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よく見ると感情がわかりやすい人だ



「んじゃ、帰りますか~」

「もう定時なんですね……」

「初日はバタバタだったね~」

「先輩、ビルの玄関まで一緒に帰りませんか!!」

「なんそれ」

「もうこれ以上の心霊現象はいらないので。巻き込まれないために先輩を盾にします」

「先輩に向かって盾にするってそんなハッキリ言う?」

「これ以上の記録更新したくないんですよ~」

「わかったわかった。先輩にまかせない」

「ありがとうございます! 今日の先輩かっこいいですね!」

「いや今日が初日じゃん」



 軽そうなリュックを肩に引っ掛けて先輩が俺を待ってくれる。それがとても心強い。

 机の上を木箱を完成した物と未完成の物を分けて置く。さすがにこれはこのまま出しておいて良いという了解を得ていた。

 


「初日なんでそんなに仕事にならないと思ってたけど、まさか箱を作って終わるとは……」

「箱って言うな。最初の仕事なんてそんなもんでしょ。アンタ変なの引っ掛けるし」

「引っ掛けたくて引っ掛けたんじゃないですよ……」

「明日は外仕事よ」

「マジですか」

「マジよ。ワタクシ直々にビシバシしごきますわよ」

「さっきからそれ何のキャラですか?」



 部屋には誰もいなかったので二人でわいわい言い合いながらエレベーターへ向かう。

 先輩の声は通りが良いせいか廊下によく響く。



「階段無いんですもんねえ」

「無いねえ」

「地下ってエレベーターでしか来れない仕組みなんでしょうね」

「局長にはうまくはぐらかされたけどオマエの言ってた真っ暗な階って何だろうね」

「暗幕でも張ってたんですかね……そんな風には見えなかったですけど……」

「光を通さない黒色ってあるじゃん。それ使ってんのかな。いやでも神社局ってやってる事も言ってる事も怪しいし、俺らに隠し事なんか山ほどありそう」

「ははは……」



 思わず乾いた笑いが出た。おそらく先輩の言ってることは十中八九間違いないだろう。

 エレベーターに乗り込んでIDを認証画面へ当てる。階数ボタンが光るので一階を押した。



「確認するけどオマエはどこ住んでんの?」

「あ、俺は会社の社員寮に申請しました。昨日、荷ほどきと片付けで一日潰れてて」

「ふーん、じゃあ夕飯は寮なんだ」

「小さい食堂があるんですよ。でも寮自体は小さいから料理人さんとかいなくてお弁当が準備されてるって聞いてます。今日からなんでちょっと楽しみ」



 一階に到着するとエレベーターホールを抜けてIDをかざし、ようやくガラス扉の玄関まで辿り着いた。とにかく道のりが長い。けれど明日からはこれに慣れなければ。



「先輩どっちですか?」

「俺コッチ」

「同じ方向ですね」

「池袋とか慣れないよな~」

「意外に坂が多くありません?」

「今下ってるこの坂、『のぞき坂』って言うんだぜ」

「え、ホントに?」

「ホントに」

「凄い名前……」

「のぞきこんでも下が見えないから『のぞき坂』だって」

「あ、そっちの……」

「そっちのってどっちの意味よ! このスケベ!」

「罠にかけないでくださいよ!」



 くだらない話をしながら坂道を延々と下っていくと社員寮が見えてきた。

 この会社の寮は幾つか点在しているらしく、俺が入った寮は小さめの建物で男性限定らしい。



「じゃあ、先輩。今日は本当に……」

「俺もここだけど」

「えっ!!」

「つーか神社局にいる独身男はみんなネノカミ寮にぶち込まれて緊急時には出動かけられてるって契約書に書いてあったでしょうが」

「そう……でしたっけ……」

「オマエ~……」

「いや、あの、マジで、報酬に飛びついちゃった人間なので、細かく見てなくて……」

「馬鹿なの!? 重要な所だけはちゃんと見ておきなさいよ!! 命に関わるっつうの!!」

「す、すみません~……」



 隣で般若のような顔で睨みつけてくる先輩に平身低頭しながら一緒に寮へ入る。朝も通ったけど帰ってくるとまた視点が違う。



「あの柵は何なんですかね」

「管理人が番犬飼ってんだって。見たことないけど」

「へ~」



 柵は建物に繋がっていたので放し飼いにするスペースなのだろう。都心のビルに庭付きとは豪勢といえば豪勢だ。しかも寮費は格安である。



「つかこの寮、ペット可だから」

「そうなんですね」

「俺も飼ってる」

「えっ、ウソ!」

