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81話 流れる依頼と下水

 冬場のプールよりも深い色の下水。実際にその色が見えているわけではないが、汚いのは、確定なのだ。生活排水なのだから、当然である。

 アメリカザリガニですら裸足で逃げ出す水の中に全身浸かったアリアは、もう元には、戻れないだろう。

 完全に一対一。騎士同士の一騎打ちだ。理性を持つアルトリウスと、理性の持たない甲冑。

 無造作で粗雑な攻撃に対して、アルトリウスの剣捌きは、しなやかであった。

 力任せ、重力任せな剣の幽霊甲冑は、振れども振れども攻撃が当たらない。

 見極め避けるアルトリウスには、単調な攻勢は、意味を無さない。が、恐怖も心配も持ち合わせない甲冑は、どんどん前へ前へと進む。

 後ろに下がりながらでないと、アルトリウスは、隙を見つけられなかった。

 振り下ろされ、横に薙がれる度に、刀身が何かにぶつかる。それは、床であり壁であり、アルトリウスの持つ剣でもあった。

 受けつついなすアルトリウスだったが、居ても立っても居られなかったのか、攻めに転じ始める。

 無作為に繰り出される一貫性の無い剣捌きを容易く避け、お返しに脇腹に一撃与える。

 元から鞘に包まれているため、この攻撃は、斬るためのものでは無かった。打撃武器として使用したのだ。

 金属と金属がカチ合う激しい音が響く。多少の凹みの代償に、アルトリウスは、手の痺れを感じた。

 相手は、何とも無い様に行動を続行する。それからも何度も何度も打撃を繰り出しても、甲冑の勢いは、変わることがなかった。

 ダメージが無い以上、この勝負は、アルトリウスが圧倒的に不利だった。

 高い集中力が一生持続する訳でも、スタミナが持続する筈もでもない。いつかは、尽きる。だが、目の前の幽霊甲冑は、尽きる事がない。

 スタミナも集中力も寿命も、すでに無いのだから。無い物を消費する事など出来ない。


「せめてアリアが居てくれたら、なんとかできたかもしれないのに」


 珍しく弱音を吐いた。実際どうにもならないのだ。弱音を吐く気持ちも分かる。

 同じ事の繰り返し。振り下ろしに合わせて避ける。横薙ぎに合わせて、剣で受ける。ずっと繰り返すのも、今回で終わりだった。

 物音一つ立てずに、アリアが水の中から這い出たのだ。床の縁を握って、甲冑の後ろで立ち上がった。

 ジャパニーズホラーな登場の仕方。登場だけでなく、その見た目も、ホラーの人物だった。何より臭いがキツイ。

 やはり、下にあるのと、自分の背丈と同じ場所にあるのとだと、臭いのパンチが段違いだった。


「うっ、なんか、臭いが一段と…」


 アルトリウスの顔があからさまに青ざめる。その表情を、アリアが目にする事はなかった。

 甲冑の背後を取った彼は、背中に組み付いた。

 目の前の獲物を狙う甲冑は、反応が遅れる。その遅れが命取りだ。アリアは、項に剣を突き立てる。

 先ほど失敗したばかりだ。だからこそ、その対策を考えた。

 突き刺したと同時、アリアは、その全ての体重を下に掛ける。シーソーの様に力のかかる剣。

 頭一つと人間一人では、天秤が傾くのは、後者であるのは、明白だ。

 全体重で対抗したアリア。床に足が付くと、それが合図となって、甲冑、とりわけ兜が吹っ飛んだ。

 頭といっしょになって、兜が飛んでいったのだ。放物線を描いて飛んでいく。

 すると甲冑は、戸惑ったように動きを止めた。攻撃を止め、自身の頭を探し始めた。今が好機だった。


「逃げるぞ! こっち来いアルトリウス」


「う、うん。でも出来るだけ離れてくれますか?」


「非常事態だよ!?」


 驚きながら、二人は、駆け出す。が、二人は、忘れていた。

 この下水道は、現代のようには、整備されていなかった。苔やカビや水垢が蔓延り、それらを清掃する人間も居ない。

 天然と人工の夢のコラボレーションによって、床は、信じられないぐらい滑りやすくなっている。

 それを忘れていたのだ。となると、辿る末路は、必然。


「あ。足元」


 そう言ったアルトリウスが、最大にコケる。手を前にしたのが仇となった。やや前を走るアリアに引っかかり、バランスを崩した。

 すると仲良く下水にイン。大きな水飛沫が二つ出来ると、幽霊甲冑の他に、立っている者は、居なくなった。


「うわぁー! すげぇ、ユリウス兄ちゃん! どうやったの?」


「魔法! 魔法だよ。ね、ユリウス兄ちゃん!」


「ふふん、今のは、魔法なんかじゃないよ。単純な技量さ。卓越した技能は、魔法と見分けがつかないものさ」


 人差し指を立てて得意げに話す男。そのまわりには、幼い子どもたちがいた。


「水切りってのは、コツがあるんだよ。こういうふうにね!」


 手首を自在に操り綺麗なフォームで、水平な石を投げた。水の上を何度かバウンドして、その石は、止まった。

 本来ならもっと遠くに、もっとバウンドするはずだった。何かに引っかかった石は、その場でベクトルを消失し、水面の奥底へと沈む。

 石がぶつかったのは、人だった。流されてきた人間に、石が当たったのだ。


「ユ、ユリウス兄ちゃん、人が浮かんでる」


「本当だね」


「ねぇ、助けてあげて。お願い」


「そう言われても、流れがなぁ」


 手をこまねいていると、ぷかぷかと浮かぶ人間が、流されていく。流れに身を委ねるその、推定水死体は、目を離すと何処かへ消えてしまいそうだ。

 考えている暇は、ない。ユリウスは、川の中に入って、流される意識不明の水死体に近づく。

 一人は、抜き身の剣を握っていて、もう一人は、鞘に収められた剣を握っていた。


「く、臭っせぇ! でも助けなきゃ…」


 ユリウスは、二人を岸まで運んだ。下水を流されたアリアとアルトリウスは、合流した川にまで流されていたのだった。

読んでいただきありがとうございます!

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