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未完成のまま― 最適解に選ばれなかった僕たちへ ―  作者: はるねこ


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第21話 意味のある終わり

鼓動が強まる。

揺れる亀裂の前で、沈黙はもう限界だった。

その時。

一歩、前に出た影がある。


ノアだ。


その動きは自然で、誰よりも落ち着いている。

だからこそ、余計に怖い。


ノア「……僕が、残る」


静かな声。

けれど、その一言は重く落ちた。


ハルト「……は?」


最初に反応したのはハルト。

アイラは一瞬理解できず、ただノアを見る。


アイラ「ノア……」


声が震える。


アイラ「嘘、だよね……」


ノアは笑わない。

否定もしない。

それが答えだった。


アイラ「……やだ」


アイラの目が潤む。

一歩、ノアに近づく。


アイラ「絶対やだ!ノアは行くの……一緒に行くの!」


声が崩れていく。


アイラ「私、ノアがいなくなったら何も出来ない!回復だって、助けがないと……」


ノアの視線が、ほんの少しだけ揺れる。

だが、折れない。


ハルト「……違う」


ハルトが前に出る。


ハルト「誰かを犠牲にするってだれが決めた!」


拳を握る。


ハルト「まだ時間はゼロじゃない!20人で生き残る方法を探すんだ!」


ハルトの声は、戦場で何度も仲間を奮い立たせた声。


ハルト「誰も置いてかない、それでここまで来たんだろ!絶対に、全員で行くんだ!」


沈黙。

ノアはゆっくり息を吐く。


ノア「ハルト」


それは、優しい声だった。


ノア「君は本当に強くて、仲間思いで、僕は君みたいになりたかった」


ノアは笑う。


ノア「でも、僕には力がない。みんなを守れる強さもない。だから、僕ができることでみんなを守りたいんだ」


アイラがノアの服を掴む。


アイラ「やだ……やだよ……ノアが残るなら、私も残る!」


ノアはその手を、そっと包む。


ノア「アイラ」


声が柔らかい。


ノア「君は、“命を繋ぐ側”だよ」


アイラ「ノアは!?ノアもみんなを助けたじゃん!」


ノアは首を横に振る。


ノア「僕は“繋がれた側”だ」


一瞬、空気が止まる。

その言葉には、重さがあった。

過去から引きずってきた、見えない重り。

ノアの視線が遠くを見る。

亀裂でも、仲間でもなく。

もっと昔、もっと暗い場所。


ノア「……ねぇ」


ぽつりとこぼれる。


ノア「人がさ、“生きててよかった”って思う瞬間ってどんな時だと思う」


誰も答えられない。

ノアは小さく笑う。


ノア「僕はさ、一回も思えなかったんだよ」


その言葉で、空気が変わる。

ノアの目が過去を見る目になる。


ノア「だからさ、今思えたらそれで十分だ」


風が止む。

世界の音が遠のく。

ノアの足元が、ゆっくりと暗くなるように。

意識が、記憶へ沈む。



視界が暗転する。

遠くで誰かの声がするのに、届かない。

代わりに聞こえるのは。


ポーン……


澄んだピアノの音。

小さな手が鍵盤の上を跳ねている。

まだ指が短い頃のノア。

笑っていた、楽しかった。

音が生まれるたび、世界が広がっていく感覚。


「すごいね、ノア!」


後ろから拍手。

振り返ると、親の笑顔。

誇らしげで、嬉しそうで。

その時は疑いもしなかった。

あれが“愛”だと。


発表会のステージ。

ライトが眩しい。

最後の音がホールに溶けた瞬間。


パチパチパチパチ……


拍手の海。

胸が熱くなった。


ノア『もっと弾きたい』


そう思っていた。

ある日までは。


ある日。

背後の視線が変わった。


「そこ、音が違う」


「テンポが速い」


「何回同じミスをするの」


言葉が、拍手の代わりになった。


気づけば。

ピアノは“好きなもの”から“やらなきゃいけないもの”に変わっていた。


「ノアはできる子よ。絶対できるのよ」


練習時間は増え続ける。

2時間。

4時間。

6時間。

時計を見ることも許されなくなる。

指が痛いと言った日。

返ってきたのは薬ではなく、ため息だった。


「才能あるんだからやりなさい」


その言葉は、鎖だった。


発表会。

拍手は同じなのに。

音が違って聞こえる。

間違えたら。

失敗したら。

観客の目が刃物みたいに感じる。

笑顔が全部、嘲笑に見える。


家の鏡の前。


立っているのは、自分。

のはずなのに。

映っているのは、黒いピアノ。

自分の顔が、鍵盤に見える。


ノア「僕って、何……?」


答えは返ってこない。

ただ、メトロノームの音だけが頭の中で鳴り続ける。


カチ、カチ、カチ、カチ……


生きる速度を決められているみたいに。


ある夜。

ノアは椅子に座っていた。

ピアノの前ではない。

薄暗い部屋の中央。

手には長いロープ。

静かな決意。


ノア「もう、いいや」


世界は音で満ちているのに。

自分の中だけ無音だった。

生きる意味など、もう何も無かった。


その瞬間。

視界が白く弾けた。

重力が消え、落ちる感覚。

目を開けた時。

そこは、この世界だった。

最初に見た自分の能力表示。


【個別能力付与】

属性:音

能力:共鳴調律(レゾナンス・チューン)


