第17話錯乱
世界は繰り返される。
だが、もう元には戻らない。
……だったはずなのに。
私は何度目かの"再生"の中にいる。
また、振り向く。また、壁が裂ける。
光の粒が降る。金色の光。雨のように、灰のように。
廊下が延びる。教室がひしゃげる。歪んだ時計の針がぐるぐると回る。
「アリシア様?」
声がする。
またか。
振り向く。だが、そこには何もない。
ヒロインの姿がない。
ヒロインの姿が、ある。分裂する。顔がいくつも並ぶ。笑顔、泣き顔、苦痛の表情。全部が一つの肉体の中に共存している。
「アリシア様?」
まただ。また、だ。
——お前は誰だ。
——私は、アリシア。
——いや、お前は違う。
私は教室に立っている。
いや、座っている? 寝ている? どこに?
私はフォークを握る。
銀のフォーク。
フォークが肉を突き刺す。
その肉は、心臓のように脈打っている。
口に入れる。
味がしない。
「お食事をどうぞ、アリシア様」
メイドが囁く。
彼女の顔はのっぺらぼう。
声はあるのに口がない。口のない顔が喋る。
ナイフが震える。
肉が叫ぶ。
——アリシア、逃げろ。
——アリシア、逃げろ。
誰が?
また視界が跳ねる。
どこかの扉が開く。
私は立っている。
黒板には、無数の文字。
「貴様の悪行は——」
書かれている。
書き続けられている。
誰が書いている?
誰の手?
手がない。
チョークが勝手に動いている。
黒板の文字が歪む。
「貴様の悪行は」
「貴様の悪行は」
「貴様の悪行は」
繰り返される。
オウムのように。
ノイズが走る。
視界がブレる。
——リセット。
世界が弾ける。
私は、学園の中庭にいる。
緑の芝生。
花壇。
まるで何も変わらない。
「アリシア様?」
振り向く。
フェリクスが立っている。
「君は、どうして——」
言葉が続かない。
彼の顔が曖昧に滲む。
私は、気づいてしまった。
ここは、どこだ?
私はどこにいる?
学園か?
それとも、ただの断片か?
「運命改変」
呟く。
スキルを発動する。
世界が崩れる。
金色の光が壁を裂く。
また、最初に戻る。
そして——。
「アリシア様?」
私は、笑う。
おかしい。
これは、一体何度目の世界なのだろう。
この物語は。
本当に、まだ私のものなのだろうか。
——貴様の悪行は。
——貴様の悪行は。
——貴様の悪行は。
どこからともなく響く。
また。
また、振り向く。
私はまだ、物語の中にいる。
……本当に?
(続く)




