第13話 暴風のワイバーン①
「ああ……ワイバーンの羽ばたきが聞こえてきた!」
「嘘だろ……もう来たのかよ」
「このままじゃ私たち死んでしまう。意地でも勝たないといけないわ!」
怯える者が大半の中、しかし勇気を振り絞って戦いに挑もうとする住人たち。
相手がどれだけの強さを誇るのか分からないが……Aランク相手となると、死人が大量に出るのは火を見るよりも明らかだ。
「とりあえず落ち着いて。まずは作戦を立てた方が――」
「人間は黙っておれ。これは私たち鳥人の問題……ローハンの問題はローハンの者で解決する」
「ちょっ……」
「皆の者、私に続け!」
シュウが町の外へ向かって歩き出す。
まるで大名行列のように、町の人々が彼に続いて列をなす。
「チドリ様、このままでは皆さんが死んでしまいますわ」
「そうだよね。ルキアを苦しめる人たちを許せないけど、でも見殺しにもできない。私たちができることをやろう」
「わたくしたちにできること……流石に暴風のワイバーンに勝つのは無理ですわよね」
苦笑いをするシャル。
私たちは結構強いつもりだけど、それでも駆け出しも駆け出しだ。
昨日初めて戦ったような私たちが、Aランクモンスターを倒せるとは到底思えない。
だからと言って、見殺しにするようなこともできないよね。
腐ってもルキアの町に住む人たちだし、できるなら死んでほしくはないな。
ルキアは意外とというか、優しい心の持ち主みたいだから、町の人が死んだら彼女が悲しむ。
ルキアが悲しむ姿は見たくないしね。
「まずは敵がどんなのか、それを確かめに行こう」
「そういたしましょう」
「分かったなの」
「ルキア、一緒に来るよね?」
「うん……私の町のことだし」
私たちはシュウたちが向かった先へと走り出す。
町を出たところで、住人たちは戦闘準備を始めていた。
空には大きな竜の化け物――ワイバーンがいる。
迫力のある顔に禍々しい翼。
全身は黒く、鋭い爪先は赤い。
大きな尻尾が生えており、人を易々と飲み込めるほどの巨体。
ああ、あれはダメだ。
人間であろうと獣人であろうと、勝てる相手ではないだろう。
シャルもワイバーンを見て顔面蒼白となり、後ずさりを始めていた。
「想像以上の化け物みたいですわね」
「うん……って、ルキアはどこに行ったの?」
「あそこにいるなの」
リリルはルキアがいる場所を把握しているらしく、彼女は町の方に振り向く。
すると近くの建物に隠れて震えるルキアの姿があった。
「怖い……あんなの相手に勝てるわけないよぉ」
「あはは、あれは私も怖いし、怖がりのルキアだったら余計に怖いよね」
彼女が恐怖心を抱くのは仕方ないことだろう。
あれだけの化け物、ルキアじゃなくても怖がって当然だ。
現に町の人々も恐怖に顔を引きつらせている。
しかしどうして、あんなのが現れるタイミングでこんなところに来ちゃったかなぁ。
「来るぞ……皆の者、突撃だ!」
「おお!」
「はい!」
シュウが空を飛び、ワイバーン目掛けて一直線に突っ込んで行く。
無謀にもほどがある、あれでは特攻ではないか。
それに驚いたことに、他の鳥人たちもシュウと同じように、蛮勇にもワイバーンへと攻撃を開始する。
「嘘……もう少し考えて行動しませんと!」
「考える頭があるんだから、無茶はしないで!」
私たちの叫びは空しく、誰の耳にも届かない。
シュウたちは手にした武器でワイバーンに切りかかり、あるいは突き刺そうとするが、ことごとく硬い肌に阻まれる。
「まさか……通用しないのか!?」
「私たちの力じゃ肌を傷つけることもできない?」
「そんなことあってたまるか……俺たちは誇り高い獣人。暴風だか何だか知らないが、勝ってみせるぞ!」
攻撃が利かない。
それでもめげずに、ワイバーンへと突撃する鳥人たち。
あまりの無謀さに頭痛がする思いだ。
「目だ、目を狙うのだ! あそこはそう硬くないはずだぞ!」
「おおおおおおお!!」
