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不良の俺が女を作った理由

 俺の名前は京極断嘩(きょうごくだんか)15歳。

 何処にでもいる普通の中学生だ。

 突然だが俺には悩みがある、それは......。


「またか.....」


 麒麟中学、その校舎内の昇降口。

 俺の上履きが入っている下駄箱を開けると5枚の封筒が落ちてくる。

 

「お!ついてるね!青春してんじゃんダン!」

「殺すぞ?」


 背後から封筒を持つ俺に声をかけてくるチャラい風貌の茶髪の男、名前は大和。

 小学生の頃からの付き合いで、向こうが俺の事をダンと呼んできたので俺はこいつをヤマと呼んでいる。


「いや〜俺なんて今日は三つしかラブレター入ってなかったのになぁ〜〜負けたよダン!」

「これの何処がラブレターに見えんだよアホ眼が」


 俺はヤマに叩きつける勢いで手に持つ五つの封筒を見せる。

 それら全てに『果たし状』という文字が書いてあった。


「あっははは!!またかダン〜!」

「お前わかって言ってただろ」


 笑いながらヤマは一枚封筒を取ると。


「いやいや、実はこれだけはラブレターなんじゃないかな〜?ほら、果たし状って書いてあるけど文字の色は赤いよ!きっとこれは愛情表現ってやつだよ〜!」

「そうか俺には血の表現にしか見えねーよ、字汚ぇし」


 俺はそのヤマが取った封筒を取り返し、中身を見ようと封筒を開けた。

 中には手紙が入っており、汚い字で汚い言葉の羅列が並び最後に、今日の16:00学校近くの公園で待ってるから来いやぶっ殺してやるから、と書かれていた。


「はぁ....俺こんなに恨み買う事したか?」

「小学生の頃から手が早かったからねダンは。ムカついたらとりあえず殴ってたツケが来たんだよハハハハハ〜!!」

「くそっ....俺はいつまで戦いの日々に身を置かなきゃいけないんだ....!!」

「まずその果たし状を破り捨ててから言いなそのセリフ」

「喧嘩売られて無視するなんざ俺のプライドが許さん」

「だからだよ」


 世間から見れば俺は不真面目な不良生徒に映るだろう。

 だけど俺、正直不良やんの疲れたし普通に学校生活送りたい。

 この果たし状出す奴らをぶっ飛ばしていけば自然に喧嘩売る奴はいなくなると思って既に2年、中学生活の2年間を完全に無駄にした上学校からは完全にそういう奴な目を向けられている。

 しかも喧嘩売ってくる奴は減るどころか増えてやがる、これじゃ本末転倒だ。


「そだ、お前もたまにゃ一緒に来て喧嘩しようぜ」

「え〜やだよ。俺はもう喧嘩から足洗ってるし、それに今日はデートの約束あるからねぇ〜!」


 もし今喋ってるのがヤマじゃなかったら、既に3発顔面に拳を叩き込んでるところだった。


「そうかよくたばれお幸せに」

「罵るのか祝福すんのか一つにしてくんない?.....ん?」


 ヤマが校舎の廊下を見て顔が止まった。

 何を見てんのかと、俺もその方向を見ると、短い黒髪の女がチラリと一瞬見えた。

 ヤマに見つかって焦って逃げたようだ。


「今の....確か同じクラスの(みお)ちゃんだっけ。お前のことじっと見てたけど何かやったか?」

「あ?ストーカーだよ、最近俺のこと陰から見てんだあいつ」

「へ〜、あの子超真面目ちゃんで遊び心の一つもない子って有名なのにお前に〜?何したらそんなことになんだよ」

 

 ヤマは小馬鹿にしてるかの様に笑いながら言ってくる。

 正直ムカつく。


「けっ知るか。下校中も俺の後ついてきやがるから困ってんだよ」

「困ってんだったら怒鳴って辞めさせりゃいいじゃん」

「ば、バカやろうっ!!女に怒鳴るなんざ、んなクソみてぇな事できるわけねぇだろが!」


 俺がそう言うと、ヤマは薄い目と薄い笑みを浮かべた顔を俺に見せてきた。

 これは間違いなく喧嘩売ってる顔だ腹立つ。


 キーンコーンカーンコ〜〜ン。


「あ!やべ急ごうぜダン!」

「くそ喋りすぎた!」

「あ!コラァー!廊下走るんじゃなーい!!」


 昇降口でぐだぐだと喋っていたら学校のチャイムが鳴り始め、俺とヤマは廊下を走り、怒られながら教室へと向かった。


 

