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第1話 異世界転移

 両親はいるが、いつも自分に小言を言ってくる。

 それが嫌で高校卒業と共に就職をして家を出た。


 配送センターで仕事をしているのだが、技術が上がるわけでもなく、役職が上がるわけでもなく、歯車のように働き続ける毎日。

 仕事と一緒に人生にさえも無気力となっていく。

 自分が生きている意味はあるのだろうか。


 結婚することもなく、気が付けば33歳になっていた。

 名前は桃山千鳥(ももやまちどり)

 肌のハリが無くなり、化粧のノリが悪くなる。

 小じわもできて、さらに人生に絶望していく。


「私の人生、こんなものか」


 特に仲のいい友人もおらず、ゲームだけが生き甲斐だった。

 ゲームをしている時間だけが楽しく、それ以外はただ息をしているだけ。

 私の人生はそんなものだった。


 でもある日のこと――


 気が付けば私は見知らぬ場所にいた。


「……どこここ?」


 バカみたいに広い空間。

 見るからにここはお城だ。

 騎士のような者が数十人、それに政治家みたいな佇まいのような者が数名おり、その先頭には王様らしき人がいる。


 おそらくこの場所は玉座の間であろう。

 偉そうな人達を束ねる王様にふさわしく、豪勢な玉座が中央にある。

 数えきれないほどの大きな窓があり、明かりが部屋の中を照らしていた。


「おお、お主が我が国の王妃となる者か」


「へ、私?」


「あ、いや……その隣の者だ」


 王様らしき人物は、自分に話しかけていたと思っていたが……どうやら私の隣にいるであろう者に声をかけたようだ。


 隣にはそれはそれは綺麗な美少女が怯えた様子で腰を抜かしており、私は乾いた笑い声を出す。

 学生服を着ているのを見て、私と同じように意味も分からずここにいるのを理解する。


「えっと、ここにいる理由分かってないよね」


「はい……気が付いたらここに。さっきまで学校にいたのに」


「私も仕事先にいたんだけどなぁ……なんでこうなった」


 学生服の美少女に対し、地味なシャツとジーンズ姿の女。

 自分たちの身に何が起こったか分からないまま、私たちは顔を合わせていた。


 しかし何かこの場所……というか目の前にいる王様に見覚えがあり、私は首を傾げる。

 どこで見たんだろう……貴族に知り合いなんて一人もいないんだけどなぁ。


「コホン。ワシはお主……たちをここに召喚したヴェイラール国王。そこの女にはワシの息子と結婚し、この国を正しく導いてほしい」


「い、意味が分からないんですが……召喚って、何がどうなったんですか?」


 怯えたままの女の子。

 だが私はとあることに気づいてしまう。


 ヴェイラール王……まさかここって、『ラグナロクエンジェルハート』の世界なのでは?


 それは100時間以上やり込んだゲーム、『ラグナロクエンジェルハート』。

 それに登場する中心人物の一人がヴェイラールの皇子で……本当にゲームの世界!?


 まだ確定したわけではないが、この王様にはやはり見覚えがある。

 ヴェイラールの皇子――ライル・ヴェイラールの父親で、ヴェイラールの王として衰退が予言されていた国を守るために異世界からライルの花嫁を召喚するところから話は始まる。


 そうか、今がその瞬間なんだ。

 主人公は召喚されるのだが……何人もいる男性の中から伴侶を選び、幸せになるというのがゲームの内容。

 そしてその主人公に選ばれたのがこの子で……私は何故か巻き込まれる形でここにいる。

 なんでここにいるの?

 まずはそれを教えてほしい。


 それにゲームならこの場にライルがいるはずなのに……彼の姿が見当たらないな。

 どういうことなんだろう。


「お抱え占い師の予言によると、この国はいずれ滅んでしまう運命にあるようだ。それを阻止するためには異世界にいる『魔女』に助けを求めよと。だからお主をここに召喚した」


