152話 義魔眼②
ゆっくりとした手つきなのに避けられない速度に見える。行動の始まり、つまりは起こりがまるで見えないのだ。まるで武人の体捌きのようなその動作。ベリッシの片目に挿入されると、何かが潰される嫌な音がなった。それと同時にベリッシが叫ぶ。
「ッギ! んぐぁぁあ!ぁあ! ぃゅあ! ッ!」
「やっぱり、魔眼の装着は痛みを伴うんだねぇ。痛覚を一時的に遮断したのに。どんな原理なんだろうねぇ」
バタつく足を意識の力で押さえ込む。椅子の肘掛けを必死に掴んで痛みに耐えようとする。藻掻き、苦しみ、それでも耐えようとする強靭な意思力。だがそれも限界に近づいたのか力を込めて閉じていた内股も開かれていく。握っていた手にはもう何も掴む力は残っていないようだった。ガタガタと震える椅子の音もしなくなった頃、ようやくベリッシから手を引いたマーリンが、一つのため息を吐いた。
「ふぅ…神経を使う作業だ。あ、失楽園の君! この子は無事だからね。死んでないからね」
「失楽園の君って、俺のこと?」
「そうそう。あ、アルトリウスもそんな怖い顔しないでよぉ。ちゃーんと魔眼は移植したから」
「私がこうしてるのは、ベリッシさんが必要以上に苦しんだからだよ。マーリン。君ならもっと苦痛を減せたでしょう?」
「無茶だね。痛覚遮断を使っても、魔眼は魔力の源泉と体組織の要である神経系に直接作用するんだ。いくら私が魔法で介入しても、出来ないレベルと出来るレベルがあるの。これに関しては、私の未熟もあるよ」
先ほどからのちゃらけた表情からは想像出来ないシャンとした顔つき。アルトリウスの本気に対してマーリンも本気で返したのだ。それを聞かされたのならアルトリウスとて引き下がるしかないだろう。実際、それを言われた彼女は口を噤むしかなかった。
この中で穏やかだったのはアリアだけだった。一番長い付き合いの彼がなぜ一番穏やかでいられるのか。普通、逆ではないのか。そう思うのも無理ない。実際、アルトリウスは怒りを全く見せないアリアに、少しの失望を感じていた。だがしかし、アリアは確信していたのだ。ベリッシが無事であること。マーリンが一流であること。アルトリウスが自分の代わりに燃えたがらせること。それらすべてを理解していたから、何か自ずから表現する必要が無かったのだ。
ただゆっくりとベリッシの方に向かって歩き、その顔を覗き込む。すると、両の瞳を閉じて眠るベリッシが見える。汗がひどく滲んでいるが、微かに聞こえる呼吸の音は安定していた。覗き込んでいるとついにベリッシが瞳を開ける。
「何? アリア」
「ん、大丈夫かなって。結構痛かった?」
「そりゃあね。想像を絶するってのは、このことなんだね」
左右で違う瞳の色。片方は薄いピンクのような赤でもう片方は美しい星空の色をしていた。引き込まれるような瞳だった。
「何か変わったとこはないのか? ていうか、それ見えてんのか?」
「うん。バッチリとね。すんごいよこれ、しっかり私の目になってくれてる」
「見つめ合ってるところ悪いけど、魔眼の力を発揮するには魔力のコントールが必要だよ。素質はありそうだけど、さっきの反応を見るに魔法は使えないだろう。私が魔法を教えてもいいが、生憎、忙しい身なんだ。独学で覚えるのは不可能だから、師事してくれる人を見つけると良い。どうしても見つからないなら私の所に来て。一流が教えてあげるから」
そう言って胸に親指を置いたマーリン。なんだか愉快な人物だなとも思うが、その技術は紛れもない本物。アリアの目には、魔法使いとしての一種の完成形にも思えたのだった。
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