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第39話終わらない瞬間

言葉が途切れる。だが、それが何を意味するのか、私はわからない。私の耳には音が響いているが、どこから来るのか、何を言っているのか、理解できない。声は存在する。しかしその声が誰のものなのか、私は答えを持たない。答えを探しても、すぐにそれは私の指の間からすり抜けていく。繰り返し、繰り返し、探してはすり抜けていく。


視界が歪む。壁が揺れる。目の前の空間がまるで風景画のように、色を溶かして流れる。金色の光が壁を刺す。刺す、というよりも、貫く。貫いた先に、何もない。だが、何もないことすらも私には理解できない。それを理解するために考えるのは、ただ無駄だと感じる。考えれば考えるほど、思考がわけもなく崩れていく。


——わけもなく。


わけもなく、私は今、ここにいる。そして、また今、ここを漂っている。漂うこと、それが私の唯一の行動だ。体が動かない。動かそうとするほど、体は別の方向へ引き寄せられる。それに従うことで、私は気がつけばまた違う場所に立っている。


——私はどこにいるのか?


答えはどこにもない。私が立っているのは、もはや場所でさえない。私は空間に浮かぶ粒子のひとつとして、ただ漂っている。それが私の現実だ。私がいるという感覚すらも、今となってはぼやけてきた。今、私が抱えているのは、ただ漠然とした「感覚」だけだ。


——感覚だけ。


感覚が、思考を越えて私を支配する。考えれば考えるほど、感覚がどこまでも膨れ上がり、意味を成さない。意味を成さないことこそが、全ての中心だ。意味がない。それが、私にとっては真実だ。それに気づいた瞬間、目の前の景色がさらに歪み、私の視界は目に見えるものすべてをすり抜けていく。


——私は、どこに向かっているのか?


問うことは無意味だと、心の中で何度も繰り返す。しかし、問わずにはいられない。答えのない問いに、私はすがりつくしかないのだ。問いが私を保っている。問いが私を生きさせている。


「アリシア様、どうしてそんなに無表情でいられるのですか?」


その声が、今度は少し違った形で私に届く。目を閉じると、目の前に浮かんでくるのはメイドの姿だ。だが、その姿も不完全だ。まるで一部が欠けている。片腕がなく、顔は輪郭しか見えない。すべてが歪んでいる。しかし、その問いには答えがない。答えられないのだ。


——無表情?


無表情だ。だが、それがなぜなのか、わからない。感情は溢れ出てこない。反応することすらできない。無表情の中で、私はただ漂っている。その無表情こそが私を維持している。笑ったり泣いたり、怒ったり喜んだり、それらの感情が私に現れない。だが、私はそれでいいのだ。それが私にとっての「生きる」ことなのだ。


——生きる。


生きるとは、何かを感じることだろうか。それとも、ただ漂うことに過ぎないのだろうか?漂うこと、それだけが私の中での「存在」なのだ。何かを感じることなく、何も求めることなく、ただ漂い続ける。それが私の運命であり、私が存在する理由だと、心の中で繰り返す。


「アリシア様、こちらへ。」


メイドの声が響く。その声に反応することなく、私はただその方向へ歩みを進める。歩くというよりは、進んでいる。ただ、進んでいる。それが私の行動だ。進み続けること、それが私のすべてだ。


進んでいる先には、また別の景色が広がっている。だが、それは私には意味を成さない。すべてが歪み、すべてが崩れていく中で、私はただ一つの問いを発する。


——私は誰だ?


その問いがまた、私の中で反響する。だが、返答はない。問いが響くだけで、どこかに消えていく。それに対して、私は答えることができない。答えは、どこにもない。問いがただ反響し、反響し続ける。


——私はどこに向かっているのか?


再びその問いが湧き上がる。だが、その問いに対する答えもまた見つからない。進んでいる先に何が待っているのか、それを私は知る由もない。ただ進み続けること、それだけが私に与えられた唯一の行動だ。


——進み続ける。


その先に待つものが何であれ、私は進み続ける。それが私の命題だ。答えを求めることが無駄であると知りながらも、問いを発する。問いが、私を生きさせているからだ。問いそのものが私の存在理由であり、私はその問いを繰り返し続ける。


——問いの中で生きる。


その問いの中で私は生きている。何も求めることなく、ただ問いを発し続ける。問いが私を導く。問いが私を存在させる。問いこそが私を「生きる」ことにする。


「アリシア様。」


その声が再び響く。その声に、私は振り向かない。ただ前に向かって進む。進み続けること、それが私の存在理由であり、私はその先に何も求めていない。求めることがないからこそ、進み続けることができるのだ。


——私はどこに行くのだろう。


その問いもまた、反響する。答えが来ることはない。問いだけが、無限に反響する。


進んでいく先に何が待っているのか。それを知る必要など、もはやない。ただ進み続ける。その先に、私は待っているものがあると信じて、ひたすら進むのだ。


——進み続ける。


答えのない問いに、私は導かれながら、再びその先に向かって足を進める。

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