第9話 チーズフォンデュ
「これがチドリ様の世界のお料理ですか?」
「うん。チーズフォンデュって言って、チーズを絡めて食べる料理なんだ」
鍋の上でグツグツ煮えるチーズ。
それを見てシャルとルキアが驚きに目を丸くしていた。
この世界では見たこともない料理なのだろう。
まぁ見た目はチーズを煮ているだけだから、驚いているのかも。
「とにかく食べようよ。美味しいはずだから」
「はい」
「い、いただきまーす」
二人は緊張しながら、自分たちで串を刺した具材を手に取り、それをチーズに入れる。
チーズがトローリと伸び、それを見て二人はゴクリと息を飲み込んだ。
今度は分かる、それは「美味しそう」という気持ちから出た喉の音。
チーズの魔力にはまるがいいわ。
シャルは人参を、ルキアはキノコをチョイスしたようで、それに絡んだチーズをそのまま口に運び込む。
静かな夜の下、二人の咀嚼音が聞こえてくる。
困惑などない、ただ無心に口を動かす音。
そして二人の頬は赤く染まり、視界だけで二人の美味しさが伝わってくるようだった。
「美味しいですわ!」
「うん、最高だよ。チドリさん、こんなの毎日食べてるんだ……羨ましい!」
「こんなの毎日は食べないけど……でも喜んでくれて良かった。リリル、私たちも食べよう」
「うんなの」
私は肉を、リリルはピーマンを選ぶ。
チーズにこれらを投入し、熱々のうちに食す。
肉のうま味とチーズの濃厚さ。
チーズの匂いも相まって、もう最高。
自分でチーズフォンデュって作ったこと無かったけど、うまく行ったなと自画自賛。
「美味しいなの」
「美味しいねぇ。良かった、上手くできて」
そこから四人でチーズフォンデュを食べ続ける。
これが家族なら取り合いになるんだろうけど、皆が気を使いあって均等に量を食べることができた。
気を使いあうんじゃなくて、周囲のことを考え合う優しい気持ち。
それが気持ちよくて、私はほっこりした気持ちで食事をすることができた。
「あー、こんなに美味しいの初めてですわ」
「シャルなんてお嬢様なんだから、良い物ばかり食べてるんじゃないの?」
「食材は良い物ばかりでしたけど……こんな風にゆ、友人と食べることなんてありませんでしたから」
「そうなんだ……実は私も何だよね。友達って呼べる人、全然いなかったから」
「わ、私も! 私も友達いない……ま、こんな暗いのと友達になってくれる人なんていないのは当たり前なんだけど。あはは」
同士を見つけた!
そんな顔をするルキアであったが、すぐに暗い表情をしてしまう。
可愛い顔をしてるのに、こういうところが玉に瑕だなぁ。
「じゃあ私たちが初めての友達だ」
「リリルも友達なの!」
「私も友人でよろしいですか」
「皆……当然だよ。こちらこそ友達としてよろしくお願いします!」
頭を下げるルキア。
友達ができたのがよっぽど嬉しいのか、泣きながらチーズフォンデュを食べる。
「料理も美味しいし、初めて友達もできた! こんなに嬉しい夜は初めてだよ」
「あはは。大袈裟だなぁ」
「でも明日にはお別れだね……私は今日だけお世話になるだけだし」
喜んだのもつかの間、またどんよりとしてしまうルキア。
彼女は自分の町に帰らなければならないので、今日だけしか一緒にいることができない。
それはとても寂しいと感じる事実で、出逢ってすぐなのに、彼女と離れたくないなんて考えを私は抱いていた。
「……シャル、リリル。明日ルキアの町に寄ってもいいかな? 寄り道になっちゃうけど、彼女を町まで送りたいんだ」
「偶然ですわね。私も同じことを考えておりました」
「リリルもなの! ルキアとできるだけ一緒にいたいなの」
「皆……」
感極まり、ルキアは涙を滝のように流し出す。
なんとも、感情の起伏が激しい子なのだろう。
まるでジェットコースターみたいだ。
「じゃあ決まりだね。明日はルキアの町に行こう。それまでだけど、よろしくねルキア」