読んだ瞬間、不意に笑ってしまった。


ノア「また音楽かよ……」


救いのない冗談。


ノア『もういい、どうせ俺なんて……』


その時。

最初に出会った人影。

アイラだった。

名前も聞かず、ノアは言った。


ノア「殺してくれ」


それが挨拶だった。

ノアは目を閉じ、殺してもらうのを待った。

しかし、いくら待っても来ない。

静かに目を開けた。

アイラは怖がらなかった。

嫌な顔もしなかった。

ただ、泣きそうな顔で言った。


アイラ「やだよ……」


その一言が、胸に刺さった。


アイラ「一緒に生きよう」


震えた声。


アイラ「お願い」


意味が分からなかった。


ノア『なんで……』


こんな壊れた人間に、なぜ優しくするのか。

胸の奥で、何かが崩れた。

凍っていた場所に、ひびが入る。

ノアは初めて思った。


ノア『誰かと生きる選択肢……』


でも同時に。

心の奥底で、別の声が囁く。


ノア『じゃあせめて、意味のある終わり方を』


あの日消えなかった願いは。

形を変えて残っていた。


「意味のない死」から

「誰かのための死」へ


それが、ノアの中で生まれた答えだった。



ノアの視界に色が戻る。

崩れた世界の風。

近くの声だけがやけに鮮明だった。


アイラ「なんでそんなこと言うの……」


声が震えている。

ノアはそっと視線を上げる。

アイラは泣くのを必死に堪えていた。

目が赤いけれど、涙は落とさないようにしている。

強がっている。

それが、余計に胸を締めつけた。


アイラ「私、ノアに何回助けられたと思ってるの!」


ノアは何も言わない。

言えない。

一歩近づく。


アイラ「ノアがいなかったら、私ここまで来れてない!」


声が揺れる。


アイラ「だから残るとか、そんなの……そんなの嫌だよ……」


ノアの喉が詰まる。

言葉が、棘になる。


ノア『違う。ただ、怖かっただけだ』


誰かが傷つくのを見るのが。

昔の自分みたいになる人が出るのが。

だから手を伸ばしただけ。

自分のために。

なのに……


アイラ「お願い……」


アイラの指がノアの服を掴む。

小さな力。

でも、とても重い引き止め。

ノアはその手を見る。

昔、ピアノを弾いていた自分の手を思い出す。

誰かの期待に縛られた手。


ノア「アイラ」


でも今。

この手は違う。

自分で選んで、誰かを守ろうとしている手。

やっと“自分”で選べるのに。

選ぶ先が別れだなんて。


ノア「僕さ」


声が掠れる。


ノア「最初に会ったのがアイラでよかったよ」


ゆっくり、言葉を置く。

一つずつ。

壊れないように。


ノア「アイラといる時間が、一番楽しかった」


ノアの全てが言葉に込まれている。

アイラの目から、ついに涙が落ちる。

ぽた、と地面に染みる。


アイラ「そんな言い方……しないでよ……」


握っていた手が強くなる。


アイラ「楽しかった……じゃなくて……これからもって言ってよ……」


ノアの視界も歪む。

ずっと我慢していたものが溢れる。

でも拭かない。

この痛みは、最後まで持っていく。


ノア「……ごめん」


この言葉に、全部詰まっている。


生まれてきたこと。

ピアノを嫌いになったこと。

死のうとしたこと。

出会ってしまったこと。

好きになってしまったこと。


全部の「ごめん」。


アイラ「謝らないでよ……」


アイラは首を横に振る。

何度も。

子どもみたいに。


アイラ「一緒に生きようって……約束したじゃん……」


ノアの心が軋む。

あの時の言葉。


「生きて」


あれが、ノアの世界を繋ぎ止めた。

だからこそ。

最後まで、アイラを世界を繋ぐ役でいたいと思ってしまう。

それが自分の存在理由みたいに。

歪んだ救いでも。

ノアはそっと震えた手で、アイラの手に触れる。


ノア『やっぱ、やだな……。離れたくない……』


初めて、本心が顔を出す。

死にたいと思っていた頃の自分は消えていた。

今は、生きたい。

この子の隣で。

笑って。

くだらない話して。

ずっと一緒にいたい。

それでも。

それでも選ぶ。


ノア「……アイラ」


もう一度呼ぶ。

世界で一番大事な名前みたいに。


ノア「僕、後悔しないから」


嘘だ。

きっと死ぬほど後悔する。

でも。

アイラには、前を向いていてほしい。


ノア「だからアイラも、絶対生きて」


それが、ノアの最後の願いになる。

その時だった。

空間の裂け目が激しく乱れ始める。

経路が崩壊しかける。


リン「もう、限界!!」


ノアが目を閉じた。


ノア『もう、時間か……』


指先が、空気をなぞる。

見えない鍵盤を押すみたいに。

微かな振動が広がる。

音ではない。

けれど、確かに伝わる震え。


ハルト「……なんだ、これ」


ハルトが息を呑む。

足元から光が粒になって浮き上がる。

アイラがノアを見る。


アイラ「ノア……まさか……」


空気が波打つ。

全員の身体が、光の粒子にほどけていく。

アイラが必死に手を伸ばす。


アイラ「ノア!やめて!お願い!!」


ノアの目が開く。

泣きそうな笑顔。


ノア「ありがとう。僕を人間に戻してくれて」


その一言が、胸を壊す。

全員、亀裂の中へ吸い込まれる。

アイラが最後に目にしたのは、静かに立つノアの姿。

今までで一番、人間らしい笑顔。

世界が音もなく、裏側へ押し流される。

ノアだけを残して。


誰もいなくなった崩れゆく世界で一人、小さく息を吐いた。

まるで、演奏を終えたみたいに。

To be continued…

第22話 不完全という証明

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