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月が鏡になればよい  作者: 麻戸 槊來
とある出来事
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逢わぬ昔にして返せ

都々逸(どどいつ)「遠くはなれて会いたい時は 月が鏡になればよい」(一休禅師)より


ーーー愛さなければよかった。

こんなに身勝手なあなたの事なんて。




彼がいなくなった部屋で一人、私はそっと涙をこぼしていた。

遠距離恋愛だということも辛いのに、お互いに忙しくて。前回だって久しぶりに逢えたと思ったら、たったの一日で仕事に戻っていった。目を見てゆっくり会話するなんて、どれ位出来ていないだろう。

彼の友達の間では、「いくら仲が良くても、あれじゃ別れるんじゃないか」と、噂さているのも知っている。彼がそれを聞いてその友達を殴ったと人伝に聞いた時は、「良くやった!」と憤るより、彼の心が離れていない事に安心してみる有り様。これまでの私じゃ、考えられない気弱さだ。



彼が意外とまじめで、要領よく手を抜くなんてことできないことは知っている。そんな不器用な優しさに救われてきたことは確かなのに、今は時々恨めしい。彼の体だって心配だし、さびしい気持ちは抑えられない。


ねぇ、分かってる?もう、一年以上まともに逢っていないんだよ?

私だって言いたくもないのに「私と仕事、どっちが大事なの?」なんて、月並みな言葉が浮かんでしまうのを堪えられない。「こんな台詞、今の時代じゃウケ狙いでしか言わないよね」なんて、二人笑っていた頃が懐かしい。


たとえ私との時間をつくるために忙しいのだとしても、やっぱりどうしても責めたくなってしまう。クマのできた顔で『俺は元気だ』なんて言われて、素直に信じると思っているの?もしそうだというのなら、馬鹿にするのも大概にしろと怒鳴り散らしてやりたい。

遅くに連絡しても、仕事をしていて気付かなかったなんて当たり前だし、酷い時は一週間近く音信不通で不安にもなるというもの。時には手を抜くことだって、覚えてほしい。近くに居れないことが尚のこと悔やまれて、堂々巡りの思考にはまる。


「もう、何日声を聞いてないかな……」


手帳に記載したはいいが、果たされる事のなかった予定が多すぎて、ふっと涙を落とした。

そんな状態の中でも、また再びあなたに逢えると信じているから頑張って居られたけれど……。無理して待っている間に、どうして笑っているのか分からなくなりそうだと、何度嘆いたかしれない。          


―――だって頬が引きつるのが分かるのよ。

人がいなくなった途端に、顔から表情が消えるのも珍しくなくなってしまった。

それでも、みんなに心配をかけさせたと知ったら、あなたはきっと怒るでしょう?だから私は、いつも笑うの。         




本当に、ひどい人だと思う。

こんなに待たせて……こんなに想わせて、こんなにも好きにさせたくせに。

ようやく逢えた私を見た途端、「俺の事は忘れろ」なんてどの口が言うのかしら「ふざけるな!」って、こういう時に言うのよね。彼の顔を思い出して悪態をつく。


ほら、今すぐ戻ってきて抱きしめてくれたら、許してやらない事もないから。

この涙の理由は聞かないで……。





そっちの世界でも、今日出せなかった婚姻届は有効ですか?


「あなたの家族に、なりたかった……」







いとも簡単に、あなたを奪った事故は憎くないけれど。

たやすく私を手放した…

あなたが、憎くて憎くてたまらない。


都々逸「切れてくれなら切れてもやろう 逢わぬ昔にして返せ」( 詠み人しらず)

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