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月が鏡になればよい  作者: 麻戸 槊來
未来の話
10/22

月に恥ずかし

都々逸「風が戸叩きうつつで開けて 月に恥し我姿」(詠み人しらず)



奥さんたちは、ずいぶん前から今日と言う日を楽しみにしていた。

食事のレシピは色々調べ、仮装も出来合いのものに手を加えたりと頑張っていた。


部屋も怖いものが苦手というお隣のゆいちゃんのために、本格的かつ可愛らしいという難しいコンセプトを見事に表現しているものにした。


そんな奥さんの家に、ぞくぞくと人が集まってくる。


「今日はお招きありがとう」


「本当に、ずうずうしくお邪魔しちゃってごめんなさいね?」


そう言いながら入ってきたのは、俺の両親だ。

二人の突飛な格好は、いったい何時からしていたのかと聞いてみたいが、問いかけるすべはない。今俺に出来るのは、なるべく多くの人の目に映らなかったようにと願うだけだ。


「いえ、隆司もお義母さんたちがいたほうが喜びますし。

 私たちも慣れないことなので、付き合ってもらえてありがたいです」


「そういってもらえると助かるわ。

 この人ったらお誘い受けてから毎日、一眼レフの手入れをしているのよ」


「いやぁ、まさかこの年になってから仮装なんてすると思わなかったからさ」


そう笑うおやじは、大のカメラ好きだ。

どうやら俺が成人してから目覚めたらしく、奥さんが隆司をつれていく度に何十枚にもわたって写真を撮っている。


『おい、おやじっ。こちらの角度から嫁さん撮ってくれ!この角度が可愛い』


「おっ、写真撮ってあげるから、こちらを向いてくれるかい?」


俺の指示に従うように、おやじはひたすら写真を撮り続けている。

最初こそは照れ臭そうに喜んでくれていたが、これだけ続くと隆司とゆいちゃんでさえ、喜ばなくなってきた。パーティーが始まってから、休む間もなくカメラを向けるおやじに、みな僅かにひきつった笑みを向けている。


「お父さんも、おじいちゃんもテンション高い…」


「隆司にはそうみえるのね…。お母さんも、二人分の熱気を感じるのよ」


こそこそ会話する親子をよそに、おやじは隣りのゆいちゃんをパシャパシャと楽しそうに撮っていた。




今日は我が家初の、ハロウィンパーティーを開催したのだ。

メンバーは俺たちの両親と、ゆいちゃんの両親も混ぜているため大人数だ。いい年をした大人がそろいも揃ってきちんと仮装しているのには、ゆいちゃんとその両親が関係している。


今日のゆいちゃんは、緑色のひらひらしたワンピースで妖精の格好をしており、くるりと頭の上で髪を一つに丸めている。


それに合わせ、ゆいちゃんのお母さんは膝丈の白いワンピースに、キラキラと光の反射で七色に輝く長いカーディガンを羽織っている。どうやらこれは義母…ようするに旦那さんの母親からもらったものらしく、趣味じゃないといって無禄にする事も出来なかった一品らしい。



『もったいなくて大事にしまっております』と言い続けるのも無理があると思った彼女は、この機会に着たという事実を得ようとしているのだ。髪型は上半分だけを丸め、残った部分は下ろしている。そして、ゆいちゃんとお揃いの大きな花をつけているため、さながら妖精の女王をイメージしているのだと言っていた。


当の旦那さんは見える範囲はすべて包帯で覆っているため、部屋に入ってきた瞬間は皆ぎょっとした。僅かな隙間からとびだす髪の毛は哀れみを誘ったが、「ここが私のこだわりポイントなんですよぉ?」と、笑う奥さんに苦笑するだけで、不満を訴える様子はなかった。


なにか物悲しくなった俺は、聞こえるわけがないと思いながら隣に立ち、お互いに頑張ろうと力づけた。




肝心かなめである俺たちの息子は、狼男…というより、狼そのものだった。

手足以外は茶色の毛皮に覆われ、その手足にも、鋭い爪のある狼の手袋とスリッパを装着している。頭にかぶるフードはリアルな狼の鋭い顔で、上あごまでしかないから見方によれば隆司が食べられているようにすら見える。


―――しかし、俺の奥さんは周囲のそんな張り切り様に目もくれず、白い着物を着ているだけだ。帯からなにまで白いのは、唯一こだわっている点かも知れない。


彼女は黒髪であるため、それが幽霊の服装だと言われれば確かにそうなのだが。

口からつーっと、赤い筋が零れたようなメイクをしていなければ、気付かなかっただろう。



滑るような動きは、俺よりよほど恐ろしいかもしれない。

俺の奥さんは、見た目より中身…というより、動きにこだわるタイプだった。


「年甲斐もなくはしゃいじゃってぇ」


「ははっ、我々が若いときなんて、ハロウィンという行事すら知りませんでしたから気持ちはわかりますよ」


「えぇ、私たちも人のことは言えませんしね?」


そんな親たちの会話を聞いて、全くその通りだと頷いた。

写真を撮っている親父はジャックランタンの仮装として大きな南瓜をかぶり、黒い布を纏っている。それに対し母は年甲斐もなく猫耳のカチューシャをつけて、尻尾を振り振り揺らすなど恥ずかしいことこの上ない。



―――だが、奥さんの両親も負けてはいない。

お義母さんは黒いワンピースを着て、大きな黒い帽子をかぶっている。どこかゴテゴテしい装飾のあるそれは、普段だったら絶対にしないであろう格好だ。

清楚な服を好む普段の彼女を知っている者が見たら、度肝を抜かれるだろう。


お義父さんはわざわざ黒いマントと尖った牙を用意したらしく、グレープジュースを片手に笑っている。決して酔ってはいないであろうに、普段の厳しい様子が台無しだ。




……今日はちょうど満月だし、ハロウィンには皆をおかしくさせる魔力でも宿っているのかもしれない。そんな事を一人、俺はそっと考えていた。



本来満月だったのは、昨日なのですが…。

ちょうどいい都々逸がなかったので、無理やり感があるかもしれません。

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