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異世界で現実に立ち向かう勇気をもらえました

作者: パインマン
掲載日:2026/05/20

「久しぶりロバート、元気にしてた?」


 僕の目の前を音を立てて飛んでいるのは妖精のメアリーだ。

 彼女とのいきさつは詳しいことを語ると単行本にして数十巻になりそうだから簡潔に説明すると、僕が異世界に行っていたときの相棒的な存在と言える。


「まあ元気だよ、ほどほどにね」


 僕はコーヒーを飲んだ後そう答えた、ちなみに彼女にはコーヒーミルクサイズの小さな容器を用意している。こういう細やかな気配りが部下の信頼を得るコツかな。


「私、びっくりしたのよ!人間界であなたがこんなに出世してるなんて、やっぱり異世界の勇者は伊達じゃないね」


「まあ親から受け継いだものが大半を占めているけどね、でも異世界に行く前は自分にこんなことができるなんてとても信じられなかったよ」


 かつての僕は自分にかけられた期待とかやらなきゃいけない課題や勉強や礼儀作法にいたるまで、全てに嫌気がさしてさぼりまくっていた。

 自分が立派な人間になれると思えなかったし、逆に立派な人間になんて絶対なるもんかと決めていたぐらいだった。


「10年……意外と経ったね、あの日から」


「ここは緑が少なくて殺風景だ、中庭で歩きながら話そう」


 僕たちは中庭に移動し、かつて倒したドラゴンや悪辣な王様、泉で魚を釣った思い出や町の住人たちとの交流を話し合った。


「あのドラゴンは今思い出しても背筋が震えあがるね、何しろ首が三つもあってその上全部の首を同時に倒さないと復活するっていうんだから、最初挑んだときは命からがら逃げるのが精いっぱいだった」


「あとあの果物屋のバンゼルは覚えてる?僕らが金に困って途方にくれていた時にリンゴを分けてくれた人、あの時に食べたリンゴは美味しかったなあ」


 とめどなくかつての冒険の日々がよみがえってくる.

 最初は恐ろしくてたまらなかった異世界の夜も何度も過ぎ去るうちに、美しい夜の虫の音に耳を傾けることもできるようになった。


「そういやファンタージルムの国歌ってあったよね、あの式典に必要だからって覚えさせられたやつ」

「あの曲、実は僕らの国家とメロディが同じなんだ、だからね僕以外にもあの世界に行った人がいるかもしれないって思ったんだ」


 ファンタージルムの国歌は僕らが帰る時に見送りに来てくれた人たちが皆で歌ってくれて涙を流した思い出がある、そのせいか国歌斉唱の時にメロディでちょっと泣きそうになるほどだ。


「実はね、これ帰った人にしか言わないのだけれど勇者の器たり得る人って結構来るのよ、異世界を信じない人や僕にはできないって逃げ回る人や反社会的な人も記録には残されている、でもね意外とそういった中から勇者になれる存在って生まれるのよね」


「僕みたいに?」


「まあ最初はひどかったものね、スライムからべそかきながら逃げ回っていたし」


「あはは、今となっては懐かしい思い出さ」


「村の女の子に頼られて山賊を討伐するって安請け合いしちゃったこともあったわよね」


「どうにか倒したんだからいいじゃないか、あの後の宴会で村中の女の子にチヤホヤされて嬉しかったなあ」


「私を放っておいてでれでれしちゃってさ、私村の料理やけ食いしちゃったわよ」


その後も僕らは日が暮れるほどに雑談をした。


「最後の冒険を終えてあなたが人間界に帰るときはとっても悲しかったわ、最初は情けない人間が来たものね、こんな人が勇者になれるのかしらって思ったけど、段々と成長して立派な勇者になったんですもの」


 木枯らしが吹きすさぶ寒い日に僕はゲートを通って人間界へ帰った。


 本当は居残りたかったけど冒険を続けるうちにうすうす気づいていたんだ。


 ここは僕の本当にいるべき世界ではない、あくまでもここには勇者として来ているのであって、自分のやるべきことが人間界にあるはずだと。


 あの世界では僕は勇者で、現実での何もできない無能な僕と違って、エネルギーに満ち溢れていた。なんでもできる万能感に包まれていた。


 現実に帰った時、自分が何もできないことにくじけそうになったけれどもそれでも諦めずに現実に適応する力をもらえたんだ。


「現実に戻ってからの話をしようか、戻ってきた僕は皆の求めるままに勉強や課題をこなして立派な社会の一員になった、そりゃあ万事が万事順調だったってわけじゃないけど、求められてそれに答えるってことは意外と楽しいしね」


「社会にはそりゃ辛いことや許容できないことはあるけど、理想に囚われず一歩一歩自分ができること、任された仕事をやり続けることが重要だって君と話しているうちに思ったから」


「ありがとうメアリー、今日は楽しかったよ」


「またいつかね!ロバート!」


「ああ、またいつか」


 こうしてメアリーはゲートを通って異世界に帰っていった。残された僕は中庭のベンチに腰掛けてゴーグルを外し、室内で休憩してからジョーン博士へ実験の感想を伝えに行った。


「どうだったかね、ロバート総統」


「懐かしかったですね、後受け答えが向上したように思えます」


「まあ君の受けた社会親和治療システムと比べて何世代も後の代物だからな、グラフィックから内部AIまでレベルが違うよ」


「まあ僕があのシステムの最初の患者ですからね、僕のその後の結果を見て予算が増産されたんでしょう」


「ああ、その通りだ。このシステムは反社会的、革命的など既存の社会に沿わない人間を治療するのに十分な効果を発揮すると認められたからね」


「その治療成功率は80%に到達している、驚くべき数字だと思わないかね、年に8000人の患者を受け入れ6400人の〈勇者〉を生み出しているのだから」


「直に全国民がこのシステムを受けるようになるかもしれないな、全ての国民が社会に、現実に立ち向かい、社会を動かす一員としての自覚を持つのだ」


「はは、いい未来ですね。ドラゴンを倒した時の感想を他の人と共有できるようになるのはまるで現実が異世界になったかのようです」


 より正確に言えば異世界というのも現実の一部になったというべきか。


 夢から覚めるというより最初から夢を見ているなんてなくて、全部現実の一部だったのかもしれない。


 勇者の大冒険は他の誰かによって与えられたものだったとしても、あの旅が僕の宝物だったころには変わらない。


 そしていつか、いつの日かあの場所に帰りたいものだ、社会を極限までオートメーション化し、大人として振舞わなくてもいいようにすれば永遠に子供の世界で生きられるだろうか。


 それは大人の目線からすると堕落に見えるけれども、それが実現した社会では異世界こそが現実になるのだろう。


 愛するファンタージルムにいつの日か帰れることを祈る。

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