「俺がペット飼ってちゃ悪いかよ~」

「イデデデデ、だってそんなマメな人に見えなくて~」

「うるせーわ。まあ、家族の引き継いだんだけど」

「後で先輩の部屋見に行っていいですか?」

「いいよ」

「やった!」



 ウキウキと寮の玄関をくぐり一階の食堂を覗いてみる。誰もいなかったが部屋の隅のテーブルにはお弁当箱が積み上げられていた。



「あっ、あれですね!」

「腹減ったから荷物部屋に置いたらすぐ飯食おうぜ」

「ここのテーブルで食べるんですよね」

「うん、そう。弁当持っていって部屋で食ってもいいし好きにしていいから。空の弁当箱は隣の机に時間までに戻せばいいの。過ぎたら自分で洗わないと回収されない」



 壁に回収時間も記載されていたが充分な余裕があった。

 ついでに一週間分のメニューも確認すると美味しそうな物ばかりでテンションが上がってしまう。四階建てなのでエレベーターなどは無く階段だけだ。



「俺は二階の角部屋だけど、先輩は何号室ですか?」

「俺も二階よ。つーかもしかしなくても隣じゃない?」

「えっ」

「あ~、やっぱりそうじゃん。角部屋良いよな~! オマエの部屋の方が俺より広いのよ」

「そうなんだ」



 互いに鍵を差し込みながら中に入る。荷物を置いたらすぐに夕食を食べるとのことなので、入室して鞄を椅子に置くと部屋の奥へ急ぐ。隅には大きな箱が置いてあった。中が見えないように掛けてある布をスルリと取ってガラス戸を開く。



「景子さん、帰ったよ」



 背中に声を掛けるといつも通り景子さんがフワリと現れ、ガラス箱の中の人形へ移った。そうすると急に背中が軽くなって寒く感じるのだから不思議だ。景子さんが乗り移ると人形の目に光が灯る。それが彼女の移動した合図だった。



「へー、その人形なんだ」

「うわっ! 先輩なんでいるんですか!?」



 突然、後ろから声を掛けられて飛び上がる。いつの間にか剱地先輩が傍に立っていた。音も気配も無かったのに。



「オマエさ~、寮とはいえ鍵くらい閉めなきゃ駄目でしょ。開いてたから入ってきちゃったじゃん」

「一声かけてくださいよ! すぐ出るつもりだったんです、ってその前に勝手に入らないでください!」

「引っ越したばかりなんだから別に盗まれる物なんか何もねーだろがあ~」

「そうだけど!」

「この人形が景子さん? ふうん、美人だね」

「景子さんは美人ですよ! そうじゃなくて!」

「でも花嫁人形で座ってるのって珍しくない? 大抵立ってない?」

「少しでも休めるように座ってる人形にしたんです! もう~、話をはぐらかさないでください!!」

「うるさいな~、わかったわかった。ねえ、やっぱりこっちの方が広いわ。二倍は広い」

「えっ、そんなに違うんですか?」

「うん。柱とか構造上の問題で角部屋の方が広いんだって。俺もこっちが良かったな~!」

「それは……すみません……?」



 こちらのせいではないが、さすがに後から来た方が二倍部屋が広いと言われれば申し訳なさがある。しかし俺が殊勝になっているのをスルーして先輩は部屋の物色を始めてしまう。



「本多くね」

「趣味、読書なんで」

「履歴書に書く趣味じゃん」

「本当なんです」

「ふうん、歴史小説多い?」

「たぶん。でも乱読なんですよ、何でも読みます。紙でもネットでも」

「これ何? 電子書籍?」

「電源つけないで」

「漫画は~?」

「そっちの棚の……って、漁らないでくださいよ! せっかく片付けたのに!」



 俺が体ごと差し込んで本棚からブロックすると渋々諦めて身を引いた。



「ちぇ~。じゃあ、食堂行こうぜ。腹減ったし」

「はあ……」

「食えないもんある? アレルギーとか」

「特には……」

「アレルギーあったら申告した方がいいんだって。まあ、その日食うなって言われるだけっぽいけど」

「ですよね……」



 話をしながら食堂へ向かい、初お弁当となった。

 めちゃくちゃ美味しかったし、鍋ごと置いてあった野菜スープが好みの味過ぎておかわりまでしてしまった。二杯までならOKらしい。楽園みたいな所だな、と寮の飯の美味さに感動していた。









(寝つけない……)



 昨日は引っ越しの片づけでバタバタしていたせいか気絶するように寝れたのだが、何故か今日に限って眠気がまったくやって来ない。明日は外仕事だというし、早めに寝て体力を減らしたくないのだが何度寝返りを打っても逆に目が冴えてきてしまった。仕方なく起き上がってトイレにでも行こうと立ち上がる。