 キーンコーンカーンコ〜〜ン。

 学校に下校のチャイムが鳴り響く。


「あーっっと学校終わった〜!それじゃ俺デートだから喧嘩絶対勝ってこいよダン〜!」

「あいあい」


 授業を寝て聞いていたため、机に顔を伏せながら俺はヤマに手を振った。

 心の内でデート中に犬のうんこ踏んでしまえと呪いながら。


 (はぁ....公園行って河川敷行って公園行ってコンビニ行って学校の屋上に戻って.....いつになったら俺は喧嘩から解放されるんだか)

 

 俺は小学校の頃から喧嘩の毎日ではあった。

 けど根本的な原因は絶対姉貴だ。

 姉貴は小中そして高校と、それぞれ1年の時に全校の不良を締め番長として君臨した不良界の伝説だった。

 

 俺の人生初めての喧嘩相手は、そんな姉貴にボコられた兄の仇討ちだとかなんとか言ってた野郎で、何故か姉貴じゃなくて俺を狙ってきやがったからぶん殴り飛ばした。

 そこからは喧嘩の毎日。

 ボコした野郎の友人、親友、グループ、兄弟......さらに姉貴の弟だからって力試しで襲ってくる奴もいやがりそれが今、中学まで続いてる。

 原因の姉貴は去年、高1でバイク事故で1人勝手に死んだってんだから迷惑な話だ。

 まぁ....あの、我が道を行く生き方には尊敬はしてるけど。


 「あぁ.....行くか、ひとまず公園....」


 俺は歩き出し、学校から出て公園へと向かった。



 そして1時間後、果たし状を送ってきた最後のグループ、屋上で待ってた野郎どもを殴り飛ばした。


「ふぅ....これで最後か、どうせ喧嘩すんならもっと強い奴とやりてぇな」


 そう呟くと、俺の脳裏には姉貴の姿が映った。

 あれは強い弱いとかそういう次元ではなく、絶対に勝てない生物みたいな存在だ。

 一度喧嘩になった事があるが一撃で俺は倒れた。


 (思い出すだけで身震いしてくるな....)


「んじゃ....家帰るか」


 俺は倒れる不良共に背を向け、屋上の扉の方に振り返る。

 するとひょっこりと顔を覗かせ、こっちを見ている女の姿があった。


「まだついて来てやがったか.....」


 学校から出て公園に向かう時からあいつは俺の後ろをついて来ていた。

 何が目的なのか知らねぇがいい加減ウザい。

 俺を暗殺でもする気かあいつ。


「おい、お前最近ずっと俺の後ついて来てるよな?なんか用でもあんのか」


 俺がなるべく優しく問いかけると、女の顔は引っ込み、階段を勢いよく降りる音が聞こえた。

 何が目的なのか聞こうとしてもこれだから、本当にあいつがつけて来る理由がわからん。



 その次の日、さらに次の日、次の次の次の次の日と、そいつは俺の後をついて来た。

 なんなんだよ本当、害は感じないが気味が悪い。

 用やら言いたい事があんだったら言やぁいいってのに。


「わかってないな〜ダン、それはもしかしたらもしかするかもよ〜?」

「あ?」


 教室の中、俺の相談にヤマはウザい言い方をしながら俺の肩をバンバンと叩いた。

 

「それお前に好意があんじゃねぇ〜の?聞いてる限り行動が、気になるあの子の事を知りたい奴のそれじゃん〜」

「死ねよ」


 あまりにウザいヤマの言い方についつい心の声が漏れてしまった。


「俺の事が好きだぁ?なら残念、俺ああいう女嫌いだから」

「え、どしてよ〜?胸は....ちょっとお淑やかだけど顔だけ見れば超絶に可愛子ちゃんじゃん!」

「お前みたいに外見で選ばねぇんだよ俺は。あんなウジウジコソコソ影で見てることしかできないような性格の女、俺は1番嫌いだ。テメェも生きてんならもっと正々堂々果たし状でも出してこいや」

