第18話断片
金色の光が壁を裂く。
音が、断絶する。
振り向く。だがそこには何もない。王子の姿があるはずの空間には、白いノイズが降り積もり、無数の断片が宙を舞っている。光の粒か、文字の残骸か、それともただのゴミか。
目を凝らす。だが、視界が歪む。壁のシミが動く。ヒロインの顔が複数に分裂し、別の表情を作る。笑顔、泣き顔、無表情、全てが同時に存在し、瞬時に切り替わる。ページをめくる音がする。誰かが本を読んでいる。
「アリシア様?」
振り返る。だが、声の主はどこにもいない。廊下が延びる。無限に、果てしなく。床に刻まれた紋様が蠢く。見たことのない言語。意味を成さない文章。
——あなたは誰?
——お前こそ誰だ?
目の前の景色が跳ねる。切り替わる。瞬きの間に、別の世界へ移行する。
私は椅子に座っている。目の前には皿がある。銀のフォークを握る手が震えている。
「お食事をどうぞ、アリシア様」
顔を上げる。メイドがいる。彼女の顔がない。のっぺらぼう。だが、声はする。口のない顔が喋る。
「冷めないうちに、どうぞ」
皿を見る。肉がある。動いている。呼吸をしている。ナイフを入れる。断面から赤黒い液体が溢れる。血か、ソースか、それとも記憶か。
瞬間、また視界が跳ねる。
——貴様の悪行は、
——貴様の悪行は、
——貴様の悪行は、
エコーが響く。断片が交差する。誰のセリフか、もう分からない。意味のない繰り返し。オウムのように、同じフレーズが反復される。
視界がノイズに埋もれる。白と黒。ザラついた砂嵐。吐き気がする。
私は——私は、
スキルを発動させる。
「運命改変」
世界が弾ける。
廊下の先が千切れる。床が反転し、天井が落ちる。影が逃げる。笑い声が響く。誰のものか分からない。私か、フェリクスか、王子か、それとも……。
私は立っている。どこに?
「アリシア様?」
まただ。また、だ。
世界は繰り返される。
だが、もう元には戻らない。
——ピンクの砂の嵐が吹く。緑色の雨が天井から降る。時間が折れ曲がる。
目の前の王子が、ピンク色の砂に溶ける。何かが足元から伸びる。触手。私の足首を掴む。
「アリシア、逃げて!」
誰かが叫ぶ。フェリクスか? いや、違う。知らない声だ。だが知っている。私の中の誰かが知っている。
世界が崩れる。城が変形する。階段が裏返り、廊下が捻れる。天井のシャンデリアが水に変わり、魚が泳ぎ出す。
「——アリシア様、あなたはどこにいるの?」
知らない声が、耳元で囁く。
私は答えられない。なぜなら、私はもう、どこにもいないから。




