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第43話閃光の中で


物語が反転する。いや、反転というより、崩壊する。世界が、歪み、引き裂かれ、形を失う瞬間。まるで時空が薄い紙のように裂け、無限の裂け目が開く。そこから放たれる光は、金色ではなく、血のような赤に変わり、辺りを覆い尽くす。


「ここは……どこだ?」


声が響く。が、どこから発せられたのか分からない。いや、今はそのことすらも問題ではない。視界がぼやけ、空間が歪んでいく。壁が崩れ、床が浮き、全てがゆらゆらと揺れ動く中で、私はただ立ち尽くしていた。足元が不安定で、次に何が起こるか予測できない。身体は震えている。だが、どうしても動けない。


ああ、でも……分かる。私は知っている。


「アリシア……」


声がする。かすれた、誰かの声が耳に届く。懐かしくもあり、どこか遠くから響くような、そんな声だった。


振り返る。


が、そこには何もない。いや、何も見えないはずだ。だって、この世界にはもう、あらゆる「現実」が消え失せているからだ。壁も床も、空も、何もかもが薄れていく。断片的な記憶だけが頭の中を駆け巡り、私はその一部にしか触れることができない。


その時、目の前に現れたのは、何かの影だった。ぼんやりとした形、けれどその姿は次第に鮮明になり、どうしようもない恐怖が胸を締め付ける。


「お前か……?」


私は震える声でつぶやいた。思わずその場に膝をつく。


目の前の影が、ゆっくりと姿を現した。それは、まるで生きているかのように動き、形を変える。その影が顔を見せた瞬間、私の心は一瞬で凍りついた。


それは、見覚えがある。私が何度も、何度も見た顔だった。


「アリシア……」


その声は、聞き覚えがある。しかし、それは今までの誰とも違う、異常なまでにひどく変わり果てた顔をしていた。


「な、何を……?」


私が声を出すと同時に、影の姿は一瞬で消えた。が、今度はその代わりに、もう一つの影が現れる。


「違う、違う……!」


その影は、さらに違う形に変わっていった。何度も、何度も形を変え、そのたびに新たな恐怖が私を覆い尽くす。見たこともない、想像もできないような姿に変わり、私はただその目を見開いた。


その瞬間、世界が一変する。再び視界が歪み、音が聞こえなくなる。全てがゆらぎ、全てが消えていく。


「これは……一体?」


何も分からない。何も分からないまま、私はただ立ち尽くしていた。


「――アリシア?」


その名前を呼ばれると、意識が引き戻されるような感覚が走る。だが、今度はその呼びかけがどこから来るのか、分からない。確かに呼ばれているような気がするが、その声はどこから来たのか、何も分からない。


立ち上がろうとするが、体が動かない。私は必死に体を動かそうとしたが、まるで重い鎖に繋がれているようで、どうしても動けなかった。


その時、視界の片隅に、わずかに動く影が見えた。


その影が、私に向かって近づいてくる。


だが、その瞬間、私の体は突如として強い力に引き寄せられる。まるで引き裂かれるように、その力に引き寄せられる。


「いや……!」


目の前に現れた影は、再び私を見つめ、冷徹な笑みを浮かべる。


「来るな……!」


その言葉が無意味であることを、私はすぐに理解した。


再び世界が歪み、私はどこか遠い場所へと引き込まれる。


次の瞬間、私はまたしても知らない場所に立っていた。


この場所はどこだ?


どこから来た? そして、どこに行くのか?


私はただ、目の前に広がる光景を見つめるしかなかった。

影が私を見つめ、じっと動かない。その目の奥に何かが渦巻いているのが分かる。暗闇に溶け込むような、その無機質な眼差しが、冷たい恐怖を私に叩きつけてきた。


「お前は……誰だ?」


私は声を出してみた。けれど、その声がかすれて聞こえる。自分が自分であることすら、確かではなくなってきている。


「誰だ……?」


その問いかけが、何度も反響する。空間の中に無限に広がり、そして、いつの間にかその声さえも自分のものではないような気がしてきた。誰かが私の声を模倣しているような、不安定で不確かな感覚。私が私であること、ここに存在すること、全てが揺らいでいく。


そして、影がゆっくりと動き出した。まるで歩くたびに空間を歪ませるかのように、その動きが途切れることなく続く。その足音は響かず、どこからともなくただ私の耳に届く。


「アリシア……」


その名が再び、私の耳元でささやかれた。誰の声だろうか。それを思い浮かべようとするが、顔が浮かばない。記憶がすり減り、まるで空白のような感覚が広がっていく。誰もいない、そして、何もない。だが、確かに誰かがここにいる。


その瞬間、全てが崩れるような音がした。


私はその音に反応し、振り返る。だが、何も見えない。音だけが空気を切り裂き、私の心を抉った。恐怖が再び私を飲み込む。


「いや……いや、いや……」


私は声をあげて叫んでいた。けれど、声が届かない。周囲の景色が、再び歪み、私を引き裂こうとする。視界が滲み、頭がクラクラとする。空気が重くなり、息が詰まるようだ。


その時、足元がぐらりと揺れた。


「おい!」


私は立っていられなくなり、その場に膝をついた。まるで何かに引っ張られているように、地面に引き寄せられる。その感覚が、まるで現実ではないような、非現実的なものであることを感じた。身体の重さが異常で、まるで浮いているかのような感覚すらあった。


その時、背後から何かが迫ってくる音が聞こえた。最初は遠く、やがてその音が徐々に大きくなり、やがて私の後ろに迫ってきた。


振り向くと、そこには、まるで影のような存在が浮かんでいる。


その存在は、私の周囲にいた誰かのように見えた。だが、顔は見えない。影であり、記憶の欠片であり、どこからともなく現れるものだった。


その影が、ゆっくりと近づいてくる。


「お前は……何者だ?」


声を振り絞って叫ぶが、影は何も言わず、ただ私に近づく。そして、その姿が完全に見えた瞬間、私は目を見開いた。


それは……私だった。


いや、違う。そこにいるのは私ではない。だが、私が知っている姿だ。記憶の中で何度も目にした顔、名前、形。全てが、目の前に現れた影として浮かび上がる。


私は息を呑む。


その瞬間、影は再び歪み始め、まるで私の中に入り込んでくるような感覚がした。私はその影に引き寄せられ、身体が反応しないまま、その中に沈み込んでいく。


その感覚が、不安定で、恐ろしい。まるで自分を失ってしまうような、そして何もかもが壊れていくような錯覚に囚われる。


だが、その時、何かが私の中で引き締まった。


「違う、これは……私の戦いだ」


私は再び立ち上がった。その言葉を呟くと、全てが戻るような感覚が走る。空間が揺れ、歪みが元に戻る。そして、目の前に広がる無限の景色が一瞬で消え失せ、私は一つの場所に立っていた。


だが、すでに何かが変わっている。


その時、私はようやく気づく。これが、すべての始まりであり、終わりなのだと。

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