「果たし状じゃなくてラブレターじゃないのそこ。そういやお前の好みってどんな子よ?」


 好みねぇ....あんま色恋とか無縁で考えたことねぇしな。

 

「強いて言うなら強い女だな、どんだけ外見が不細工でも強けりゃ何処でも生きていけるからな」

「お前の脳みそ原始人と変わらねぇな。そだ、今日の放課後ダブルデートなんだけど、お前もたまには一緒の来るか?」

「無理だな」


 俺は机の中から6枚の封筒を取り出す。

 それら全ては今朝、下駄箱に入っていた果たし状だ。


「今日は6件先約があるんで」

「相変わらずモテモテだなお前は」

「だいたいダブルデートに俺1人行ったところで、2組のアホップルに挟まれて地獄の拷問受けてる気分になるだけだろ。どっちにしろ行かねぇよ」

「2組?ダブルデートって2人の彼女とデートする事だろ?」

「お前は爆発だけじゃ足りねぇな」


 俺は呆れながら机から立ち上がり、教室から出ようと歩く。


「お、んじゃな!喧嘩絶対勝てよ〜!」

「当たりめぇだ」


 腕をヤマに向けて振り、俺は学校を後にする。



 そして1時間後、4件目のゲームワンというアミューズメント施設の裏で不良どもを締めている時、気づいた事があった。


 (そういや....今日はあいつ、後からついて来てねぇな)

 

 ようやく俺の事を諦めたのか知らないが、ひとまずストーカーから解放された喜びで、不良の顔面を超絶に力を乗せて殴り飛ばした。


 

「ねぇ〜ヤマくん〜!私次はボーリングしたい〜!」

「えー!アタシはカラオケ行きたい気分ー!」

「アハハハハ〜よーっし、明日学校休みだしオールいっちゃうか〜!」

『サンセ〜イ!!』


 女2人に挟まれながら歩く男、ヤマ。

 その顔は幸せそのものだった。


「あ、でも夜危なくない?覚醒者がそこら辺彷徨いてるかもしれないしー」

「え〜あんなの都市伝説かなんかでしょ〜?実際見た事ないし〜」

「大丈夫大丈夫!そんな奴がいても俺が守ってあげるからさ〜!」

『キャー!ヤマ君かっこいい〜!!』

「そうでしょそうでしょ」

 

 ヤマはそう言いながら2人の女の頭を撫で、近くにあるボーリングもカラオケもある24時間営業のゲームワンという施設を目指し、河川敷を歩く。

 

「ん?」


 しばらく歩いていると河川敷に隣接する街の道の遠く、大人の男と、同じ学校の制服を着た女の姿が見えた。

 2人は一見親子のように見えたが、よく見ると異様な光景だった。

 仲睦まじく歩いている感じではない、男が女の頭をグシャっと掴んでおり、何処かへ引っ張る様に歩いている。

 そのまま、その2人の姿は建物の影に入り見えなくなった。


「うわぁ....嫌なもん見ちまったなぁ....あれ?」

「ヤマくんどうしたの?」

「....え?いや何でもないよ」


 ヤマと違い、女2人はその男と女の存在に気づいていない様子だった。


 (今の子.....まさか.....)


