第2話 リリル
ソローリ、ソローリ。
皆が大騒ぎしている最中にこっそりこの場を立ち去る。
ありがたいことに誰にも気づかれることなく脱出に成功した。
王様は全身から煙を出しているし、周囲は火事でパニック状態。
バレずに逃げられて当たり前か?
そして嬉しいことに、私がやったとは悟られていないようだ。
そのことが何より嬉しい。
王様に対して暴行を働いたとなると、犯罪者になるしね。
初春ちゃんは唖然としているようだが……君は主人公らしい生活を送ってください。
どんなに努力してもモブでしかない私は、私なりにこの異世界生活を謳歌するよ。
元の世界に戻れないことは寂しさもあるが、こうなっては仕方ない。
とことんまでこの世界楽しんでやろう。
城を出ると、大きな街の景色が飛び込んでくる。
私がいる場所は高台にあるらしく、大きな坂を下りた位置に城下町があるようだ。
中央には時計台があり、それ以外にいくつか大きな建物がある。
石造りの家屋が多く並んでおり、商店も沢山あるようだ。
小粒に見える人々の姿。
大勢の人がいる町みたいだ。
流石は王都といったところだろう。
しかし私はここを脱出する。
私が王様をやったのはバレていないだろうが、感づかれたら流石にマズい。
「こんにちはー」
「はぁ……」
城門を守る兵士たちに挨拶をしながら城下町の方へと歩いて行く。
空には太陽が昇っているが、ハッキリした時間は分からない。
坂道を下って行き、城下町へと出ると人々の雑踏にめまいがする。
人が多くいるのは分かっていたが、元いた世界の都会の人通りのようだ。
あまりにも人が多すぎて、歩くのも一苦労。
こういう場所では生きていけないな。
職場はバスでしか行けない場所にあったし、家も辺鄙な場所にあった。
不便が多い分、人通りが少なくて生活しやすかったのだが、今思えばああいうのが私の性に合ってたと思う。
逃げてきたばかりなのに、さらに逃げるようにして町の出口へと向かった。
「ふー……ようやく出ることができた。しかし大変だったな」
町を抜けるのに一時間ほど時間を要した。
見知らぬ場所でありつつ、人込みを通るのは楽ではない。
だが町を脱出することには成功した。
王都は高い壁に囲まれており、周囲には草原が広がっている。
背後の王都以外には何もない、広々とした草原。
空気が良く、とりあえず深呼吸をした。
しかし大きな問題に、すぐため息を吐き出す。
「……これからどうしよう」
目的も無く、ゲーム知識ぐらいしか無い。
こんな状況でどうやって生きていけばよいのだろうか。
ゲームではぬくぬくと学園生活を謳歌してればよかったけど……実際に異世界に放り込まれたら何をすればいいのか分からない。
「どうしたもんかなぁ」
悩み、腕を組んで思案する私であったが……ふと何か頭の中に語り掛けてくる『声』のようなものに気づく。
それは言語化することはできないが、自分ができることを理解しているような、不思議なものだった。
さっき王様を燃やした時と同じ感覚だ。
私は右手を前に出し、自分の頭の中に浮かぶ声を具現化するようなイメージを持つ。
「出て」
私の声に応じるように、目の前に魔法陣のような物が浮かび上がる。
何かおかしなことが起きている……でも私のために起こっていることで、笑みを浮かべてその光景を眺めていた。
「呼び出してくれてありがとなの、チドリ様!」
「え……可愛い」
魔法陣から飛び出してきた一匹の小さなおサルさんのような生物。
茶色の髪でおさげを作っている愛らしい見た目。
尻尾が生えており、サイズは私の手に乗る程度。
性別は女の子なのだろうか、声も可愛らしいとまできたもんだ。
「チドリ様の使い魔なの。知りたいことは何でも聞いてほしいなの」
「使い魔……何でそんなのが私に?」
「んん~分からないなの。でもチドリ様が知らないことを色々知ってるなの」
笑顔のおサルさん。
あまりにも可愛らしく、そしてこの状況に放り込まれたことのショックを癒すため、彼女に頬釣りをする。
「ああ、癒される……」
「それは良かったなの。チドリ様のお役に立てて光栄なの」
「では隙あらば頬ずりすることにするわ。あなたはそれを拒否しないように」
「分かったなの」
私の頬ずりを嬉しそうに受け入れるおサルさん。
