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未完成のまま― 最適解に選ばれなかった僕たちへ ―  作者: はるねこ


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17/22

第17話 伝えたい想い

夜は深く、世界のざわめきがようやく眠りについた頃だった。

遠くで誰かの見張りの足音が小さく響き、焚き火の火は赤い星みたいに瞬いている。

その少し離れた場所で、ノアとアイラは並んで座っていた。

風はほとんどない。

空気は澄んでいて、音が吸い込まれていくみたいに静かだった。


アイラ「……静かだね」


アイラがぽつりと言う。


ノア「うん、心が落ち着く」


ノアは横目でアイラを見る。


ノア「前までは、音がないと落ち着かなかったけど」


ノアは少し笑った。


アイラ「そうなの?てっきり私、ノアは静かな方が好きだと思ってた」


ノア「前はね。なんか、音がないと“自分がここにいる”って分かんなくてさ」


指先で地面の小石を転がす。

コツ、と小さな音が夜に溶ける。


ノア「でも今は、逆かも」


アイラ「逆?」


ノア「静かでも、ちゃんとここにいる感じがする」


アイラはそれを聞いて、ふっと表情を緩めた。


アイラ「いいね、それ」


ノアは空を見上げる。

星はない。ただ黒い天井みたいな夜空。


ノア「昔さ、ピアノって義務だったんだよね」


重い言い方じゃない。

昔話をするみたいな、遠い声。


ノア「弾けば褒められるし、弾かなきゃ怒られるし。だから“弾く理由”なんて考えたことなかった」


アイラ「今は?」


ノアは少し考えてから答えた。


ノア「今は、“弾きたいときに弾くもの”って感じ」」


アイラ「そっか、良かったね」


ノア「うん。やっと“自分の音”になった気がする」


ノアは静かに話す。


ノア「帰れたらさ」


不意に言う。

アイラは顔を向ける。


ノア「大きなコンサートホールで弾きたいな」


アイラ「お客さんいっぱいの?」


ノア「ううん。いなくてもいいや」


アイラ「いないの?」


ノア「うん。ただ、空気に音が溶けていく感じが好きなんだ」


静かな場所で、音だけがゆっくり広がる。

誰かの評価も、期待もない音。


アイラ「ノアらしいね」


アイラは少し笑った。


ノア「そう?」


アイラ「うん。前よりずっと」


ノアは首を傾げる。


ノア「前と違う?」


アイラ「顔がさ、前より“生きてる人”の顔してる」


その言葉に、ノアは目を瞬かせてから、ふっと息を漏らした。


ノア「……そっか、ありがとう」


嬉しそうでも、悲しそうでもない。

ただ納得したみたいな顔。

しばらく二人は黙ったまま、夜の空気を吸っていた。

焚き火の火が小さく揺れた時、足音が近づいた。

地面の草を踏む音。


ハルト「何の話してるの?」


声と一緒に姿を現したのはハルトだった。

肩にかけた鎌を軽く持ち直し、周囲を確認する目はまだ戦場の熱を残している。


アイラ「あ、ハルトくん」


アイラは軽く手を振る。

ノアは振り向き、表情が和らぐ。


ノア「見張りかな?」


ハルト「そう。ジャン負けで俺が担当になったからな。全く、昔からジャンケンだけは弱いんだよな」


そう言って、ハルトは二人の近くに立つ。

でも腰は下ろさない。いつでも動ける距離。

しばらく三人で夜空を見つめる。


ノア「……さっきの話、聞こえてた?」


ハルト「いや、最後の方だけ。コンサートホールがどうとか」


アイラ「盗み聞きじゃん」


ハルト「耳が勝手に聞こえるんだよ」


ノアは笑った。

ハルトは少し視線を落とし、言葉を選ぶように言う。


ハルト「ノアの音、俺好きだな」


ノアは驚いた顔をする。


ノア「え?」


ハルト「アイラに回復してもらった時、ノアも手伝っただろ。その時の音が心地よくてな」


ノアの指先が止まった。


ハルト「俺も音楽好きだから。休憩中とか良く聴くし」


ノアは小さく息を吸う。


ノア「……そっか」


ハルト「だからさ」


ハルトは少し笑う。


ハルト「戻れたら、ちゃんと弾いてくれよ。弾きたいときでいいから」


アイラが横でにやっとする。


アイラ「やっぱり全部聞こえてたんでしょ」


ハルト「やべっ、バレた」


三人の間に小さな笑いが生まれる。

でもすぐ、静かな夜が戻る。

ハルトは空を見上げた。


ハルト「……ちゃんと、生きて帰らないとだな」


それは誰に聞かせるでもない声だった。

でも、確かに“前を向いた音”だった。

夜はまだ深い。

けれど、その空気は少しだけ温かかった。



少し離れた岩場。

焚き火の明かりも届きにくいその場所で、大きな影が二つ並んで座っていた。

ガルドとバルク。

地面に背を預ける。

だが今は戦う空気ではない。


ガルド「……静かだな」


先に口を開いたのはガルド。

低い声が夜に溶ける。


バルク「嵐の前ってやつだ」


バルクが鼻で笑う。


バルク「嫌いじゃねぇけどな。この感じ」


二人の間に沈黙が落ちる。

気まずさは一切ない。

同じ戦場を潜った者だけが持つ、無言の了解。

バルクが横目でガルドを見る。