「あ、ヤマくん。あれってもしかしてダンじゃない?」

「あー本当だー」

「え、ダン?」


 その言葉に女の指差す方、河川敷の下の道をヤマが見ると、確かにそこにダンの姿があった。

 喧嘩し終わった後なのか、ダンの頬には返り血が少しついていた。


「お〜いダン!」

「あ?」


 ヤマの声に反応したダンは、辺りをキョロキョロと見渡し、そしてヤマを見つけた。


「なんだヤマか....転べ!!」

「呪いかけないでくれないかな?それよりダン、今日はあの子ついて来てんのか?」

「あの子?ああ、あいつなら見当たんねぇよ。ようやく俺のこと諦めたらしい」


 ダンの言葉にヤマはさっき見た女の顔を鮮明に思い出そうと、頭を働かせた。

 そして、はっきりと思い出す。

 さっきの女はダンをストーカーしていた見る目のない女、澪であると。


「やっぱそうか.....さっきあの女、変な男に連れてかれてたぞー」

「変な男?」

「父親っぽく見えたけど、なんか険悪な感じで穏やかには見えなかった」


 男の顔は怒りに歪み、今にも女を殴りつけてもおかしくない空気を漂わせていた。

 放っておけば確実に危険だ.....ヤマはそう直感していた。


「ふ〜ん。で、それが何だ?」

「助けに行かないのか?」

「は?何で俺がわざわざあいつのために動かなきゃいけねぇんだよ。だいたいあと2件先約があるんだこっちは」

 

 やっぱあの子は見る目がないな、ヤマは心底そう思った。


「まぁ俺もどうでもいいし、見なかった事にするわ」

「そうしろそうしろ、じゃまた明日な」


 二人はそのまま何事もなかったかのように歩き去っていった。



 「来い澪!!」

 「っ....離してお父さん....!」


 父に頭を引っ張られながら家に帰宅し、リビングに立たせられた.....すると、父は私の頭から手を離すと、頬をビンタしてきた。

 乾いた音がリビングに鳴り響く。


 「っ.....」

 「最近部活で帰りが遅いと言っていたが、怪しく思って見にいって正解だったな!!何をしていた!!自分の口で言ってみろ!!」


 父は怒鳴り声を上げ、私を激しく睨んだ。


「.....京極くんと....仲良くなりたくて.....」


 ボソボソと言う私に、父は大きくため息を吐く。


「澪ッ!!!今がどれだけ大切な時期かわかってるのか!!?中学3年、高校受験に備えて勉強しなくちゃいけない時期なんだぞ!!それなのに友達作りだと....!?しかもあんな不良と!!あんなのはお前が1番近づいちゃいけない人種だ!!!」

「で.....でも....京極くんは私を助けてくれて.....」

「この間言っていた不良に絡まれた件か!本当かどうか知らないがそんなのはたまたま偶然の結果だ!!そいつには人助けする気など1ミリも無い!!聞いた話じゃあいつの姉もろくなもんじゃないらしいな....!!いいか澪!!私の言う通り生きなかった結果がああいったクズだ!!!クズは何処まで行こうとクズにしかなれない社会のゴミだ!!!そうなりたくなければ私の言う通り生きろ!!!」


 父は必死に怒鳴り、私は俯き、頬に残る痛みを噛みしめた。


 母が生きていれば、こんなふうにはならなかったのだろうか。

 生まれてすぐに母を失った私にとって、父だけが家族だった。

 父は、「母さんの分まで」と口癖のように言い、私を良い子に育てようと躍起となり。


 そこから父は豹変した。


 テレビを観たいと言えば、「時間の無駄だ」と叱られ、遊びたいと願えば、「遊んでる暇があるなら勉強しなさい!!」と一蹴された。

 与えられたのは勉強だけ。

 問題集と参考書の山に囲まれ、褒められるのはテストで高得点を持ち帰って来た時だけだった。


 私に笑みができる事はなく、嬉しい感情も悲しい感情も何処かへ消えてしまったような虚無に生きてきた。

 それが正しいと教え込まれて。


「お前には私しかいないんだ....澪!」


 父の声がリビングに低く響く。


「……母さんがいないんだからな。お前を立派にするのは私の責任だ。わかるな?」


 父は私の事を本気で想ってくれている、だから反論したくてもできない。

 胸の奥で、何かがじくじくと痛む。


 こんな時に脳裏に浮かんだのは、ある日不良に絡まれた自分を助けてくれた京極くんの姿だった。

 あの瞬間に見た彼の自由な背中に憧れ、羨ましく思い、ほんの一瞬でもあんなに楽しそうな人生を歩んでみたい、そう思ってしまった。

 