まさか異世界でこんな癒しを得ることができるなんて……ちょっと幸せかも。
「ところで、私の頭の中に話しかけてたのは君?」
「そうなの。チドリ様のフォローするために声をかけてたの」
「そうだったんだ。えっと、ちなみに君の名前は?」
「名前は無いなの。チドリ様に付けてほしいなの」
名前はまだ無いのか……
私に付けてほしいってことみたいだけど、どうしよう。
「うーん……じゃあリリルってどうかな」
「リリル! リリルはこれからリリルなの!」
「気に入ってくれたみたいだね。よろしくね、リリル」
リリルと命名した彼女は、喜んで頬ずりをしてくる。
向こうから癒しにきてくれるとは……どんなリラクゼーショングッズよりも素晴らしい。
いやグッズというかペットを持ったような気分だ。
昔から猫が欲しかったから、嬉しいな。
「リリルがいてくれるだけで気分は随分楽になるなぁ。一人っきりじゃなんだか寂しかったし心細かったし」
「チドリ様がそう思ってくれるだけでリリル嬉しいなの」
「あはは。じゃあこれから何するかな。学園に通うつもりもないし……」
『ゲーム』の外側。
ゲーム内では触れることができなかった世界を探索するのも悪くない。
この世界の食事を食べつくすのもいいだろう。
モンスターがいる世界だし、冒険をして強くなるのも良いかもな。
一人の時では考えられなかったが、リリルがいてくれることによってそんなことを思案するぐらいの余裕が生まれてきた。
独りじゃないって、何だか凄いかも。
「チドリ様」
「なあに?」
「チドリ様に与えられた能力の説明してもいいなの?」
「与えられた力……そんなのあるならお願い!」
さっきの炎もそうだったけど、私には何か力を与えられているようだ。
その内容も使い方もまだ理解していないし、説明してくれるなら是非もなし。
「チドリ様が所持している力は……」
「うん」
「【キャンピングカー】なの!」
「【キャンピングカー!?】」
まさかの【キャンピングカー】。
こんな世界に来て、キャンピングカーってどうなのよ。
そんな風に思うも、しかし意外と便利かもと感じる自分もいる。
まぁ実際にキャンピングカーを出すことができたらの話だけど。
「色々と聞きたいことはあるけど、まずは能力を確認したい。どうやって使えばいいの?」
「リリルがフォローするなの。頭の中に情報を流すから、その通りに使用してなの」
「ありがとう」
頭の中に直接情報をくれるとは……なんて便利な能力。
キャンピングカーよりもリリルの能力の方が素敵かも。
「お」
すると私の頭の中に能力の情報が流れてくる。
使い方を理解した私は、【キャンピングカー】を使用することにした。
「出ろ、【キャンピングカー】!」
リリルを召喚した時と同じ動作をする。
同じように魔法陣が地面に浮かび上がり――そこからキャンピングカーが飛び出すように姿を現せた。
ピンク色のボディの大きなキャンピングカー。
普通の車と比べると随分と大きいと思う。
トラックを小さくしたような外見で、丁度真ん中辺りの部分に扉が備えられている。
横開きの扉を開いて中に入ると、小さなキッチンといくつかの席、それにベッドがそこにはあった。
「おお……広くはないけど快適かも?」
これから異世界を旅すると仮定して、便利なのは間違いない。
歩いて旅することを考えると、これがあるのはありがたい限りだ。
「運転席はどうなってるんだろう」
私はワクワクした気分で運転席に乗り込む。
「へー、良い感じかも。バックミラーの位置は……って」
バックミラーに映る自分の姿。
確かに私で間違いないのだが……驚くほど若い!
とてもじゃないが、三十を超えているようには見えないほどだ。
「え、これ私?」
「うん、チドリ様なの。この世界に来るにあたって、若返ったみたいなの」
「そうなんだ……それは純粋に嬉しい!」
助手席に座るリリルがそう教えてくれたのだが……若返って嬉しくないわけがない。
なんだったら特殊能力よりも嬉しいかも。
私は感動しながら、バックミラーに映る自分を眺めた。
「きゃーーー!!」
「え、何の声?」
「チドリ様、前なの!」
リリルが指さす方向――草原の遠くに人影が見える。
何かトラブルにでも巻き込まれているのだろうか。
私は目を凝らせて、起こっていることを視認することにした。