「魔女だなんて……私、普通の高校生ですよ!」


 私も普通の社会人で、魔女みたいな能力は持ち合わせていない。

 でも召喚された主人公は大きな魔力を宿しており、この国を救う運命にある。

 主人公も自覚無かったし、この子がゲームの主人公にあたる女の子で間違いないだろう。


 召喚された主人公は高校生だったし、三十路過ぎの私が主人公の魔女なんておこがましい。

 いや、なんか召喚されてごめんなさい。

 そんな申し訳なさまで生まれてくる始末。


「魔女とは巨大な魔力を持った女のこと。魔力測定書で魔力量を調べることができる。どれ、これに触れてみろ」


「え、えええ……?」


 『魔力測定書』――それは大きな本にしか見えない代物ではあるが、人間の体内にある魔力の総量を測ることができるアイテム。

 美少女は恐る恐るではあるが、その本にゆっくりと手を置く。


 すると本は輝きを放ち、赤い数字が浮かび上がる。


「魔力量……450! 素晴らしい……お主が魔女で間違いないだろう!」


 おおおっ! という感嘆の声が上がる。

 彼女が主人公で確定した瞬間であった。

 ゲームの始まりでも主人公が450という数字を叩き出し、大騒ぎになる。


 普通の人間の魔力が50前後、高い者でも200が良い所だと言われており、450ともなると奇跡とまで呼ばれるほどだ。

 その奇跡を起こした美少女は戸惑うばかりで、何故かこちらに視線を向けてくる。


「あ、あの、この人の魔力量は計ってないですよね」


「うん? まぁそうだが……一応計っておくか」


 ため息を吐く国王。

 国王の態度に一瞬イラッとするが、冷静さを保ち私も魔力測定書に触れる。


 さっきと同じように輝く本。

 何が浮かび上がり、それを見た国王は目を丸くする。


「んん? 何だこれは」


 周りにいる人たちがザワつく。

 何が起きたのだろうと魔力測定書に視線を向けると――そこには数字は無かった。


『――――』と表示されているだけで何もわからない。 

 国王も困惑している様子。


「……測定するまでも無いということだろうな。心配ない。やはりお主が魔女だ」


 ですよねー。

 私みたいなのが主人公に選ばれるわけがない。

 でも国王の扱いがムカつき、私は苦笑いを浮かべて怒りをやり過ごす。

 豆腐の角で頭をぶつけて昇天くれないかなぁ。


「さぁ魔女よ。ヴェイラールのために――ライルと伴侶になってくれ。そうすれば我が国に安泰が約束されるだろう」


「伴侶って……そんなこと急に言われても」


 国王は魔女と皇子が結婚することが、国を救うために必要なことと考えている。

 だから彼女をライルと伴侶になることを求めているのだ。


 美女は助けを求めるような視線をこちらに向ける。

 そんな目で見られても、私にはどうすることもできないんだよなぁ……


 いや待てよ。

 ここまでは私を抜いたらゲームのシナリオ通りに進んでいるんだ。

 なら彼女が今すぐ結婚しないで済むように、ゲームと同じ流れにしてやればいいのでは?


「あのー」


「なんだ?」


 ムスッとした表情で私を見る王。

 確かに私はいらない子かもしれないけど、そんな顔する必要ないでしょ。

 腹の奥がキリキリするが、我慢して話を続ける。


「この子はまだ16歳なんです。だからまだ結婚なんて言われてもピンとこないはず。元来た世界では結婚も晩婚化しているし、伴侶がいないのも普通になってます」


「ほお?」


「それに別の世界に召喚されてまだ戸惑ってばかりいる。そんな状況で結婚を迫るなんてひど過ぎると思いませんか? もし人として正しい心をお持ちなら、もう少し時間を差し上げてもいいのでは?」


 怖気ずそう言い切る私。

 国王は何かを思案しながらこちらを見据えている。


 自分の国のことしか考えていない人ではあるが、もう一押しで何とかなるはず。

 それはゲームを何度もプレイしてきた私だから分かることだ。


「国のための結婚。でも国を裏切らないとも言い切れませんよね?」


「‼」


「それはそうでしょ。だっていきなり異世界に召喚されて無理矢理結婚させられたとなると、彼女からすれば酷い仕打ちだと思いません?」


「それは……」


「国のためを思ってのことなら、国のための選択をする必要があります」


「国のための選択……どうすればいいと言うのだ?」


 ゲームではライルが言うはずだった会話。

 だがおかしなことにこの場にそのライルがいない。

 となれば私が彼の代わりに言わなければならないのだ。


「ライル皇子が、彼女を射止めればいいだけの話。結婚のことは当人に任せておけばよろしいでしょう」


「ライルに……?」


「はい。そうすることによって彼女とライル皇子の絆は確実なものになるでしょう。そのためにも二人には時間が必要かと。なのでライル皇子が通う学園へ入学させるのはどうでしょうか?」


