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第24話破れ


——しかし、ページはすでに破れていた。


破れたページの端が黒く焦げ、空中に揺らめく。そこには何が書かれていたのか、誰も知らない。知らないのに、記憶している。いや、記憶とは呼べない。染み付いた残響、焼き付いた残像、否応なく浮かび上がる影。文字のない文字が並び、意味のない意味が流れ込む。


視界の端で影が蠢く。壁が鼓動している。うねり、歪み、嘲笑う。


「アリシア様」


誰の声?知っている。知らない。知りたくない。


目の前に王子がいる。彼の顔が一瞬にして崩れ、幾千の断片に砕ける。破片は空中で回転しながら、意味のない文字列を形成しては崩れ、また形成する。


——アリシア、お前は


——お前は、何者だ?


地面が揺れる。いや、揺れているのは私か。私の輪郭がぶれ、複数の像が重なり合う。


——いや、待って、待って、待って。


ナイフを握る指が震える。いつから握っていた?どこから持ち出した?


床に落ちた紙片に目を落とす。


『この物語の結末は』


血の文字。違う、インクか。いや、それは判別できない。濡れた何かが滲む。視線が吸い込まれる。どこまでも、どこまでも。



「お嬢様、お食事の時間です」


瞬き。視界が跳ねる。いつの間にかテーブルの前に座っている。銀のナイフとフォークが並び、皿には切り分けられた肉。


「……これは?」


「お食事です」


メイドが言う。顔はのっぺらぼうだ。


皿の上の肉が動く。呼吸している。血が滴る。心臓の鼓動のように、小刻みに痙攣する。


「誰の……?」


「お嬢様のものです」


「私の?」


「はい」


フォークを持つ。ナイフを構える。力を込める。切り分ける。


ざくり。


肉の断面から、無数の目が覗く。私を見ている。笑っている。


「やめて!」


悲鳴を上げる。瞬間、視界が裏返る。白と黒のノイズが走り、言葉が崩れ、時間が解ける。



——私は、どこにいる?


——誰が、私?


床がない。天井がない。壁がない。私は虚無の中にいる。


「アリシア様」


声が聞こえる。


「貴方はどこにもいません。どこにもいない貴方に、救いは訪れません」


「私は……」


「お別れです」


手を伸ばす。何かを掴もうとする。だが、何もない。


世界が崩れる。


私は、誰?


次のページは、すでに破れている。


破れたページの端が黒く焦げ、空中に揺らめく。そこには何が書かれていたのか、誰も知らない。知らないのに、記憶している。いや、記憶とは呼べない。染み付いた残響、焼き付いた残像、否応なく浮かび上がる影。文字のない文字が並び、意味のない意味が流れ込む。


視界の端で影が蠢く。壁が鼓動している。うねり、歪み、嘲笑う。


「アリシア様」


誰の声?知っている。知らない。知りたくない。


目の前に王子がいる。彼の顔が一瞬にして崩れ、幾千の断片に砕ける。破片は空中で回転しながら、意味のない文字列を形成しては崩れ、また形成する。


——アリシア、お前は


——お前は、何者だ?


地面が揺れる。いや、揺れているのは私か。私の輪郭がぶれ、複数の像が重なり合う。


——いや、待って、待って、待って。


ナイフを握る指が震える。いつから握っていた?どこから持ち出した?


床に落ちた紙片に目を落とす。


『この物語の結末は』


血の文字。違う、インクか。いや、それは判別できない。濡れた何かが滲む。視線が吸い込まれる。どこまでも、どこまでも。



「お嬢様、お食事の時間です」


瞬き。視界が跳ねる。いつの間にかテーブルの前に座っている。銀のナイフとフォークが並び、皿には切り分けられた肉。


「……これは?」


「お食事です」


メイドが言う。顔はのっぺらぼうだ。


皿の上の肉が動く。呼吸している。血が滴る。心臓の鼓動のように、小刻みに痙攣する。


「誰の……?」


「お嬢様のものです」


「私の?」


「はい」


フォークを持つ。ナイフを構える。力を込める。切り分ける。


ざくり。


肉の断面から、無数の目が覗く。私を見ている。笑っている。


「やめて!」


悲鳴を上げる。瞬間、視界が裏返る。白と黒のノイズが走り、言葉が崩れ、時間が解ける。



——私は、どこにいる?


