押すんだ!翔太!
あの夜、美咲が何を言ったのか、翔太はいまだにはっきり確信を持てずにいた。
本気かもしれない。
でも酔ってたし、冗談だったのかもしれない。
確かめたくても、翔太にはそれどころじゃない日々が続いていた。
担当していた案件で急なトラブルが起きて、上司からのプレッシャーと残業続き。
美咲に連絡をする余裕すら、正直なかった。
──気づけば、3週間が過ぎていた。
そしてようやく、全てが落ち着いた金曜日の午後。
翔太は恐る恐る、美咲にメッセージを送った。
「久しぶりに、飲みに行きませんか。」
数分後、返ってきた「いいよ。」の一言に、胸が少しだけ軽くなった。
⸻
店はあの時と同じ、ちょっと落ち着いた雰囲気の居酒屋だった。
「おつかれさま。」
「うん……美咲さんも、元気だった?」
「まあまあかな。翔太くんは忙しかったみたいだね。」
「うん……全然連絡できなくて、ごめん。」
少し間が空いた。でも、美咲は微笑んだ。
「忙しかったの、ちゃんとわかってるよ。……ちょっと寂しかったけど。」
翔太の胸がドクンと音を立てた。
「……俺も。ずっと会いたかった。」
「え?」
「……この前の、覚えてる?」
翔太の問いに、美咲は首をかしげた。
「え、どのこと?」
「飲んだあと……公園で、ちょっとだけ話したこと。」
「あー……え、私なんか変なこと言った?」
冗談っぽく笑う美咲。でも翔太は笑えなかった。
「そっか……覚えてないんだ。」
「ごめん……私、酔ってたし……」
美咲が曖昧に視線を落とす。翔太は少しだけうつむいたまま、テーブルに目を落とした。
だけど──そこで、ふっと息をつくと顔を上げた。
「いいんだ。……むしろ、ちゃんと伝えたかったから。覚えてないなら、もう一回言うチャンス、もらったってことだし。」
「え?」
「日を改めて、ちゃんと話したいことがあるんだ。……それまで、待っててもらえる?」
目を見て言った翔太の表情は真剣で、でもどこか柔らかくて。
美咲は驚いた顔をしながらも、ゆっくり頷いた。
「……うん。じゃあ、楽しみにしてる。」
店を出ると、冷たい風が街を通り抜けた。街にはイルミネーションが点りはじめ、カップルが肩を寄せ合って歩いていた。
翔太のスマホには、「12月24日」の予定がすでにそっと記されている。
“美咲に、本当の気持ちを伝える日。”