第31話崩れゆく言葉
壁が息をしている。目の前の壁が、呼吸をしている。うごめくように、揺れ動き、膨張し、収縮する。私はその壁をただ、見つめている。呼吸する壁、動く壁。そこにあるもの全てが、時間を無視して進んでいる。そう、進んでいる。
「アリシア様……」
声が遠くから聞こえる。だが、どこからともなくやってくる。空間が波のように揺れ、音が歪んでいく。耳に届く音は全てが反響し、重なり合い、別の音に変わる。反復され、意味を失う。その中で、私は何を考えているのか、すら分からない。
私はただ、存在している。何かに縛られ、何かに引き寄せられ、ただ存在している。それ以上、何もない。
顔が浮かぶ。だが、それは私の顔ではない。無数の顔が、重なり合い、私の目の前で踊っている。いや、踊っているというよりは、腐って、溶けているのだろうか。私の目の前で、顔が消え、また現れる。ひたすらに繰り返される顔。目、鼻、口がぐちゃぐちゃに混ざり合い、何か不確かなものに変わっていく。
その顔の中で、私は何を見ているのだろう。
誰かが言った。
「私たちは、始まりの前に戻る。」
その言葉が頭の中で繰り返される。何度も、何度も。エコーが響く。何が始まりだったのか、私にはもう分からない。ただその言葉だけが、空間を切り裂く。
手を伸ばす。だが、何も掴めない。空間が歪んでいく。私はただその中で、引き寄せられ、逆さにされていく。
顔が浮かぶ。だが、それは私の顔ではない。無数の顔が、重なり合い、私の目の前で踊っている。いや、踊っているというよりは、腐って、溶けているのだろうか。私の目の前で、顔が消え、また現れる。ひたすらに繰り返される顔。目、鼻、口がぐちゃぐちゃに混ざり合い、何か不確かなものに変わっていく。
その顔の中で、私は何を見ているのだろう。
世界が逆転する。私は空を見上げ、地面を歩く。目の前に広がる景色が、全て反転していく。空に山が現れ、地面には海が広がる。私はその海を見つめ、息を飲む。
「……これは、何だ?」
言葉が口から漏れる。だが、反響して消える。意味を成さない言葉が、無限に回り続ける。
空間が歪んでいく。壁が裂け、床が崩れる。物が溶けていく。全てが、無意味に崩壊していく。その中で、私はただ取り残される。誰かが私を見ている。だが、その目が何かを告げることはない。目はただ、私を見つめるだけだ。
「アリシア。」
その声が、再び響く。だが、誰の声かは分からない。私の名前を呼ぶその声は、無限に回り続ける。音が反響し、空間がひたすらに波打つ。
目の前で、顔がひび割れる。割れた顔の中から、血が溢れる。だが、それは血ではない。何か別のものが流れ出ている。それは記憶か、存在か。私はその流れに引き寄せられ、無意識のうちにそれを見つめている。
次第に、私の周りの空間が静かになっていく。すべての音が消え、ただ無音が広がる。だが、その無音は、また次の音を呼び寄せる。次第に音が重なり、音楽のように響く。だが、音の正体が分からない。楽器の音か、言葉か、それともただのノイズか。
顔が浮かぶ。だが、それは私の顔ではない。無数の顔が、重なり合い、私の目の前で踊っている。いや、踊っているというよりは、腐って、溶けているのだろうか。私の目の前で、顔が消え、また現れる。ひたすらに繰り返される顔。目、鼻、口がぐちゃぐちゃに混ざり合い、何か不確かなものに変わっていく。
その顔の中で、私は何を見ているのだろう。
私の目の前で、手が動く。手が私に触れ、私の体を引き寄せる。だが、その手は私の手ではない。人の手でもない。それは、何か無機質なものに変わっていく。
その瞬間、私は何もかもを忘れる。記憶が消え、思考が断絶する。ただ、無限に広がる空間の中で、私は漂っている。時間も空間も意味を持たない。ただ、私だけが存在している。
その存在が、私を捕え、引き寄せる。
「アリシア様。」
再び、声が聞こえる。だが、今度は違う声だ。違う誰かの声だ。その声が、私を呼び寄せる。だが、私はその声を聞き取ることができない。頭が震え、音がこだまする。
私はその音の中に、ただ飲み込まれていく。
その瞬間、世界が崩れる。