——誰が、私?


床がない。天井がない。壁がない。私は虚無の中にいる。


「アリシア様」


声が聞こえる。


「貴方はどこにもいません。どこにもいない貴方に、救いは訪れません」


「私は……」


「お別れです」


手を伸ばす。何かを掴もうとする。だが、何もない。


世界が崩れる。


私は、誰?


次のページは、すでに破れている。


次のページは、すでに破れている。

破れたページには、数式が、顔が、手が、足が、指が、色が、音が、匂いが、すべてが交差している。

それらが混ざり合って、音楽のように響いてくる。

この世界の言葉はもはや意味を持たない。

意味を持っていたはずのものが、今はただの影、色、形、響きとして揺れている。

「アリシア様?」

その声が、ノイズのようにかき消される。

その声の主は誰なのか、もうわからない。

見えない手が触れる。

見えない目が私を見つめる。

その視線が空間を引き裂く。

私はその目を避けることなく、すべてのページをめくり続ける。

次のページ、次のページ。


次のページには、もう何も書かれていない。

その白さが目に刺さる。

私は指先を差し込む。

ページの白が、指先を呑み込む。

指はどこかの隙間に、絡まるように入っていく。

指が沈む先はどこか。

触れても触れなくても、何かが反応している。


私は、まるで絵画の中にいるかのようだ。

ここは世界ではない、夢でもない。

むしろ、あれは夢だったのだろうか。

「アリシア様?」

その声が再び繰り返される。

が、それもまた次第に溶ける。

溶け、消えていく。


ページをめくる手は、動かなくなる。

次のページには、ただの白い塊が広がっている。

それは液体だろうか、空気だろうか、視覚だろうか。

その白い塊が蠢く、変化する。

目の前に、何かが浮かぶ。

私がそれを見つめると、それが変わる。

それは、言葉のようでもあり、映像のようでもあり、存在そのもののようでもある。

そこに、形が生まれる。

何かの手が。

それが私を掴んで引き寄せようとする。


その手は、私に何を求めているのか。

声が途切れ途切れに響く。

「アリシア様、あなたは……」

声が消え、また現れる。

それは、私の中に閉じ込められた記憶のようでもあり、未来から来た何かのようでもある。

それは、私が出会った誰かの記憶のようでもあり、何かを呼び覚ますようでもある。


次に目を開けると、私は、無限に続く螺旋階段を登っていた。

空気は粘性を帯び、足音が異常に大きく響く。

その足音に合わせて、階段の壁が変形し、顔が浮かび上がる。

それは私の顔か、別の誰かの顔か、それともただの幻影か。


しかし、顔が歪むたびに階段は歪む。

無限の螺旋が、無限に回転し、視界が乱れ、視界が歪み、時間が逆回転する。

私は階段を登り続ける。

登って、登って、登り続ける。

けれども、何も変わらない。

全てが同じ場所を繰り返すだけだ。


その時、背後から音がした。

私を呼ぶ声、無数の足音が同時に響く。

振り向くと、影が揺らめき、影が分裂する。

その影の中から、何かが出てくる。

それは王子であり、勇者であり、私自身でもある。

すべての記憶が崩壊し、何かが私に問いかける。


「アリシア様、あなたはここにいるのでしょうか?」

その問いに答えようとすると、全ての言葉が消える。

言葉すらも、形を持たず、空間の中に漂う煙のように消える。

声が消え、音が消え、視界のすべてが消え、私はただひとつ、空間の中で迷子になったように漂っている。


無限の螺旋の中、私はもう何をしているのかわからない。

ただ、登り続けるしかない。

ページをめくり続けるように、ただ無機質に、空間を捉えようとする。

無限に続く、この場所の中で、何が私を待っているのか。


次のページも、すでに破れている。

その破れ目から、さらに広がる広がる。

視界の中で、数えきれない数のページが散りばめられ、そのすべてが崩れ始める。

私はそのすべてを見届ける。

それが何であれ、見届けなければならない。

すべてが意味を持たなくなり、すべてが無限に繰り返す世界に閉じ込められて、私はただ、空間の中で死んだように漂い続けるのだ。

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