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「どんなことがあっても、俺だけは貴方の味方です」



「えっ!? あの結界突破されたんですか!? えっっっ!?」



 人生三度目の怪奇現象遭遇にグロッキーになりかけていたが「それはそれとして腹減ったわ」と言う先輩にコンビニに連行され食欲がないのに幕の内弁当を二つ買い、おまけにデザートのわらび餅まで買って地下に戻ると神鳥谷さんとエレベーターで鉢合わせた。



「局長には連絡しといたけど」

「そうなんです。その件で局長から連絡があって、根咲さんと磐崎さんに結界の張り直しするよう指示したって。確認のため局長もこれから戻ってくるそうです」

「へ~、忙しいのにわざわざ戻ってくるんだねえ」



 先輩がチラリと俺の方を見た。

 とても忙しいという局長に手間を掛けさせることをしてしまったんだろうか。青褪めていると神鳥谷さんが俺に尋ねてくる。



「怪我は無かったですか? 初日に遭遇するなんて災難でしたね。八層結界は万全なのでいつもはこんな事ないんですよ?」

「そうそう。実はめちゃくちゃ強い結界張られてんの、ここ。日本で十四番目くらいの」

「すみません、俺には強いか弱いか分からなくて……」

「強いってえ。でかい神社レベルだってばあ」



 先輩はへらへら笑いながら神鳥谷さんと話し続けている。お腹が空いてたんじゃなかったのかな。

 どうやら剱地先輩は女性と話すことが物凄く好きな人らしく、女の子とみればすぐ話しかけにいくのだ。顔見知りかどうかすら関係なく、話してくれるなら誰でもいいっぽい。掃除のおばちゃん達とも和気藹々としてるので筋金入りの女好きというか。

 正直に言うと出勤初日で怪奇現象に遭遇し疲れているのでさっさと座りたいのだが、ここで先輩を置いていくのも違う気がした。初日くらいはおとなしく、波風を立てず。もう十分立たせた気はするけど。

 ふと、視界の端に観葉植物と自動販売機が見える。そういえばさっき神鳥谷さんに教えてもらったな、向こう側に休憩所があるって。



「先輩、俺お茶買ってきます」

「おー」



 一言断ってから自動販売機の方向へ足を向ける。お茶よりも今はただ座りたかった。

 予想通り休憩室には飲み物の自動販売機と黒い革張りのソファーが置いてある。固くて冷たいその座り心地がありがたかった。

 吸い込まれるようにソファーに座って両手に顔を伏せる。もう何も考えたくない。

 だというのに閑散とした休憩所に足音が聞こえてきた。ああ、たのむから一人にしてくれないか。

 リノリウムの床を靴底が規則的に叩く。几帳面な足音だった。

 ゴトンゴトンと水の詰まったペットボトルが落ちる音。音が近づいてくる。



「……ち……え」

「え……?」

「具合が悪いのですか?」

「は、え、びっくりした!?」



 目の前に見知らぬ男性が立っていた。

 若い。スーツだ。IDを首から提げている。俺と同い年か年下くらい……?

 というか、なんか見たことある人だな……。

 そしてやっぱり顔が良い。この会社ほんと何なんだ。書類審査を顔で選んでたらどうしよう。



「どうぞ」

「あ、どうも……」



 招かざる訪問者がさっさとどこかへ行ってくれるのを願っていたのに、どうやら彼もここで休むつもりらしい。いや、ここは休憩所だから誰が休んでもいいのだけど。しかも俺に冷たいペットボトルを渡してきたので無視もできない。



「顔色が悪いですね」

「……ちょっと疲れてて……」

「それ、飲んでください」

「いただきます」



 普段なら知らない人から渡されたお茶なんて飲まないが、目の前で買った飲み物なら良いだろう。

 実際、今の俺は体調も悪かった。一口含んで喉を潤す。



「はあ……」

「ここはよく使うんですか? あまり見かけない気がするんですが……」

「あ、今日からこの階の所属になったんです」

「神社局?」

「はい。貴方も?」

「俺は違うんですが、似たようなものかな……。ちょっと説明が面倒な部署で」

「へ、へえ……。すみません……実はまだよく部署を把握してなくて、言われても分かんないかも……」

「そのうち覚えますよ。初出勤で大変でしたね」



 優しい笑顔で労わりの言葉をくれて、胸がグッと熱くなった。

 今まで張り詰めていた緊張の糸が緩みそうになる。

 初出勤の日に緊張していたら人生三度目の怪奇現象に襲われ、自分でも思っていた以上に参っていたらしい。神社局は『こういう部署』だと分かっていた。理解していたのに、いざ遭遇したら何もできないままだった。

