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月が鏡になればよい  作者: 麻戸 槊來
とある出来事
2/22

人目しのんで見る写真



『本当に馬鹿で真面目でお人よしで、どうしようもない人だったけど……。

私にとったら、愛しくてしょうがなかったんですよ』


そう微笑んだ人の顔が、まぶたに焼き付いて消えなかった。






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






「もう本当にさぁ~、美人で優しくていい女なんだよ」


なんで俺は、縁もゆかりもないこんな人間の話を延々と聞かされなければいけないのだろう。


昨日、交差点でたまたま会った幽霊と目を合わせてしまった事が悪いのは分かっているが、どうしても諦めきれない。

幽霊を見るのなんていつもの事なのだが、つい珍しい姿に目を止めてしまったのだ。けれどあれから、この男にずっと惚気を聞かされていたら嫌にもなるだろう。


いい加減に辟易してきた俺の耳に、急にまじめになった男の言葉が入ってきたことで気が変わった。


「でさ、申し訳ないんだけど……。明日、赤い目をした美人に会ったら、怒鳴られるの覚悟でいってやってくれよ」


内心なんで、俺が怒鳴られないといけないんだと思ったが、そんな不満が言葉になることはない。茶化すことなど許されないほど、男の瞳はまっすぐだった。


「あんたを捕まえ損ねた男は、この世で一番どころか、あの世でさえも一番幸せだったんだって。……だからもう、そんなに重い身体引きずって墓なんかに行くなよって伝えてくれ。

大体あんたに惚れたその男はいつまでも未練たらしく、あんたの傍にいるから、意味ねーってさ」


―――そうまでしてくれる彼女がいとしくて愛しくて。

でも、今すぐ抱きしめられないのが、もどかしくて堪らないんだよ。



これまで能天気に惚気ていた男とは思えないほど、こいつは切なげにつぶやいた。


『なんでお前の恋人に、俺が会いに行かなきゃいけないんだと』文句を言う事が出来なかった。今まで、幽霊の願いなんて聞いていたらきりがないと、見て見ぬふりをするのが当たり前だったのに……。


「な?頼むよ。

あいつ体調が悪くても、子どものようす知らせに来るんだよ」


……ただでさえ、昨日見た幸せそうなこいつと花を持った妊婦さんの姿を、忘れられないのに。そんな風に言われては、断れるわけがないだろう。 


「~ッわかったよ!明日でいいんだな?」


「ッお!行ってくれるのか、ありがとな。ただし……」






✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾  ✾






「―――それから、俺の子供をよろしく頼む。との事でした」


話し終わると、彼女はゆっくりと瞳を開いた。『貴方の死んだ恋人が、伝えたい事があるそうですと』なんともひねりのない、怪しげなことを言う俺の話を、彼女は最後まで静かに聞いてくれた。よく、ストーカーか何かと間違えられなかったものだと、内心冷や汗ものだ。



「そんな怪しげな言葉、詐欺師だって言わないと」彼女の隣に座っている幽霊は言うが、疑っていたのは最初だけで、考えていたよりもすんなり受け入れてくれた。


実際、俺自身もそんな言葉を信じて大丈夫なのか?と思ったが、若干なら彼女も幽霊の気配を感じる事が出来るらしい。

「どこか、あの人が近くにいる気はしてたんです」と語る彼女の言葉に、ほんの少しほっとした。あいつの言葉を伝え終わるとすぐ、俺は二人と別れた。彼女は昨日すれ違った時とは違い、まるで花が咲くような笑顔を見せてくれた。



『行ってくれるのか、ありがとな。

ただし、俺の彼女に惚れるなよ』



笑顔を見た瞬間、思わずあいつに言われた言葉が頭をよぎる。

―――けれど、どんなに頑張ろうと俺の気持ちが報われる事はないだろうな。あんなに幸せそうな……愛しそうな顔をして、あいつをけなしていた彼女の心を奪える自信が俺にはなかった。


きっとあいつに似た子供と一緒に、彼女はこれから歩んでいくのだろう。



          

「忘れろと」言った舌の根も乾かぬうちに、君の傍に張り付いて

他の男を牽制する馬鹿な俺を許してくれる

君が愛しくて恋しくてしょうがない


都々逸「口でけなして心でほめて 人目しのんで見る写真」(詠み人知らず)



『その後』の内容はタイトルとはイメージが違うと思いますので、ぜひ見てみてください。あれも都々逸なんですが、何気に一番気に入っています。

―――私は、作品内で主人公に心変わりさせませんよ…。

この台詞で、分かってもらえますか?

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