「お父さん.....私....もっと勉強頑張るよ....」

「澪....わかってくれたか」

「だから....京極くんと友達になりたいです.....」


 だがその願いは、父の怒声の前にかき消された。


「澪ッ!!!!」


 ビクッと体が反応し、恐る恐る父の顔を見ると、さらに怒りが増していた。


「なんでわからないんだ!!!?あんなのと関わったらお前までダメになる!!!」

「で.....でもお父さん....私....京極くんみたいに....いつも楽しそうな人が.....」

「お前のためを思って言ってるんだぞ!!!」

「けど.....」


 瞬間、父は大きく手を上げた。

 私はまた叩かれると思い怖くなり、目を瞑って歯を食いしばった。


 その時だった。

 リビングにガラスの割れた音が響く。


 父はまだ私を叩かず、何が起きたのかチラリと目を少し開け様子を見ると、父はベランダの方に目を見開いていた。

 それに釣られる様に私もベランダの方を見ると、1人のバットを持った男がベランダの窓からリビングに入って来ていた。

 同じ麒麟中学の制服を着ており、黒髪のオールバックの男。

 突然の事に私と父は動揺したけど私は、そして父もその男を知っていた。


「どーも、ろくでもねぇ姉貴の弟でーす」

 

 その男は京極くんだった。


「きょ....京極くん......」

「お、お前.....!!不法侵入だぞ....!!よく私の前に顔を出せたな...!!!」


 父は動揺していたものの、すぐに怒りを取り戻し、京極くんへ怒鳴り始めた。


「お前のせいで澪がおかしくなった!!!どう責任取るつもりだ!!?しかの人の家に窓を割って入ってくるなんて立派な犯罪だぞ!!!」

「知らねーよ俺だって付き纏われて迷惑してんだよ。そいつが決めてそいつがやった事だ、俺に責任なんざねぇよ。あと窓ガラス割ったのはゴメン」

「ふざけるなッ!!!見ろ澪!正しく生きない奴はこうなる!!今すぐ警察に通報してやッッッ!!!??」


 怒鳴り散らす父親を、京極くんはぶん殴った。

 殴られた父は飛び、リビングに置かれているテーブルに激突しテーブルと共に倒れた。


「きょ....京極くん.....!?」

「うるせぇんだよピーピーピーピー」


 倒れた父は頬を抑えながら必死にズボンからスマホを取ろうとしているけど、うまく腕を動かせないのか、手間取っている。


「がっ....ぼ、暴力だ.....!!お前こんな事していいと思ってるのか!!?」

「クズがサツにビビると思うなよ、俺が怖いのは姉貴だけだ」


 京極くんは父の脅しを気にせずバットを捨て、ズカズカとリビングを歩き、倒れる父の前に立った。


「京極くん.....」

「あ?」

「何で....ここに....」

「んなの....たまたま偶然の結果だ」


 私には京極くんのその言葉が嘘だとすぐにわかった。

 不良に絡まれた際に助けてくれた時も、そんな事を言っていたのを覚えている。

 京極くんは学校内でどうしようもない不良であると言われているが私は知っている、そんな事はないと、京極くんは優しい人であると。

 ここにいるのは、きっと何処かで私を見かけて来たんだと。


 京極くんは倒れた父の襟元をつかみ上げ、低く吐き捨てる。


「確かに俺は人として終わってるかも知れねー、俺みてぇなどうしようもない奴が女作ったところでそいつの人生を支えられるか、不安で作ろうと思った事がない.....けど少なくともお前よりかはこいつを幸せにしてやれる。だからこいつは俺が貰ってく、責任持ってこいつの生涯は俺が面倒見てやる」

「え....?」


 父は動揺し、そして私もその言葉に胸がうるさくざわついた鳴いた。


「は?中学生の小僧が何を....!?」

「だけど澪.....お前が俺をつけてた理由はさっき言ってた友達になりたいからか?だったらまず生まれ変われ、お前みたいな自分の気持ちをはっきり言えないような奴は俺は嫌いだ。俺にしがみつくんじゃなく、自分で鎖をぶち壊せ」

