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「俺は剱地武近。オマエの先輩になるから、よろしくね」

「倉庫だ」

「元倉庫だからね」



 いや、そうではなく。と言い掛けて口を閉じる。沈黙は金だ。初日から役職持ちに口答えするつもりはない。ないけれど本当に倉庫に見えるんですが。

 部屋は思っていたよりずっと広かった。ちょっと広すぎるくらい。

 当然だけど地下なので窓はない。圧迫感よりもその広さに驚いてしまう。いくつかの机と壁側にはロッカー。奥には壁に囲まれた別室がある。偉い人専用のスペースっぽい。

 机は半分以上が空席だった。外に出ているのか人手不足なのか。

 そしてその机の上にはたくさんの木箱……いや、小さな木の家……なんだっけこれ……ドールハウス……違う……見たことがあるんだけど……喉まで来てるんだけど……!



「剱地クン、後輩だよ」

「へえ……? ……えっ!?」



 木箱の山から現れたのは同年代そうな男性だった。俺を見てパッと顔を明るくする。



「もしかして、今日から来るっていう『ユキっち』!?」

「ユキっち」



 誰だそれは。

 視線を隣に向けると白縫局長が口元に手を当て苦笑している。この人、こんな顔でさえ様になるな。



「ごめんね……今日から入る新人の話をした時に口が滑っちゃって……」

「……アットホームな雰囲気ですもんね……」



 素直に謝られて思わず謎なフォローをしてしまった。阿坂さんにはあんなに張り合っていたのに。



「こっちこっち! 局長、俺の隣でいいんでしょ?」

「勿論。教育も頼むよ。ユキちゃん、今日から彼の下についてね」

「分かりました」



 二人で机の方に向かおうとするが、別室から女性が現れて素っ頓狂な声を上げた。



「え、局長!?」

「神鳥屋君……連絡忘れてたね……」

「まさか今日来られると思わなくて……、待ってください! 逃げないで! せめてこの書類に目を通してください!」

「逃げるだなんて人聞きが悪いよ……確認はすべてメールで送ってくれれば……」

「部外秘だからデータに移せない書類オンリーの稟議なんです! この書類だけでも……! 机の上の分だけでも……!」



 ちゃっかり作業が増えている。

 白縫局長を追いかける女性を横目で見つつ先ほど呼ばれた席に立つ。さっき会話した人の姿は、机の上にたくさん積み上がった木箱にすっかり隠されてしまっている。



「えっと、本日から神社局に配属されまし、……」

「これ、俺の趣味じゃないから」

「……違うんですか?」

「仕事場で趣味の物広げる訳ないじゃん! 業務で使うの!」

「業務……」

「内職でもないからね」

「……違うんですか?」

「副業とかこんな目立つ方法でしなくない!?」

「なんでしたっけ……これ……」

「神様の家」

「神様の家?」

「神棚とかに飾ってるでしょ。若い子は知らないかあ~」

「いや、分かります。実家にもありましたし。でも、なんでこれを……?」

「業務で使うから」

「これを……?」

「ここまでたくさんあると有りがたみよりもドールハウスっぽいよね~ははは~」

「たしかに……」



 思わず頷いてしまった。木と金色の工具で作られた小さな神様の家たち。



「神道って仏像でも十字架でもなく神様の住む家とか門とかが象徴なんですね」

「だよね。神道って家だよね。鳥居も玄関ぽいし」

「実家の神棚は門が三つ連なってました」

「それ扉が違ってるだけで絶対同じ家に帰ってるよ」

「ははは」



 笑っていると俺の机に木箱、違った、神様の家がズルズルと押し出されてくる。



「やって」

「俺も作るんですか?」

「一個目の家の中に作り方のマニュアル入ってるから」

「分かりました」



 年季の入った説明書を広げていると隣の席からくすくす小さな笑いが聞こえてくる。



「文句言わないの偉いじゃん」

「初日からそんな事しませんよ」

「こんな内職みたいなことやってられっかあ! って次の日から来ない奴もいるのに」

「たまにそういう人いますよね……」

「しないの?」

「お金欲しいんで」



 俺の言葉に先輩は頬杖をついてこちらを眺めてきた。使える後輩か品定めされている。背筋がちょっと伸びた。



「オマエ、立ち回り上手そう」

「下手ですよ。困ると言葉に詰まってしまうし……」

「こんなに言い返しておいて良く言う」

「先輩が話し上手だから」



 俺は投げられたボールを返しているだけだ。照れ臭そうにそう言うと、先輩はちょっと目を見開いてから猫のように目を細めて笑った。



「……チョコ好き?」

「大好きです」

「さっきお姉さん達からもらったの。一個あげる」



