第16話 北方への途
王都の広場に仮の焚き火が燃える頃、俺たちは次の段取りを整えていた。
塔は崩れ落ちたが、人々を守るためには王都に留まる者が必要だ。勇者隊と村の人々で話し合い、残る者と進む者を決めていく。
「俺たちは行く」
レオンが真っ先に名乗り出た。「王都を守る兵はまだ残っている。俺たちが北へ進まなければ、黒紡会の核心は止められない」
ミレイも頷く。「祈りが届く場所があるなら、行かなくちゃ」
アリスは短く笑った。「面倒だけど、やりがいはある」
ガロは黙って頷き、盾を磨いた。
◇
夜明け前。
俺は針を握り、王都の地面に糸を走らせた。縫い目を整え、崩壊の余波を封じる。
「これでしばらくは持つ」
ユナが横で息をついた。「本当に……雑用係の仕事みたい」
「雑用は、やるべきことを一つずつ片づけるだけだ」
俺の言葉にユナが笑う。肩の力が少し抜けた。
◇
北へ続く街道は荒れ果てていた。
草に覆われ、石畳の隙間には黒い糸の残骸が残っている。踏むたびに足元が軋み、塔の残響がまだ生きていることを思わせた。
「ここから先が“聖域”への道か」
シアラが羊皮紙をめくる。「古い文献では《白縫の地》と呼ばれている。神々が最初に布を織った場所。だから黒紡会にとっても、特別な意味を持つ」
「なら、待ち構えているな」
針を弾くと、遠くで薄い震えが返った。敵の糸だ。
◇
街道の途中で、小さな村に辿り着いた。
だがそこには誰もいない。井戸は涸れ、畑は放置され、家々の壁には黒い縫い目が走っていた。
「ここも……収穫されたのか」
ユナが顔をしかめる。
「いや」俺は首を振った。「まだ途中だ」
針を走らせると、家の中から微かな呻きが響いた。
扉を開けると、中には人影が横たわっていた。糸で体を縫い止められ、半ば繭になっている。まだ息はある。
「助けられるか?」
レオンが問う。
「やってみる」
俺は針を突き立て、《解縫》を行う。糸がほどけ、男の目がゆっくりと開いた。
「……生きてる!」
ミレイが祈りを捧げ、男の呼吸が整っていく。
◇
男は弱い声で語った。
「北の聖域……“織り手の都”が復活しつつある。黒紡会はそこへ人々を運び込み、巨大な織り機を作ろうとしている」
「やはり……」シアラが呟く。
「でも……一人だけ、抗っている者がいる。黒紡会にいたが、逃げ出して……“白糸の女”と呼ばれている」
男の目にわずかな光が宿る。
「彼女を……探せ」
◇
村を後にして再び街道を進む。北方の空は曇り、風は冷たい。
俺は針を握り、遠くに走る糸を感じた。黒と白、二つの流れがぶつかり合い、聖域の方角で激しく震えている。
「白糸の女……か」
ユナが俺を見る。「リオ、どうする?」
「会うしかない。段取りを進めるためには」
仲間たちが頷く。
北への旅は始まったばかりだ。