、屋根が少しかかった軒端に置かれた笹には、色とりどりの飾りが揺れている。

普段「金や銀の折り紙は特別だから!」なんて使おうとしないのに、イベントごとや誕生日などには気前よく使ってしまうのだから、隆司は良い男になると思う。


この年代の男の子なら「綺麗」や「可愛い」なんて言葉抵抗があってもおかしくないだろうに、隆司は変に照れることなく口にするもんだから、男友達にも馬鹿にされることはない。


「りゅうくん、もう願いごと書いた?」


「……まだ、だよ」


「おっ、なんだ隆司。早くしないと、いい所はみーんな飾り付けちゃうぞ」


「もう少しで終わるんだから、おじいちゃん見ないでよ!」


怒りながら短冊を隠す隆司をからかいながら、お義父さんは笹に飾りを増やす。

果実がたわわに実った木のように、少ししなったさますら粋に見える。なかなか丈夫な笹は隆司やゆいちゃん、それからゆいちゃんパパの頑張りすらしっかり受け止め、折れる心配もなさそうだ。さほど料理に自信があるわけではないというゆいちゃんママは、今回フルーツをたくさん使ったゼリーを作って登場した。


うちの奥さんは面倒だと嫌がったが、ノリの良い俺の親父たちやゆいちゃんの両親は、浴衣を着こんで涼しげだ。


「暑かったら肌もべたつくし迷ったんですけどねぇ。せっかくみんな集まるのだから、隆司君のおばあちゃんに甘えて着付けしてもらっちゃいました」


「あら、うちは息子二人でなかなかそういった機会もなかったから嬉しいわ。……それより、私たちまでまた図々しく御呼ばれしちゃって、ごめんなさいね」


「つい、隆司やゆいちゃんの晴れ姿を撮らなきゃと、張り切ってきたぞ」


「お義父さんお義母さん、遠いところまで、わざわざお越し頂いてすみません。こんな立派な笹まで用意させちゃって……」


「いやぁ、たまたまこっちの知り合いにアテがあってね。役に立てて良かった」


顔の広い親父のお蔭で、隆司たちが楽しめるならよかった。

最近は、俺のせいでどこか浮かない表情をしている奥さんも今日ばかりは楽しげでほっとする。みんなが願いをかけるなか、ずっと奥さんの様子をちらちら窺っていた。以前、隆司にくぎを刺されたこともあるのだけれど、それ以上に『俺自身が』彼女の笑顔を見たくてたまらなかった。


『おー星さま、きーらきら』


ずっと互いに避けていた話題を、奥さんにされてだいぶ混乱した。

この環境の不自然さや、彼女の気持ちを痛いほど感じられたし、……もう、逃げてばかりはいられないと実感した。


あいにく、笹越しに空を見上げても天の川は見えないし、転々と闇に散らばった光は弱弱しい。雨が降るよりマシだと思いはしても、せっかくの七夕はやっぱり満天の星空を期待してしまうのは無理からぬことだろう。ぞくぞくと食事の用意へ戻っていく家族を横目に、隆司と二人で縁側に陣取る。


『金、銀、砂子―』


一生懸命、星に願いをかけようとしている息子を邪魔する気にはなれず、大人しく傍に寄り添った。何をそんなに真剣に願っているのか知らないが、もしも親父が邪魔しにこようものなら全力で阻止するつもりでいる。俺はもう、だいぶ心の準備が出来つつあった。奥さんが口にした言葉をなんども頭でリピートして、自分の気持ちや奥さんと隆司の将来を思えば、彼女がしてくれた提案がベストだと思う。


他人からすればあまりに甘い期限かもしれないが、目標が定まったことで気力も湧いてくる気がする。


『―――どうか家族がみんな、幸せに過ごせますように』


思わずつぶやいた言葉は、自分で思ったよりも力強くあたりに響いた。

親父たちもお義父さんたちも……もちろん、隆司や奥さんも。短冊には記せない願いを、星まで届けるにはあまりに光は遠く感じる。


「お父さんも、家族の一人だろ?」


光が弱いと思った空に、一筋の光が流れては消える。

……一瞬、何が起きたのか理解が出来なかった。


「うわぁ!ゆい、今流れ星見えたよっ」


「えっ、隆くん本当!?」


信じられない言葉に、隆司を凝視する。

それなのに、隆司はゆいちゃんとはしゃいで、一向にその顔を見せてはくれない。まさか、そんなはずはないだろうと思いつつも、期待に早まる心は止められない。嬉しいような……奥さんに申し訳ないような複雑な感情だ。


散々、彼女が隆司を心配しているのは分かっているのに。『見えない』不可思議な世界の悪影響を受けはしないかと、悩みつつも俺を許そうとしていることを知っているのに。


『隆司……?』


「うわぁー!私も流れ星みたかったー。ところで隆司くんは、なんてお願いしたの?」


「どうか家族がみんな、幸せに過ごせますようにって」


「ふぅーん、じゃあ短冊には?」


「……何気なく聞いたつもりかもしれないけど、そんな手には引っかからないから」


「ちょっとくらい教えてくれてもいいのにー。隆くんのけち!」


「黙っていないと、願い事は叶わないんだからしょうがないだろ!」


きゃーきゃー騒ぎながら、二人が中へと戻っていく。

俺はしばらく、突然静かになった部屋で一人、星のきらめきを浴びながら動けずにいた。



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