鳥人たちはシュウの命令に、相手の眼球を狙い始める。
ワイバーンはそれを流石に危険と察知したのか、鳥人たちから少し距離を取った。
「逃げた……俺たちの迫力に気圧されたのか!?」
「勝てるかもしれない……私たちでもAランクモンスターに勝利することができるかもしれないわ」
歓喜を爆発させ、ワイバーンに迫る人々。
だがそれは違う。
離れて見る私たちは、危険が増したことに顔を青くしていた。
「逃げてください! 何か仕掛けるつもりですわ!」
「離れて! 絶対に危ないよ!」
「あわわわわ、何をするつもりぃ!?」
離れているからこそ分かるものなのか、ワイバーンは薄い膜のようなものを纏い始めた。
それが魔力であるのがすぐに分かる。
薄いわりには濃厚な……危険を含んだものだと肌で感じた。
「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「‼」
ワイバーンの咆哮と共に、魔力が風へと変貌する。
それは巨大な竜巻のように吹き荒れ、周囲にある物を飲み込むように暴れ出す。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「こんな……こんな力を持つのか、この化け物は!?」
「ダメ、耐えきれないわ!」
暴風に飲み込まれ、鳥人たちがワイバーンの周りを回転しながら次々に自由を奪われていく。
まるでミキサーを見ているような気分。
全てを切り刻み、木っ端みじんにする破壊力。
その竜巻にはそれだけの力が確かに宿っていた。
「まさか……全滅するというのか。たった一撃で」
風に飲まれそうになるシュウは、絶望の表情を浮かべている。
何とか耐えていたが、しかし背後から飛んできた物体に頭を打ち、そのままワイバーンの周りを回転し始めた。
「な、何が飛んで来たのだ!」
驚愕にシュウはその正体を見据えようとする。
だが自由を奪われ、全身が傷ついていく中でそれは不可能のようだ。
彼を襲ったのは、家屋の屋根。
ローハンの町が、ワイバーンの竜巻の被害が出始めていた。
「うえええええん! お母さーん!」
「助けてー! まだ死にたくないよぉ!」
「‼」
町の方から悲鳴が聞こえてくる。
私は少し離れているからか、竜巻に耐えることができていた。
叫んでいたのは町に残っている子供たち。
私たちより非力な子供たちは、必死に建物にしがみ付いて耐え忍んでいた。
「このままでは……チドリ様、どうにかできませんか!?」
「どうにか………どうにかしたいよね。でも相手は化け物で……どうしようかな」
耐えるのに精一杯の私。
魔力は高いが、でも身体能力はそう高くないみたいだ。
何とかしようにも、耐えるだけで何も出来そうも無い。
でも一人だけ違う。
シャルだけは耐えることなく、平然とした様子で髪を手で押さえている。
「シャル……シャルなら何とかできるんじゃない!?」
「わたくしが……分かりました、やってみます。でも何をすれば……」
「あ! あれを使うのはどうかな」
「あれですか……分かりました!」
空にはけがを負っていく鳥人たち。
大地にしがみ付く私たち。
そんな中、シャルは一人、ワイバーンの暴風を止めるための行動を開始した。
ズン! ズン! と、地面に足をめり込ませて歩く。
風にさらわれないように、力強く踏み込んでいるようだけど、まさかのめり込むとは……とんでもない力だな、シャルは。
「これを……あのモンスターに!」
シャルは私が指した物――近くにあった大きな岩を抱える。
大人数人が乗れるほどのサイズのそれを、シャルは両手で持って踏ん張り出す。
「んんん……えい!」
地面から離れる巨石。
シャルはそれを完全にコントールし、一回転してワイバーンめがけて投げつける。
いや、怪力にもほどがあるでしょ!
驚くばかりであるが、頼もしい限りだ。
どうにかなって……飛んで行く岩を眺め、私は祈るばかりであった。




