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月が鏡になればよい  作者: 麻戸 槊來
未来の話
12/22

言いたいことばかり

都々逸「逢えばさほどの話もないが 逢わなきゃ言いたいことばかり」(詠み人知らず)


じゃりじゃりじゃり。普段とは違うそんな音を立てながら走っていた。

ちらちら降り出した雪はまだ弱く。今のうちなら、傘なしでも大丈夫だと思っていた。これまで、何度か見たことがあるだけの雪に感動していたのは、始めのみで。積もるかどうかわくわくしていた気持ちは、傘を持ってくるのを忘れたと気づいたときに台無しになった。


小学校まで迎えに来てくれるように、少しもっているお金を取り出して公務員室へ向かった。

けれど、備え付けられている電話の前に行った所で、お婆ちゃんが出かけていることを思い出してしまった。いつも家にいるのに、たまたま今日は「友達とお芝居を見に行くからおそくなる」と朝に言っていたのだ。


「朝…ちゃんと持ってくればよかった」


お婆ちゃんが天気予報を見て「傘がいるかもしれない」と言っていたのに、急いでいた僕は折りたたみ傘を持って出なかったのだ。玄関のところに用意してあったから、ぱっと持ってくるだけでよかったのに…。走りながら、今更そんな事を考えていた。


「寒いなぁ…」


そう喋っているうちにも、白い息が上にのぼる。ぎゅっと握りしめた手も冷たくて、靴を履いた足もジンジンと痛くなってきた。

このまま先っぽの方から冷たくなってしまうのではないかと思うと、少し怖くなる。急いで走りたいのに、がちゃがちゃとランドセルがうるさく鳴るだけで、なかなか家は見えてこない。


日頃は遠いと感じたことはない道のりも、今だけは遠く思える。

灰色の空からパラパラと白い結晶が降り注いでくるのをみると、どこかちがう街へ迷い込んでしまったようだ。本で見たように、自分も神隠しに会ってしまうのではないかと有り得ないことを考えたりした。


不安な気持ちを押し出す様に、小さな声で弱気な心を否定する。


「神隠しなんて、本のなかだけの話だけどね」


このまえ読んだ本のなかでは、子どもたちがどんどん行方不明になっていた。

舞台は外国だったし、雪のなか消えるのではなく霧がでると子どもがいなくなるというものだ。挿絵に描かれていた場面も違うし、状況も違う。

それなのに、普段よりも曇っているせいで薄暗い中、誰ともすれ違わないまま一人で走る状況にじわじわと焦ってきてしまう。本では、子どもが一人でいる所に突然人影が現れた場面で途切れてしまう。


ひとり、ひとり。一度に消えるのではなく、霧が出るたびに一人ずつ行方不明になっていくのだ。最後は、探偵と一緒に友達を探していた男の子三人組が犯人をみつけて終わるのだが、僕が読んだ本のなかでも一番ドキドキする話だった。


「お母さんたち、ちゃんと帰ってこれるのかなぁ?」


他のことを考えようと思って呟いたけれど、少しさびしい。

雪はどんどん強く多くなってきた。もしも電車が止まったり、雪が激しく積もるようなことになれば、みんな帰って来れなくなってしまう。こんなに不安ななかで家に帰っても誰もいなくて、家族の帰りも遅いなんて我慢できそうにない。


寒さに凍える手で、乱暴に目を拭った。涙なんて出ていないけれど、少し目がかゆかったのだ。手は冷たい上に乾燥していて、がさがさしているからこすった目元は痛かった。


「早く帰ろう…」


そんな決意をして、どんどん走る。

徐々に家が近づいて来て、ほっと息を吐き出そうとしたところで逆に息をのんだ。


「お母さん…?」


ありえない。そう思いながら、遠くに見える人影に向けて足を速めた。

おじいちゃんが先に帰ってくる事があっても、お母さんが先に帰る事はまずない。それなのにその人影はお母さんお気に入りの傘を差し、朝に見たスーツを着てこちらへ歩いてくる。


「隆司、おかえり」


にこりとほほ笑む顔が見えたところで、僕は大声でお母さんのことを呼んで広げられた腕へとびこんだ。抱きついたお母さんは暖かくて、くすくす笑う息が耳にかかってくすぐったい。


「帽子に雪がたまっているよ?

 もう少し早く迎えにこれたらよかったのに、ごめんね」


「ううん、だいじょうぶ」


お母さんが来てくれるとは思っていなかったから、来てくれただけでも嬉しい。

そんな気持ちを伝えるために、ぎゅっと首元にしがみつくと「冷たっ」と小さく、お母さんは悲鳴を上げた。通学帽のうえにのっかった雪が頬にあたったみたいで、

苦笑しながらハンカチでぬぐってくれた。


「こんなに冷たくて、隆司が風邪をひいたら大変。早く帰ろう」


お母さんがもっていたカイロは暖かかったけれど、つないだお母さんの手の方がもっと暖かく感じた。ぎゅっと繋いだ手に力を籠め、傘を差していても離れてしまわないように注意しながら質問する。つないだ手には二人の傘から落ちた雪の雫があたっていたけれど、どちらも離すことはなかった。


「…お母さんは、どうして迎えに来てくれたの?」


お母さんが、こんな時間に帰ってくる事はまずない。何か用事があったのかと考えてみるけれど、特に何も言っていなかった。不思議に思って首をかしげると、予想もしていなかったことを言われて驚いた。


「お父さんがね。会社に来たのよ」


「お父さんが?」


いつもお母さんは、お父さんのことをみえないと言っているのにびっくりした。

お母さんの話を聞くと、なぜか傘たてが倒れたり天気予報がついたり消えたりしていたのだという。お母さんが会社を出たときはまだ雪が降っていなかったみたいだけど、今はうっすら地面が白くなっている。


「あまりに何度も続くから、これは隆司が困っているんじゃないかっ!と思って、急いで仕事を切り上げてきたのよ」


「そっか…」


学校を出る時は、『どうして何時もいるくせに今日に限っていないのか』と思っていた。普段は近くにいるお父さんがみえなくて不安だったし、何か良くないことが起きているんじゃないかと余計に怖くなった。


ちらりとお父さんをみると、にこにことこちらを見て笑っていた。

僕をはさんで、家族三人で歩いて帰る。お母さんと話しながら帰るのは、さっきとは違ってとても楽しかった。時々お父さんだけ電信柱に当たりそうになって驚いていたけど、それさえも楽しかった。


本当はお父さんはぶつかっても痛くないはずだし、通り抜けることも出来るはずなのに何時もこうやってオーバーに驚いてみせる。


「お父さん、ありがとう…」


そう囁くと、お父さんは顔いっぱいの笑顔で返してみせた。

とても寒かったけれど、みんなで雪のなか帰るのはとっても楽しかった。



今あるかはわかりませんが、私の小学校には公衆電話が設置してありました。……書いていて気付いたけれど、緑の電話とか古いですね。

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