「っ......」


 京極くんはそう言いながら父から手を離し、私の顔をじっと見つめた。

 私の胸は躍動していた、怖いほどに。

 乱暴で、不器用で、でもどうしようもなく真っ直ぐな京極くんの言葉に、私の心は強く揺さぶられていた。

 本当は友達と放課後に遊びたい、一緒に笑いたい、恋だってしたい。

 でも、ずっと許されなかった……そんな日々の中で、心の声を閉じ込めてきた。


 なのに、京極くんは私の閉じ込めた声を無理やりこじ開けようとしている。


「私は.....」

「心の底から言えよ!!お前を産んだ母ちゃんは、お前がそんな臆病で情けなくビクビク生きてほしくて産んだのか!!?」

「な、何を言っているんだお前は……!!澪!こんな不良の言葉は聞くな!!」


 父は叫び、取り出したスマホを操作し始めた。


「待ってろ...!!今すぐ警察にっ.....」


 そう父が言おうとした瞬間だった。


 パァンッ!っとリビングに響き渡る鋭い音が響く。

 私の右手が、父の頬を打っていた。


「お父さん、もうやめて……!」

「.....澪っ....!?」

 

 父は私の行動に今まで見たことがないほど目を見開き、驚いた様子でこっちを見た。


「私....お父さんの事好きだよ。お母さんが死んでからずっと私の事を想って育ててくれた......」


 怒った時のお父さんは怖い、けど誰よりも私を想って怒ってくれていたのは事実だ。


「けど、ごめんなさい.....私はお父さんの言う良い子にはなれない.....なりたくないの」

「澪.....」

「ここまで1人で私を育ててくれてありがとう....けど、私の人生は私に決めさせて.....!これからもしっかりと勉強します、良い高校にも大学にも絶対通います。だから....私は京極くんと友達になります....!」


 ここまで大きい声で自分の気持ちを吐き出したのは、人生で初めての経験だった。

 でも不思議と緊張や怖さは感じない、きっと元々そういう性格を持って生まれてきたんだ。

 お父さんがいなければ、私はどうしようもない不良になっていたのかもしれない。


「へっ、最初からそうやって普通に言えばもっと早くダチになってやったってのに、ストーカー行為なんて二度とすんなよ気持ち悪い」

「あ....あれはその.....友達いなくて....なんて声をかければいいのかわからなくて.....」

「んなのダチになりたいの一言でいいんだよ!んで父さんよ、娘の成長に目...覚めたか?」


 京極くんはそう言って、お父さんの方に顔を向けた。

 お父さんは半分放心状態で倒れたまま私を見つめ続けている。


「....澪、お前に叩かれた時....(しずく)の顔が浮かんだよ」


 雫.....私のお母さんだ。


「母さんは病弱な身体だったが元気な女性だった。初めて出会った頃から私が何か間違えるとすぐに殴ってくる様な.....私は.....また間違えてしまったんだな.......澪....すまなかった。娘に手をあげるなんて...どうかしていた」

「お父さん.....」


 久しぶりに見た、お父さんがこんなに憔悴しきった顔を見せたのはお母さんの葬式の時以来だ。

 お父さんは私に謝ると、頭を下げてきた。


「頼む.....許してくれ澪.....!私が悪かった.....私にチャンスをくれ.....もう一度、父としてやり直させてくれ.....!!」


 父に叱られることはあっても、謝られたことなど一度もなかった。

 この人もまた、不器用にしか生きられなかったんだ。

 私は涙で滲む視界の中お父さんに歩み、ゆっくりと膝を折り座り込む。

 そして、両手でお父さんの顔を上げさせた。


「うん....信じるよ。だって私も、お父さんと……もう一度やり直したいから。不器用な娘だけど、これからもよろしくね、お父さん!」


 父は恐る恐る顔を上げ、その手を両手で包み込んだ。


「澪……ありがとう……ありがとう……!」


 声にならない嗚咽がリビングに響き、澪はその温もりを感じながら静かに涙を流した。

 京極くんは無言でその様子を見ていたが、やがて小さく鼻を鳴らし、玄関の方へ歩いて家を出て行った。




「あれ?もういいの?」


 玄関の扉を開けると、そこにヤマがいた。

 やっぱこいつも来てやがった。


「頭下げてんだ、これ以上俺が何しろってんだ」

「信用すんの?人ってそう簡単に変わらないと思うけどな〜」

「そん時はまた殴りに来ればいい、姉貴はいつもそう言ってたしやってた。拳はどんな薬よりも勝る特効薬ってな」


 俺の姉貴、京極蓮嘩(きょうごくれんか)はそう言う女だ。

 本人の前では恥ずかしくて言えなかったが、憧れてた。

 俺はあんな人になりたい.....いや、なるんだ。

 