 無力感ばかりが胸を締めつける。

 分かっていた。頭では分かっていたはずなのに……いつだって、俺は後から悔やんでばかりで……。



「……ありがとう、ございます……」

「……。」

「頑張ります……」



 己を鼓舞して奮い立たせようとした。

 自分の不甲斐なさを笑い飛ばそうとして、……でも失敗した。

 泣きそうになった笑顔に、彼は笑いも嫌悪も見せなかった。

 むしろ不思議なことに俺と同じような表情をしてみせる。まるで鏡に映ったもう一人の自分のようだった。

 彼は静かに立ち上がって俺の傍まで近づくと膝をつく。時代劇のように仰々しい仕草だ。

 部屋の隅に鋭い視線をやってから俺に顔を寄せてくる。

 誰にも聞かせない内緒話をするように。



「……危険が迫ったらそれを使ってください……」

「え……?」

「どんなことがあっても、俺だけは貴方の味方です」

「……。」



 何を言われてるのか分からなくて彼を見返す。

 俺より背が高くて、俺より体の線が細い。

 ちょっと童顔で整った相貌。とても親近感のある顔の造形に妙な感覚が体中を駆け巡る。

 俺は彼を、以前から知っているような気がした。



「……ずっとお待ちしておりました……ッ」



 ガタン、と照明が落ちた。面接の時と同じ。





「…………父上…………!」














「そんな訳あるかー!!」



 タァン、と空っぽの紙コップを机に叩きつける。

 幕の内弁当を前に俺はクダを巻いていた。決して酔ってはいない。いないが、いっそのこと酔ってしまいたかった。



「今までの人生で一度も、作った覚えがないんです……!」

「幕の内弁当を……?」

「身に覚えも、相手も、全然いないんですよ……!」

「身に覚えがない料理……?」

「絶対絶対ありえないんだよーーー!!」

「うわ、うるっさ」



 もう昼ごはんどころじゃない。

 休憩所で訳の分からない未知との遭遇を果たしたと思ったら彼は照明が戻ったと同時にいなくなっていた。おたすけ。

 腰が抜けそうになりながら慌てて先輩達の下に戻るとまだおしゃべりしていた。のんきか。しかも停電なんてしていないという。あの近距離で異変に気づかない筈がない。



「今日一日で人生で遭遇する怪奇現象の記録を塗り替えてるんですけど……」

「いや、まずそこからおかしいと俺は思うんだけどさ。お前レベルの霊を背負ってる奴が怪奇現象に遭わないなんておかしいでしょ」

「えっ?」



 先輩が弁当をさっさと平らげる。この人、予想に反して食べ方がとても綺麗だ。ごちそうさま、と手を合わせる流れるような所作に関心してうっかり見とれてしまう。



「局長からオマエの報告来てるけど、見鬼で女性の守護霊がついてんでしょ。俺にはぼややんとしか視えんけど」

「え……? 先輩は視えないんですか……?」

「悪かったねえ」

「ち、違いますよ。神社局の人は全員視えると思ってて……」

「俺、霊力弱くて見鬼の才無いの。だから局長はオマエと組むようにしたんじゃない?」

「なるほど~」

「霊とか実体が無い奴らって視える奴らに群がるからさ、ユキっちが視たこと無いなんて信じられん」

「それは……たしかに……」



 剱地先輩の言うことは最もだ。

 俺はどうして今まで心霊現象に遭遇しなかったのか。

 心当たりといえば俺の傍にはずっと景子さんがいたことか。ちらり、と背後に視線をやると景子さんの気配は感じるが特に変化は見られない。あんな怪奇現象と遭遇した後なのに。



(もしかして、今まではずっと景子さんが俺を守っていたのかもしれない……)



 一番有り得そうな可能性だった。

 景子さんは多分、霊としてはかなり強い方だ。俺に実害が及ばないように知らない所で露払いのように雑多な霊を払っていたとか……。

 そう考えるとエレベーター前で殺気立ったのも納得がいく。

 でも、それなら休憩室で何も動かなかったということは……。

 神妙な顔つきで考え込んでいると先輩がわらび餅まで完食して弁当の片づけを始める。



「つうか、この地下フロアは神社局しかおらんのよ」

「え……?」

「だからあ、この部屋で飯食ってる奴以外はそもそも地下に入れないってこと」



 先輩の言葉にゆっくりと部屋に視線を巡らせる。

 俺と先輩と神鳥谷さん、それから…………誰もいない。

 その場で頭を抱えこみそうになった。



(幽霊に認知を迫られている……!)




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