86話 眠れない夜の話
深夜、辺りが真っ暗になってしまう時間。松明を家の中で燃やす人間は、存在するはずもない。木製の家の中、松明なんて物は、火事の元である。
外同様、いや、家の方が暗かった。外は、月や星の明かりが粋なライトとなって弱く細く照らしている。
だが家の中ともなると、窓から差し込む星達だけが、その光で照らしてくれるのみだからだ。
そんな暗がりの中で、アリアは、目が覚めた。ユリウスの家で、今夜だけ泊めてもらったのだ。
ユリウスも明日には、街に行く用事があるらしく、その時に一緒になって行くことにしたのだ。
ベッドは、住人の分しか無く、アリアとアルトリウスは、地面に余っている藁を敷き眠っていた。
余っていると言っても、そこまでの量は無い。すかすかだが無いよりは、随分とマシだった。寝床に文句があるから起きたのでは無かった。
突然、何の拍子もなく目が覚めた。寝ていたのだから、前兆がわかるはずもないが。
何度か目を閉じては、眠ろうと努力するが、閉じるだけで眠りの世界に落ちる事はなかった。十数分の格闘の末、二度寝が出来ない事を悟る。
(……身体が二度寝に順応してない。あーあ、ニートの頃は、二度寝がデフォだったのに。子どもの頃からか)
天井をじっと見つめていると、だんだん目が慣れてきた。瞳孔が開いて、より多くの光を吸収しようと、神経を情報が伝達する。
するとますます眠りから遠のくのを実感した。この世界では、インターネットもスマホもない。暇を潰すには、原始的なやり方のみだ。
傍らのアルトリウスを起こさぬよう、慎重に立ち上がり、物音を立てずに外に出た。その間、棚に小指をぶつけるが、声だけは我慢した。
涼しげな風が吹いている。心地よい風だったが、少々冷たさが強い。それがこの夜には、とても良くマッチしていた。
「君も寝れないのかい? 僕も寝れなくて、今風に当たってたんだ」
随分とありきたりな会話の入り口である。どうせなら、女の子に使いたい言葉だ。
「はい、目が覚めてしまって。外の空気を吸おうかなって」
家の入り口の近く、柵に寄りかかる様にして、膝を折って地面に座っていた。ユリウスだった。一本に結った髪が風でなびく姿は、中々おつなものである。夢女になってしまいそうだ。
アリアは歩いて近づいて行き、ユリウスとは、反対側の柵に寄りかかった。地面に尻は付けなかった。現代的な考え方の抜けないアリアは、衣類が汚れる事をあまり好まないからだ。
冒険者をやっていると、中々、衣類を洗う機会には恵まれない。
そもそも洗濯の概念がまだ薄めな世界なのだ。汚れを気にする方が異端であろう。
「それで、これから君たちは、どうするの? いつまでもハリンの街に居るわけにもいかないだろ? 冒険者なんだから」
「それなんですけど、まだ何も決めてなくて。この街を後にして、何をするんですかね。今でさえ、目的は、何も決まってないんです」
「堅苦しい話は、無しにしよう。せっかく気の良い夜だ。ゆっくり考えようじゃないか。時間は非情だけれど、夜だけは、僕たちを優しく包み込んでくれる。とりあえず、明日の事は明日の自分に任せて、今は、この美しい空気を目一杯吸い込もうじゃないか」
ユリウスはそう言うと、それから言葉を発する事はしなかった。アリアも、何かを話そうとはならなかった。
途方に暮れる。過去の思い出だ。忌々しい過去。自分で籠った殻の過去。ついぞ破れなかった殻。だが、今なら出来そうな気がする。
運に恵まれ、機会に恵まれ、なにより仲間に恵まれた。今だったら、自分の叶えたい夢を覗ける気が、なんとなくするのだ。
瞼の裏には、ベリッシとアラン、それからアルトリウスの姿が浮かぶ。
まだ日の浅い関係と嘲笑う者も居るだろう。だが、必要なのは、時間ではない。想い出だ。そして記憶だ。
記憶は、過去を戒め今を形造る。想い出は、心を満たして暖める。
ゆっくりで良いのかもしれない。少しずつ、大人になっていけば良いのだ。焦る必要はない。
眠たくなるアリア。どうやら、脳を使ったおかげで疲れが現れたらしい。ユリウス宅のドアを開けて、藁を敷いたベッドに横になると、瞳は、勝手に閉じられた。
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