「このシスコンめ!」

「シスコンじゃねぇよっ!!....んな事よりお前ダブルデートはどうした」

「ダブルデート?そんなの行ってないけど〜」

「は?お前女2人と歩いてただろ?」

「ダンお前知らないのか?ダブルデートってのは2組のカップルが揃わないとできないんだよ〜?」


 それ今日、俺が言ったことだろ。

 何言ってんだこいつ。


「ま、ちょうど近くにもう1組生まれそうだし、再来週あたりには初ダブルデート行くかもな」

「ほーそうかよかったな」


 そう言いながら俺らは澪の家を後にし、自宅に向かった。

 夕日が沈み始た街を、興味のない惚気話を聞かされながら。



 キーンコーンカーンコ〜〜ン。

 次の日の学校。

 今日もまた、学校の1日が終わる音が校舎に響いた。


「ダンよ〜この後暇ならゲーセン行かね?」

「無理だな、今日は先約が4件だ」


 俺は今日も今日とて下駄箱に入れられていた果たし状を机の上に広げた。

 

「え〜マジかよ、たまにゃ俺優先して付き合えよ〜」

「俺と一緒にくればその分早く先約片付けられて遊べるぞ?」

「う〜んそうだな〜....」

 

 ヤマは少し悩むと、ニヤリと笑った。


「ま、昨日殴りそびれてモヤモヤしてたし、たまには俺がお前の用事に付き合ってやるとするか!」

「そうこなくちゃ!んじゃ久々に2人で暴れるとす....「あの、京極くん....!」


 やる気になった俺らの耳に横から女の声が入ってくる。

 振り向くとそこには澪がいた。


「お、澪ちゃんじゃん〜どしたの〜?」

「なんか用か?」

「あの.....私も....一緒に行ってもいいですか....?」


 もじもじと恥ずかしがりながら澪はそう口にした。

 もうちょっとデカい声で喋れないのかなこいつは。


「俺は全然良いよ〜!ダンは?」

「あ?.....別にいいけど、喧嘩に手出しすんなよ」

「はい.....!」


 これから喧嘩しに行くってのにこいつ連れて行くのは、普段ならダメだが今日はヤマもいるし別にいいか。


「澪ちゃんも今日で悪の道に入っちゃうか〜、また世界から純白な子が消えてしまった」

「あの....京極くん....いえ、京極さん.....」


 ん....さん?


「その....確認しておきたいんですけど.....私達って....付き合ってるん....ですよね?」

「え?」

「は?」


 は?

 突然何を言い出してるんだこいつは。


「また頭でも叩かれておかしくなったか?」

「え....昨日京極さんが私を貰ってくれるって、生涯を面倒見るって......あれって、その.....告....白....ですよね......?」

「あー.....」

 

 そういやそんなこと昨日言っちまった気がする......いや言ってたわ。

 あの時は勢いに任せて適当に言っただけ.....と言いたいところけど、澪の顔は真っ赤に染まっており、あれ違う嘘....何て言えばこいつまた鬱ぐかもしれねぇ.....何よりそんな情けない前言撤回言えない.....どうしよ。

