第15話 崩壊のあとに
塔が完全に崩れ落ちたあと、王都には奇妙な静けさが広がった。
夜空に舞い上がった光はゆっくりと消え、代わりに冷たい星々が現れる。風は澄み、血と煤の匂いが洗い流されたようだった。
「……生き残った人たちを集めろ!」
レオンの声が街に響き、勇者隊が散って人々を導く。
繭から解き放たれた者たちは地面に横たわり、意識を取り戻したり、ただ泣き崩れたりしていた。
俺は針を走らせ、彼らの呼吸と脈を繋ぎ直す。
「循環、戻った……大丈夫だ」
ユナが頷き、次の人へと駆け寄る。
◇
「リオ!」
駆け寄ってきたのはルオだった。村から連れてきたわけではない。いつの間にか、王都の群衆の中に混じっていた。
「父さんと母さん、ここにいたんだ!」
少年の声に導かれるように、夫婦が現れた。やせ細っていたが、生きていた。ルオは飛び込んで泣き、両親が抱きしめる。
胸の奥が温かくなる。これこそ俺が守りたかったもの。
◇
だが安堵は長く続かなかった。
「リオ……これを見て」
シアラが震える手で羊皮紙を差し出した。崩れた塔の残骸から拾ったものだ。
そこには簡潔な文が記されていた。
《この塔は“試作機”。真の織り機は北方の聖域に在り》
「試作機……」
ユナの顔が蒼白になる。「じゃあ……今までのは、ほんの一部」
「黒紡会の本拠は、まだ別にある」
シアラが言葉を継ぐ。「しかも“聖域”……王都よりも古い、国の根幹に関わる場所よ」
針が震えた。塔を崩した今も、遠くから黒い糸が呼んでいる。
◇
「リオ」
レオンが近づき、剣を下ろした。「俺たちは……お前を見誤っていた。雑用だなんて、とんでもない」
彼の目は真剣だった。かつて俺を追放した勇者隊の長。その声に偽りはなかった。
「俺たちも共に行く。黒紡会の本拠を叩くまで」
「……勝手にしろ」
短く答えたが、胸の奥は不思議に軽くなった。
◇
王都の広場で焚き火が焚かれ、人々が寄り添って夜を過ごした。
ルオは両親の腕に抱かれて眠り、シアラは記録をまとめ、ユナは俺の隣で黙って星を見上げていた。
「これから先、もっと大きな糸に立ち向かわなきゃならない」
俺の言葉に、ユナが微笑む。
「それでも一緒に行くよ。だって私は、あなたの段取りを信じてるから」
針を見下ろす。古びた祈りの文字はひび割れていたが、その隙間から新しい光が漏れていた。
――まだ続く。黒紡会の真の核心へ。