「うん」
出逢ってすぐ別れが訪れる。
出会いも別れも旅の醍醐味と言えばそこまでなのだろうけど、やはり別れはちょっぴり寂しいものだ。
「でもこんな夜は初めてですわ。チドリ様と出会ってすぐに旅に出て、悲しかったはずの昼がこんなに満ち足りた夜になって……チドリ様、ありがとうございます」
「え、何が?」
「全部ですわ。チドリ様との出会いが私をガラッと変えてしまった。昨日の私に話しても信じてもらえないでしょうね。こんな素敵なことが起こるなんて」
「素敵か……うん、友達と出会えて、こうして星空を見合えることができて。素敵だね」
夜空の星は踊るようにしてキラキラ輝いている。
自分たちを祝福してくれているような気がして、私はクスリと笑う。
「これからシャルはチドリ様とリリルと一緒なの! これからずっと素敵なの」
「そうですわね。今日から素敵な毎日が続きますのね。そう考えると楽しみで仕方なくて、夜も眠ることができませんわ」
「…………」
眩しそうに空を見上げるシャル。
それに対して、ルキアは悲しそうに俯いていた。
彼女の気持ちを考えると、私も同じように悲しくなってしまう。
私はルキアの肩を抱いて、彼女に微笑みかけることぐらいしかできない。
「今日は夜更かししようか。これまでの人生を語り合う……って、私は語るほど、大した人生経験をしていなかった」
自分語りをし合おうと思いはしたが、自分のこれまでの人生を考えると話したくないことばかり。
なんというか……ちょっと恥ずかしい。
「そんなことありませんわ。チドリ様のこと、もっと知りたいです。それにルキア様のことも教えてくださいな」
「私のこと……みじめな話ばかりだけどいいですか?」
私以上に暗いエピソードを持っていそうなルキア。
ああ、このままじゃ暗い夜になってしまう。
そんな危機感を覚えながらも、楽しい時間は過ぎていく。
◇◇◇◇◇◇◇
「ふわぁ……もう朝かぁ」
あくびをしてベッドから起きる。
外はすでに明るくなっており、大きく伸びをした。
「……あら可愛い」
ベッドで眠るシャルとルキアとリリル。
三人は気持ちよさそうに寝息を立てている。
遅くまで話をしたんだけど……いつの間に眠ってしまったのだろう。
ルキアの自虐的な話を思い出し、私は声を殺して笑った。
「ああ、楽しい夜だったなぁ。あんなに笑ったのは初めてだった。友達がいるのって、いいよね」
三人を見ながら、私は腕組をする。
うーん、何度見ても可愛い三人だ。
この光景を写真に収めたいところだが、機材が無いからなぁ。
残念だ。
そう考えていると、リリルがパチッと目を開ける。
「チドリ様、おはようなの」
「おはよう、リリル」
リリルは寝起きとは思えない動きで、私の肩に乗る。
「チドリ様。写真を撮ることができるなの」
「え、本当!?」
「うんなの。使い方を教えるなの」
リリルの思考が私の頭の中に流れてくる。
なるほど、キャンピングカーのシステムで映像を保存することができるんだ。
瞬時に能力を理解し、私は小声でシステムの起動を開始する。
「映像保存、開始」
私の目の前に、写真を撮る時と同じような映像が浮かび上がる。
自動ピント合わせと望遠もあるようだ。
キャンピングカーから撮れるものなら、どんな物でも映像を保存できるみたいだ。
私はそのシステムを使い、寝ているシャルとルキアの写真を撮影する。
パシャリと音がし、映像が保存されたことを伝える文字が浮かび上がる。
「写真、撮れて良かったなの」
「うん、そだねー」
「何か物足りないなの?」
「ちょっとね。でもいいんだ、今日は」
リリルも一緒に撮りたかったけど……横になってもらうのは嘘っぽくなるから今日のところはこれでいいや。
天使のような二人の寝顔。
次回は必ず、リリルも一緒に撮ってやるんだからね。
そんな野望を抱きながら、私はもう一つあくびをするのであった。




