31話
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ドタドタ、と慌ただしい音が響いた。アリアの家の前、玄関のドアが開く前から聞こえていたその音は、実は、誰の耳にも届いていなかった。
ルーナもハティも自室にあり、リビングには、誰も居らなかったからだ。ドアノブを捻って中に入ると、静まり返った室内。
ガクッと頭を垂れて、明らかに落胆する。
「はぁ、いっつも大事な時に居ないんだよなー。いつもは、いるくせにさ」
アリアは、大事な要件を伝えるために急いで走ったのだ。それなのに、母は、自室にこもっているときた。アリアが気落ちするのも、少しは理解出来る。
リビングを通って両親の部屋の方へと歩く。が、その前にアリア自身の部屋に行かなければならない。
足元には、モフモフの毛球の塊のような生物がいる。さっきまで、フリンギラと楽しそうに地を駆けていたインヌである。
コイツを、アリアは、部屋まで先導しなければいけなかったからだ。
別にリビングで寝ていても構わないと、アリアは、そう思うのだが、両親は違う。インヌ—この魔物の犬の事だが—彼を、リビングで放し飼いにすることに、躊躇いを持っている。
理由は簡単。単純に五月蝿いのだ。元気が過ぎる。
料理中、インヌは、火が点いている台の上に、あろう事か前足を乗せようとした。
止める気は、起きなかった。何故なら、その火は、ルーナが魔法で生み出しているもので、一瞬にして着火と消火が可能だったからだ。もう一つは、火だるまとなる前にガードしてくれるからだった。
前足が火の中にダイブするかの様に思えたが、やはり、母ひ強し。手を使わずに、魔法でインヌを止めた。
空中に浮かんだインヌは、きょとんとしていたが、浮遊感に包まれて不安になったのか、すぐに怯えた表情を作っていた。
鍋をかき混ぜながら、ルーナは料理が終わるまでの間、インヌを空中に拘束していた。
ようやっと床に降ろされたインヌは、確かめるように床の上で足踏みをしていた。
もちろんそれだけではない。リビング禁制の理由は、まだある。
それは、ある日の事だった。いつも通りの朝。窓から朝日が差し込み、寝顔を照らした。
自然の目覚ましに、アリアは、顔を引き攣らせた。寝ているにも関わらず、無慈悲なまでに光を照射された顔は、熱さで溶けそうになった。
力の入り辛い体を起こしてベッドを出る。重たい肢体を引きずるしかない。よたよたと部屋を後にして、歯を磨きに行く。そう、アリアは、先に歯磨きをする派の人間だった。
それが終わると、次は朝ごはんの時間。母が作ってくれる事が多かったが、毎日ではない。その日は、アリアが自分で用意する必要があった。
まぁどちらにせよ、食事は、決まってリビングで取る事がほとんどだ。
洗面所からリビングまで歩いて行くと、何か物音がしていた。暴れる様な物音ではなく、割と静かめな音。
泥棒か。そう思い、陰からそっと覗くと、そこに居たのは、インヌだった。
床には、ベーコンやら卵やらが散らばっており、ぐちゃぐちゃになっていた。
がつがつと食べるインヌに、悪気は、ないように見えた。あっけに取られていると、後ろからヌッと顔を出してきた。母であるルーナだった。
「あちゃー」と言って、インヌの食事を見守っていた。この日より完全に、インヌは、リビングへの侵入を禁止された。
通る事は、流石に許されるが、その他のほとんどの行為は、許されなくなった。
これが、インヌがアリアの部屋でしか居られない理由だった。禁制にされるのも、理解出来るだろう。
床が汚されるだけならいい。が、食料を無駄にされるのは、いただけない。元気過ぎるのも考えものである。
アリアは、インヌを自室に置いて、隣の両親の部屋へと赴く。
いくら子供とて、無言で入るものではないだろう。コンコンとノックをして、返事を待つ。
すると、ノックをしてから少し間があってドタドタと慌ただしい音が聞こえていた。ノックをしてから数十秒が経過し、やっと部屋のドアが開いた。
「ア、アリア! ど、どうしたの、急に? そういえば、帰ってきてたんだね! いやー、気付かなかったよ!」
あははと笑うルーナ。
切れた呼吸に、紅潮した頬。半開きにしたドアから薄着に汗と、子どもなら想像もしたくない事が、壁一つを隔てた場所で行われていた事を、アリアは、察する他なかった。
正直、今すぐリバースしたい気分だったが、必死に我慢して、努めて真顔をする。
「うん。話したい事があったんだけど、疲れて眠くなっちゃった。明日話すね」
「そ、そう。ゆっくり休んでね。おやすみ」
ひらひらと手を振って静かにドアを閉める。そのドアの前で、アリアは、口を押さえた。
(おえぇぇぇ!! 気まずいランキング堂々一位、両親のプロレス、遭遇しちゃったんだけど…。普通に鬱)
それから部屋に戻るアリアは、インヌを撫でて、ほっぺを伸ばして、戯れてからベッドに入った。
枕に顔を埋めて必死に寝ようとするが、時折り響く振動が、それを妨害してくる。
次の日、アリアは、すっかり起きる事が出来るのだろうか。