「…………」


 顎に手を当て、思案顔をする国王。

 流れは完璧。

 このまま行けば、ゲーム通りに話は進むはず。


 美女はというと……困惑顔をこちらに向けている。

 これもゲームのままだろう。

 主人公は最初は困ってばかりだったからなぁ。

 まぁ将来は幸せになれると思うから、我慢してくださいな。


「分かった。ではそうしよう。それが国のためになるというのならな」


「流石はヴィラール国王様。素晴らしいご決断でございます」


 国王はフンと鼻を鳴らす。


「その代わり、貴様が一緒に学園に入学するのが条件だ」


「はい?」


「だから、貴様も学園に入学しろと言っている」


「……正気ですか?」


 私は30を超えてるんだよ?

 そんな年齢で、十代の中に入り込むなんて……想像するだけで背筋が冷える。


「私みたいな年齢の女が学園に入ったら、大騒ぎになりますよ」


「お主みたいな年齢? 魔女とそう変わらぬ年齢だろう」


「はい?」


 私は美女の方に顔を向け、首を傾げる。

 この肌がツルツル、髪がツヤツヤ、目がキラキラした女子と同年代?

 肌がカピカピ、髪がボサボサ、死んだような目をしている私と?


 そんなことを考えて彼女を見ていたのだが……美女は当然のような口調で話し始めた


「えっと、高校生じゃないんですか?」


「高校生じゃないですよ」


「そうなんですか? 同い年ぐらいだと思ってました」


 同い年ってどういうことだ?

 召喚だけでも驚きなのに、また謎が一つ増えてしまった。

 まぁ元々若く見られることはあったけど……でも高校生は言い過ぎだよねぇ。


 とりあえずだ、見た目年齢のことは置いておいて……学園に入るなんてとんでもない。

 明確な理由は三つある。


 一つは、やはりキラキラした年代の中に入ること。

 見た目がどうであれ、それはキツ過ぎる。


 二つ目は、学園以外にも興味があるから。

 ゲームは基本的に学園内と、王都ヴィラールの中で展開される。

 それ以外は少し出て来るぐらいで、外も見てみたいという気持ちもあるからだ。


 そして三つ目は――国王の命令通りに行動するのが嫌だから。

 異世界に召喚されて、元の世界に戻れないのは理解している。

 これからこの世界で生きて行かなければならないのは薄々感じているところだ。


 だからこそ私は自由に生きたい。

 こんなやつに言われるがままに生きるなんて、絶対に嫌だ。


「では貴様はこの女に仕えよ。次期王妃となる女だ。丁重に扱え」


「…………」


 また見下すような目つきで命令をしてくる。

 本当、嫌だなこういう人。

 自分が偉いと思っているんだろう。

 そりゃ王様なんだから偉いんでしょうけど、そんなの私には関係無い。

 だって私は、別の世界の人間なんだから。


「そうだ。お主の名前は何と申すのだ?」


「わ、私は婆羅門初春(ばらもんはつはる)です」


「ハツハルか……これからの学園生活を精々楽しむが良い。将来王妃としての使命が待っている。今の内に青春を謳歌するのだな」

 

 美女――初春と名乗った彼女は落ち込んだ様子をみせている。

 ゲームのヒロインそのままだ。

 今は不幸に感じているかもしれないけど、彼女のことは放置しても大丈夫だろう。

 彼女の運命は彼女を幸せにするはず。

 

 後は私の問題だ。

 あんたの思い通りに事を進めるものですか。


 国王は踵を返し、この場を立ち去ろうとする。

 ストレスがたまっていた私は、意味も無いが彼に向かって右手を突き出す。

 何となく(、、、、)そうすることが正解のような気がした。


「バーン」


 ここで炎なんか出たら面白いんだけどな。

 そんなぐらいの気持ちでやったことだったのだが――眼前では大爆発が巻き起こる。


「ぎゃーーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


「「「国王様!?」」」


「あ、あれ?」


 私の手のひらから吐き出された炎は国王を飲み込み、彼を激しく吹き飛ばした。

 国王に駆け寄る配下たち。


 やってしまった……私はその光景を茫然と眺めていた。

 これは逃げないとマズいことになるよね。


 私は盗人のように足音を殺し、コソコソとその場を逃げることにした。

 突然始まった異世界生活。

 まさか逃走から始まるなんて思いもしなかったな。

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