バルク「最初会った時、本気でぶっ殺す気だったけどな。今じゃお前は俺の兄弟だ」


ガルド「そうだな。ブラザー」


間髪入れずに返す。

二人は同時に小さく笑った。


バルク「あの一撃、マジで効いたぜ」


バルクは軽く肩を回す。


ガルド「まだ痛むのか」


バルク「痛むから覚えてんだよ。いい拳だった」


ガルドは黙ったまま、少しだけ口角を上げる。


ガルド「あの時、やっと俺の背中を預けられるやつがいたって本気で思えた」


その言葉は軽いが、本心だった。

ガルドは少し間を置いて言う。


ガルド「お前はしぶといくらい倒れねぇからな」


バルク「お前に言われたくねぇよ」


バルクはニヤリとする。


ガルド「次の戦い、派手になりそうだな」


ガルドは拳を握る。


バルク「あぁ」


ガルド「俺が死ぬまで死ぬなよ、ブラザー」


バルク「当たり前だ、兄弟」


2人の約束だった。

拳で始まり、拳で繋がった関係。

言葉は少ないが、信頼は厚い。

夜は静かに流れ続ける。



少し離れた崩れた柱の影。

ソラは一人、座って空を見上げていた。

コインを手に握りながら。

戦いの後なのに、顔は穏やかすぎるくらい穏やかだった。


???「やっと見つけた」


後ろから声。

ソラは振り向かずに分かる。


ソラ「どうしたんだ、ユリカ」


ユリカ「前に言ったでしょ、“ 続きを話しましょ”って」


ソラは少しだけ笑う。


ソラ「律儀だな」


ユリカは彼の隣に座る。

少し距離がある。けれど遠くない。

風が静かに吹く。

少し沈黙してから、ユリカが口を開く。


ユリカ「……ありがとう、ソラ君」


ソラの表情がわずかに変わる。


ソラ「どうした、急に」


ユリカ「急じゃないよ。ずっと言いたかった」


ユリカは膝の上で手を握る。


ユリカ「あの時、私……ケイル君を倒すつもりだった」


夜の空気が重くなる。


ユリカ「あのままだったら、私は人殺しになってた」


声が少しだけ震える。


ユリカ「能力で干渉して、心を壊して、動けなくして……それって、ただの勝利じゃなくて、“奪うこと”だって」


ソラは何も言わない。

ただ、静かに聞いている。


ユリカ「そこに割り込んできたのがソラ君だった」


ソラは視線を前に向けたまま。


ユリカ「あなたが止めに来てくれなかったら、私は今の私じゃなかった」


ソラは目線を落とす。


ソラ「……別に僕は、そんなつもりで止めに行かなかったけどな。どっちかと言うと目的はケイル寄りだし」


ユリカはソラを見る。


ユリカ「それでもいい。私はあの日、“越えなくていい線”を越えずに済んだ。それは、ソラ君のおかげだから」


風が二人の間を抜ける。

ソラは少しだけ困ったように頭をかく。


ソラ「……まぁ、僕が役に立ったならそれでいいけど」


ユリカは小さく笑う。


ユリカ「それができる人は案外少ないよ」


少しだけ距離が縮まる。

肩が触れそうで、触れない。


ユリカ「ソラ君ってさ、自分のこと全然分かってないよね」


ソラ「どういう意味だよ」


ユリカは夜空を見る。


ユリカ「人を守るのが自然すぎて、自分がどれだけ救ってるか気づいてない」


ソラは何も返せない。

その代わり、少しだけ視線を逸らす。

ユリカは優しく続ける。


ユリカ「私ね、これからどんなことがあっても、」


小さく息を吸う。

2人の距離が近くなる。


ユリカ「あなたの隣なら怖くない気がする」


ソラの心臓が一瞬強く鳴る。


ソラ「……それは、戦力的に?」


ユリカはクスッと笑う。


ユリカ「半分ね」


ソラ「残りの半分は?」


ユリカは立ち上がる。


ユリカ「内緒」


振り向き、柔らかく笑う。


ユリカ「でも、ちゃんと覚えてて。私、ソラ君に借りがあるから」


ソラ「借りって程でもないだろ」


ユリカ「そう?」


ユリカは少し照れたように視線を逸らす。


ユリカ「でも……いつか返すね」


その“いつか”が、ただの戦場の話じゃないことは、二人ともなんとなく分かっていた。

夜はまだ終わらない。

けれど二人の間に、静かで温かい灯りが生まれた。


少し離れた暗がり。

その光景を、偶然見てしまった人物がいた。

レイだった。

たまたま通りがかっただけだった。

けれど。

二人の間の空気に気づいてしまう。

話している内容は聞こえない。

でも、距離、視線、立ち方、呼吸のタイミング。

戦場では見ない、柔らかい空気。


レイ「……なるほど」


誰にも聞こえない独り言。

レイは小さく息を吐く。


レイ「これは……もしや、だな」


口元に、わずかな笑み。

祝福でも冷やかしでもない。

ただ、理解した者の表情。


レイ「戦いの意味が増えるのは悪くない」


静かにそう呟き、視線を外す。

足音を立てずにその場を離れる。

去り際、空を見上げる。


レイ「明日は荒れるな。でも、」


レイの頭にはハルトやソラ。


レイ「大丈夫か」


そしてレイは闇に溶ける。

誰にも気づかれず、2人の未来をそっと知った最初の証人として。

戦いの幕は、もうすぐ開ける。

To be continued…

第18話 最適解

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