 この寮はトイレと風呂は共用なので一階にまで行かなければならない。簡易キッチンはついてあるのでちょっとした料理なら作ることができるんだけど。

 階段を下りながら、そういえばこの寮に来てから先輩以外の姿を見ていないことに気づく。

 俺と先輩と管理人さんと。他には誰がいるんだろう。



「あれ、ユキちゃん?」

「局長!?」



 疑問はすぐに解決した。

 食堂の炊事場の方にいたのは白縫局長だった。ゴム手袋にエプロンまでして洗い物をしていた。



「え、ど、どうして?」

「今、帰ってきたんだ」

「局長もこの寮だったんですね……」

「ネノカミ寮は緊急時の人手だから何かあったら狩りだされるよ」

「それ先輩にも言われました……」

「自衛隊みたいにラッパで起こされるからね」

「が、頑張ります……!」

「ふはっ、冗談だよ」



 笑いながら鍋の水気を拭き取っている。見た目が恐ろしいほど整っている局長がそんな事をすると食器洗剤のCMのように見えた。背後の椅子に鞄とコートが置かれていて本当に今帰ってきたらしい。



「おかえりなさい。遅かったんですね。でも、何で洗い物してるんですか?」

「……。」

「局長?」

「え、あ、うん。洗い物はね、ここの食洗器でしてるんだよ。僕は片付けをしてたんだ」

「え、ええと?」



 そうなんだ。食洗器があるんだ。それは便利だな。いや、そうじゃなくて。なんでそれを局長がやってるかが不思議なんだけど。意味が分からなくて頭の中にハテナマークが乱舞する。

 その顔に局長がちょっと楽しそうに笑った。



「お弁当美味しかった?」

「は、はい。全部すごく美味しかったです。明日の献立確認しちゃいました」

「良かった。外食や外泊で食べられない日があったら三日前に連絡してね。食材の購入とかに関係するから」

「は、はあ……」

「ふふ」

「え、あの……」

「あのお弁当、僕が作ってるんだ」

「ええええええええええええ!?」



 夜中だというのに大声をあげてしまい慌てて口を押さえる。局長が耐えられないというように噴き出した。



「ぶはっ」

「え、だって、あの、お弁当を!?」

「そ、そうだよ……っ」

「料理上手ー!?」

「あっはっは!」



 いつも口端を上げて微笑むような笑い方をしている人だったから、大口を開けて笑っている姿がやけに新鮮だ。しかもそんな時でさえ顔が良い。



「すみません、てっきり業者さんのお弁当だと思ってて……」

「ふふっ、そうだよね。急に上司がお弁当作りだしたらビックリするよねえ」

「は、はい……。それに美味しかったし……エプロンも似合うし……」

「そんなに褒められるとヤル気出るなあ」

「俺でよければいくらでも褒めますけど。玉子焼きの味付けも凄く好みでした」

「そっかあ……」



 局長が嬉しそうに目を細めて笑う。耳が赤い。本気で喜んでいるらしい。

 それにしてもどうして局長がご飯を作ってるんだ?



「あの……局長は凄くお忙しいのに……どうして料理を……?」

「うん、趣味なんだ」

「しゅ、趣味?」

「もともと調理師の免許は持ってたんだ。この寮に入る前に食品衛生責任者も取得してきた」

「多才すぎる……」

「管理人にここに住むなら食事は僕が作りたいって無理言ったら何とかしてくれてね。この寮は人数が少ないから僕一人でも充分作れるんだ」

「でも帰ってきてからじゃ疲れて大変じゃないですか……」

「うーん、もう慣れちゃったし……それに良い気分転換になるし……」

「……俺、手伝いましょうか……?」

「えっ!」



 上司にご飯を作らせるという事態に思わず申し出たのだが、予想以上に局長が驚いて俺を見返してきた。



「一応料理できるんです。あ、でも、素人が手伝ったらまずいですかね……」

「い、いや、構わない、よ……」

「下ごしらえとか準備とかは俺がします。これから作るんですよね?」

「うん……」

「何をしましょうか? あ、そうだ、手を洗って……」

「じゃあ……お弁当箱をテーブルに広げてくれるかな……」

「はい!」



 最初なのでちょっとした手伝いしかできなかったが、それでもいつもより早く終わったと局長に礼を言われてしまった。視線を上げるとやっぱり耳が赤い。よく見ると感情がわかりやすい人だ。



「明日は剱地君と一緒に外仕事だっけ?」

「はい。気をつけて頑張ります」

「……う~ん、やっぱりちょっと心配になってきたな」

「は、え?」



 小首を傾げて苦く笑う局長を見返す。

 たしかに出勤二日目で頼りない新人ではあるだろうけど。



「こんなにお人好しだなんて思わなかったから。変なのがついてきても絶対断るように。わかった?」

「は、はあ……わかりました……」



 局長は頷く俺に笑みの苦さを深くした。




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