 姉貴に命懸けで嘘ついた時の様に、胸にドスが刺さったような痛みが響く。


「ブフッ!......あ....当たり前じゃん澪ちゃん〜!!ダンは一度言ったことは何があっても撤回しない男よ!」

「で、ですよね!よかった....」


 お前ちょっと黙ってろ。


「お父さんが京極さんを悪く言ってしまったと謝罪したいらしくて.....今週の休日、また家に来てくれませんか.....!私達の将来についても話があると....!」


 こいつもう結婚を前提に話を進めてやがる。

 勘弁してくれ、束縛されたくねぇんだよ俺.....けどヤマの言う通り、男として吐いた唾は飲めない.....そんな事俺のプライドが許さない。


「んぐぐっ......はぁ、日曜邪魔するわ....」

「はい....!」

「アハハハハ!!よかったなダン!」


 俺の自由な生活は終わった気がした。

 喧嘩からも死ぬ気で足洗って....勉強して....大学も行くべきか.....あぁ....将来のこと考えると頭痛い......けど言っちまったもんの責任はしっかり取らなきゃな。

 

「不束者ですが、これからよろしくお願いします!京極さん!」

「....こちらこそ」


 姉貴ならこういう時、どうするんだろうな。



「ん?」

「どうしたんですかお姉様?」

「いや.....いま弟と心が通じ合った様な気がしたぞ!!」


 森の中を歩く私の隣で、また訳のわからない事をお姉様は言い出した。


「へー....そう言えばお姉様の弟って何処にいらっしゃるんですか?」

「めっちゃ遠い所だ!きっと二度と会えねぇくらいには、そもそもこの世界で会いたくないけどな!!」

「お姉様の弟さん....一度会ってみたいです。どんな人なんですか?」


 そう私が尋ねると、お姉様はとびっきりの笑顔を見せて、「お!聞きたいか!!」と聞いてきた。


「オレの弟は可愛くてな!!オレの武勇伝をそりゃあ目を輝かせて聞いててな.....中学になったら反抗期が来たのか生意気にオレに楯突いてきたからボコした事もあったけど、今でもオレの1番大切な宝物なんだ!!」

「そうなんですか.....羨ましいな」

「ん、そうか?」


 などと話していると、進む先から木々が折れる音が聞こえた。


「お姉様っ!」


 すぐに私はお姉様に小声で止まる様ジェスチャーし私たちはその場で止まり、座った。

 目を凝らし森の奥を見ると、巨大な腕を持つ獣の姿があった。


「いました....村の方々の目撃通り、熊拳<ベア・フィスト>.....」


 熊拳<ベア・フィスト>、巨大な腕が特徴の獣、嘘か本当かあの腕から繰り出される打撃は鉄をも凹ます威力があるという。

 本来は共和国のファーウッドの森に生息する獣だけど、そこから近い事もあり、たまに村の近辺に出没するらしい。

 今回もそれの対応で、ここら一帯のボスであるお姉様が出向いてきた。


「お姉様、行けますか?」

「ベアなんちゃらってあいつの事だったのか、あれなら一度狩った事あるから余裕だ!!なかなか強烈なパンチ持ってるから喧嘩相手には丁度いい奴だ!!」


 流石お姉様....私もいつかそんなふうに!!

 お姉様は歯を見せる笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がり、拳を鳴らす。


「んじゃ....喧嘩すっかッ!!!!」


登場人物

京極断嘩(きょうごくだんか)(15歳)】

麒麟中学3年生の不良。去年歳が2つ上の姉を亡くしてる。

曲がった事する野郎が嫌いで、特に女に暴力働く奴や怒鳴る奴が嫌い。愛称はダン。


(みお)(15歳)】

麒麟中学に通う京極と同クラスの女子生徒、学校では真面目な優等生で遊び心がないと有名。

京極と仲良くなってからは人が変わった様に明るくなった。


【澪の父(42歳)】

妻を亡くし、澪を育てていく責任感から暴走してしまい虐待紛いの行為をしてしまうが、京極と澪に殴られ目を覚まし以降は澪の考えを尊重する父親となった。

妻の名前は(しずく)、病弱な体だがすぐに手が出るくらいには元気な人だった。


大和(やまと)

京極と親友の男、京極とは小学生の頃からの付き合いで喧嘩はそこそこ強い。愛称はヤマ。




この短編小説は、一応『女番長は転生した〜異世界がなんぼのもんじゃい!〜』の続編に当たります。

姉貴について興味が湧いた方はぜひそちらをご覧ください!

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