表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/23

第19話 聖域の入口

 北方の空は厚い雲に覆われ、昼でも薄暗かった。

 俺たちが進んだ先に現れたのは、山肌を削り取ったような巨大な断崖。その中央にぽっかりと口を開けた洞。まるで世界そのものが縫い目を隠したような入口だった。


 「ここが……白縫の壇への道」

 セレスが声を震わせる。「聖域の入口」


 洞の周囲には白と黒の糸が幾重にも交錯していた。白はかすかに光り、黒は濁った影を放つ。互いが押し合い、火花のように裂け目を生んでいる。


 「自然の縫い目じゃない。誰かが意図的に織っている」

 俺は針を走らせ、流れを確かめた。「中に“守護者”がいる」


 ◇


 洞へ足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。

 音がすべて吸い込まれ、靴音さえ響かない。壁には人の姿を模した織物が並び、糸の眼がこちらを追う。


 「気をつけろ」

 ユナが短杖を握る。レオンは剣を構え、ガロが盾を前に出した。


 その時――洞の奥から揺らめく影が現れた。

 四本の腕を持つ巨人。その身体は白と黒の糸で編まれており、顔は仮面に覆われている。


 「……《双糸の守護者》」

 セレスの声が硬直する。「黒紡会と聖域の両方に仕える存在」


 ◇


 守護者が咆哮を上げた瞬間、洞全体が揺れ、天井から糸の束が降り注いだ。

 俺は針を走らせ、《偏重糸》で進路を逸らす。ユナが風で散らし、アリスの炎が燃やす。しかし黒い糸は燃え残り、再び襲いかかる。


 「しつこい……!」

 ガロが盾で受け止めると、衝撃で洞の床が裂けた。


 守護者の四本の腕が同時に振り下ろされる。レオンが剣で一撃を受け、ミレイが光で支援する。だが圧力は凄まじく、勇者隊全員が押し込まれていく。


 ◇


 「リオ! 白の糸を!」

 セレスが叫ぶ。


 俺は針を突き立て、白い流れを掬い上げた。白布で補強された針先が光を放ち、守護者の腕の一つを縫い止める。

 「今だ!」


 ユナの風が隙を作り、レオンの剣が仮面に斬り込む。亀裂が走り、中から呻きが漏れた。


 「……人間?」

 仮面の下で光る瞳は確かに人のものだった。


 セレスが顔を歪める。「縫い手……かつて私の仲間だった者よ」


 ◇


 守護者の身体が震え、黒と白の糸が剥がれ落ちる。

 「まだ助けられる!」

 俺は針を突き立て、《解縫》を施した。


 一筋、また一筋。黒い糸がほどけるたびに、呻き声が弱まり、白い光が滲み出す。

 やがて糸の束が崩れ、巨人の姿は人間の女へと戻った。


 彼女は膝をつき、涙を流した。

 「……ありがとう……」

 言葉を残すと、力尽きて眠りについた。


 ◇


 「彼女を聖域の外へ運ぼう。まだ息はある」

 俺は針で循環を整えながら言った。


 セレスは唇を噛み、拳を握った。「彼女も、私と同じ……犠牲者だった」


 洞の奥から、さらに深い震えが響いた。

 「守護者は一人じゃない」

 俺は針を握り直す。聖域はまだ始まりにすぎなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