 そう言って可愛い小袋のチョコを渡してきた。コンビニに売ってる小包装のお菓子だ。



「俺は剱地武近。オマエの先輩になるから、よろしくね」









「逃げられた……!」



 書類を握り締めてさっきの女性が戻ってきた。部屋の外まで追いかけて行ったらしい。

 先輩は作った木箱、違った、神様の家のバランスがおかしいらしく首を傾げながら尋ねる。



「局長はちょっと待てば折り返しの連絡来るじゃん」

「違うんですよ~現物の書類にサインが必要なんですよ~」

「ふっる。今時そんな稟議ある? どうせ局長が上の方に遅れるって連絡してるし、現物オンリーは止めてって掛け合ってるよ」

「そうなんですけど~……局長にこういう所でマイナス付くの嫌なんですよ~…」

「献身的だね~」

「恩がありますから……」

「演歌の世界じゃん」



 歪みを直そうと力を加えていた木箱がバコンと音を立てて崩れ先輩が押し黙った。俺は彼女に挨拶しようと席を立つ。



「あの、初めまして。今日からこちらに……」

「あっ!!」

「へっ?」

「すみません、今日からでしたね、私慌てて全然気づいてなくて、あ、あああ、すみません! 席に案内もしなくて!」

「いえいえ、席は先輩に教えてもらいました。ここでいいんですよね。あの……」

「ユキちゃんさんの席はそこです!」

「へっ?」

「局長から聞いてます。凄く有望な方が来られるって。楽しみにしてたんですよ!」

「へ、へええ……?」



 知らぬ間に有望な新人って触れ込みになっている……。俺がこの会社でした事といったら面接で椅子から転げ落ちたり、エレベーターから転げ落ちそうになった事くらいだ。



「いや本当に。局長、ユキちゃんユキちゃんってずっと言ってたよ」

「そうですよね!」

「……。」



 何をしてるんだあの人は。

 自分の影響力をもう少し考えて行動してほしい。普通に考えてあんな目立つ役職と見た目の人が新人の名前を連呼したら周りは覚えちゃうだろ。というかみんな苗字じゃなくて『ユキちゃん』呼びになっちゃってるよ……。

 プレッシャーに押し潰されそうになっていると彼女が俺を興味深そうに見つめてきた。

 笑顔で誤魔化すと人懐こそうな笑顔を浮かべてくる。まるで昔の知り合いに会ったような気分だ。



「まずはこのフロアと地下のご案内しますね。トイレとか自動販売機の場所とかも。あ、ロッカーは入り口の傍にある空いてるとこ使ってください」

「よろしくお願いします……」


 

 色々ありすぎて初日から胃が痛かった。









「ユキっち、昼だけどどうする? 弁当持ってきてる?」

「いえ……近くにコンビニがあるって聞いてるので……そこで買うつもりで……、この屋根曲がってません?」



 神様の家作りに本気を出していると先輩が呆れたように苦笑する。



「何を職人の顔になってんの?」

「作れば作るほど奥が深くて……」

「凝り性か」



 二人で財布を持って立ち上がった。見渡すと広い部屋に俺達二人だけだ。



「他の人っていないんですか?」

「うんにゃ。全員、外仕事。課長は別部署と兼任でたまにしか来ないよ」

「課長にまだご挨拶してないんですよね」

「滅多に来ないのよ。ここ嫌ってるしね」

「そう、ですか……」



 嫌ってる、という言葉が引っ掛かりつつも、いやでも普通の人は嫌か……、と納得する。



「神社局は実質局長が回してるから。課長はお飾りみたいなもんよ」

「……あの若さで局長なんて凄いですよね」

「白縫局長も阿坂部長も超ーーーエリーーートだから。ゴマ擦っとくと良いよ。ユキっちは局長にもう気に入られてるけど」

「は、はは……。そうですかね……」



 エレベーターのボタンを押しながら先輩が肩が凝っているのか何度も首を回す。



「課長はさー、こういうのが駄目なんだって」

「こういうの?」



 軽快なベルの音と共に自動ドアが開いた。

 その瞬間、背後の景子さんが殺気立つ。扉の隙間からブワリと噴き出した黒い霧が俺に向かって襲いかかってきた。が、先輩が片足を上げて豪快に蹴り飛ばす。ガラスがヒビ割れたような不快な音がして黒い霧の塊が爆散してしまう。

 あまりに一瞬のことで声も出なかった。廊下に非常灯の赤い点滅とけたたましいベルの音が鳴り響いている。

 そんな中でも先輩は本当にたいした事でもなかったように呟く。 



「こういうの」



 息をするのも忘れて目の前の背中を見つめる。吐き出した息が白い。ほんの数秒で廊下が冷凍庫のように急激に冷やされてしまったらしい。



「……オマエ、もしかして好かれる系?」



 振り返った剱地先輩の瞳は金色に輝いていた。





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