第13話 心臓部の鼓動
塔のさらに奥――心臓部へ続く通路は、まるで血管の中を歩いているようだった。
壁も床も天井も、赤黒い糸で脈打っている。歩くたびに足裏に柔らかい震えが伝わり、心臓の鼓動と重なって聞こえた。
「これが……織り機の中心」
ユナが低く呟く。額には汗が滲んでいる。
「王都の人々を織り込んだ結果、塔そのものが生命になったんだ」
シアラが羊皮紙に記録を走らせる。
俺は針を握り直した。ここで糸を解かなければ、全部が飲み込まれる。
◇
心臓部の間は広大だった。
空間の中央に、巨大な繭が浮かんでいる。繭の表面には無数の人影が浮かび上がり、悲鳴の形で止まったまま。
その前に、あの仮面の幹部が立っていた。だが姿は変わっている。
仮面は割れ、顔は糸で縫い合わせられ、腕は完全に長剣と融合していた。背中からは塔の糸が直結し、もはや人の形を保っていない。
「見ろ……これが完成に近い織り手の姿だ」
幹部の声は二重三重に重なり、塔そのものが喋っているようだった。
「雑用。お前の針を加えれば、この世界は完璧に織り直される!」
「そんな世界は要らない!」
俺は叫び、針を構えた。
◇
戦いが始まった。
幹部の剣は塔中の糸を操り、空間そのものを縫い替える。床が裏返り、天井が崩れ、仲間を飲み込もうとする。
ユナが風で裂け目を閉じ、ガロとレオンが剣で道を切り開く。アリスの魔法が糸を焼き、ミレイの祈りが人々の呻きを和らげる。シアラは式文を唱え、俺の糸を補強する。
「リオ! 解縫を!」
ユナの声に頷き、俺は繭の表面に針を突き立てた。
一本、二本……糸をほどくたび、人の声が返ってくる。幼子の泣き声、母の呼びかけ、兵士の誓い。
「まだ間に合う!」
だが幹部が剣を振ると、ほどいた糸が再び縫い戻される。
「無駄だ! この心臓は王都そのもの! お前の力ごと喰らい尽くす!」
◇
俺は歯を食いしばり、仲間たちに叫んだ。
「分散する! 一斉に糸を断て!」
レオンとガロが左右から斬り込み、アリスの炎が上から覆いかぶさる。ユナの風が舞台を整え、ミレイの光が繭を保護する。
その一瞬の隙に、俺は針を深く突き立てた。
「解縫――全開!」
針先から奔流のように光が溢れ、繭の糸が一斉にほどけていく。人々の姿が次々と落ち、仲間たちが受け止める。
「バカな……!」
幹部の身体が軋み、背中の糸が弾けた。
「雑用じゃない。――段取りで世界を解く!」
針を最後まで引き抜いた瞬間、繭は破裂し、光が心臓部を満たした。
◇
幹部の叫びは光に飲まれ、塔の糸が一斉に切れる。
崩れ落ちる空間の中、俺たちは互いの手を取り合った。
――戦いは、まだ終わっていない。だが確かに、一つの命綱を解き放ったのだ。
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