151話 義魔眼
見慣れない空間。天井が高く、嫌になるほどに広がる大広間。こんな建物を見たことなんてなかった。遠近感で遠くからだと小さく見えるのにいざ入ってみるとあまりにも大きい。
「……ここがアルトリウスの実家ってこと? あまりにも広いね」
「ええ。広すぎるので移動が少々億劫なんです」
知らない感覚である。家の中を歩き回るのが億劫などという感覚は、全くもって知らないものだ。アリアも、自分の生まれ育った家はそれなりの広さだと理解しているが、一国の主ともなれば比べることすら叶わないのか。呆気に取られていると背後から声が響いてくる。
「アルトリウス様、お向かいに上がれず申し訳ありません。この場で謝罪を」
低い声に耳を傾け後ろを振り向くと、そこには真っ黒な甲冑を身につけた大柄な男性騎士が立っていた。マントのような布を背中側に取り付け首元にはファーのような毛皮のような、柔らかな装飾が付いている。兜を付けておらず、その顔を覗くことができるが、こけたような頬をしている。実際には健康体だろうが体質なのだろう。身長に対しての体重はそれほどでも無さそうだ。
「アグラベイン。急に帰ってきてしまってごめん。ばたばたさせてしまった」
「いえ、アルトリウス様が帰って来て下さったのは幸運でした。アーサー王は既に為政を成すことが出来ぬお身体でしたから。直系の後継者であるアルトリウス様が、今必要なのです」
深く頭を下げたあとに会話をするのが騎士のしきたりなのだろう。ガウェインもまたこうした手順ののちにアルトリウスとの会話を始めていた。
「すると、君たちがアルトリウス様のお連れか。それにその剣…君、難なく持てるのか?」
「待てますよ。ほら、見た目に反してかなり軽いんです」
背負った鉄の塊のようなそれを引き抜いてアグラベインという騎士に見せる。驚きもせずにアグラベインはまじまじと見つめて、気が済むと手を前に出して 「仕舞ってもいい」といった。
「猊下はこれのことを言っていたのか。確かに、資格が無ければ持ち上げることも出来ない武器であろうなそれに禍々しい見た目をしている」
光に照らされる”失楽園”は輝く明かりとは違って黒い塊。黒というより、暗がりといった方が正しい。単一の色を表しているような剣ではなく、闇という概念を具現化したような暗さを持つ剣。ほとんどの人は、それから不吉を予見するだろう。
丁度使いやすい重さのそれを背負うとアグラベインが口を開いた。が、その声は、快活な一声によってかき消される。
「アルトリウス! やあやあ帰ってきたんだね! いやー、どうだい輝く聖剣は。君を守る剣になれたかい!」
「いえ、私はまだこの剣を抜けません。きっと、これからもそうでしょう」
「ネガティブな事は言わないで頑張って示すんだ! そうすれば、剣の方から歩み寄ってくるさ!」
「マーリン殿、声は抑えるよう言われておりませんでしたか?」
「そうだったね失敬失敬」
裾が肘の下あたりまでしかないローブを身に纏い腰に剣を携えた少女は、マーリンと呼ばれている。アリアの認識が間違っているのだろうか。マーリンとは、剣では無く杖を使うイメージだが。同名の他人であろうか。
「ん、”失楽園”…ということは彼は遂に手放したのか。まあ彼が持っていても置物にしかならないだろうからね。使える人間に渡すのは賢明か」
こちらもまた背中の大剣に興味が惹かれたらしい。なんだろう、剣に付いてくる付属品のような感覚だ。マーリンがアルトリウスたちの方へと歩を進めると、ようやくベリッシの存在に気がついたようだ。顎に手を置き目を細めると、ずかずかベリッシへと近づいていきそして、彼女の付けている包帯に手を掛けた。
「マーリン!? 何してるの!」
「うーん、彼女の目がどうなっているか診ようと思ってね。治せるのなら治してあげたいだろう? アルトリウスの仲間なんだし。ね、君もそう思うだろ!」
「この目を治してくれるならありがたいけどね。残念ながら眼球そのものが貫通してるからね。もう治らないよ」
「つまり、眼球をそのまま治せないのか。好都合だね。君、今から私の部屋に来てくれないか? その目の代わりを作ってあげよう」
「私も行く! マーリンだけで行くと必ず変なことするから」
「ええ、そうなの?」
「ええ。マーリンは厄介な奴です。魔法の腕は一級品ですけど、あんまりにも人間として変わってるんですから」
アルトリウスが焦りながらそう言うと、アグラベインが微笑みながら眺める。
「皆様はお忙しい事になりそうですね。それでは、私は失礼いたします。アルトリウス様、2日後に王を決める催しを行います。ですから、貴女様もご参加ください」
そう言ってアグラベインは立ち去っていく。城の奥へと消えていく彼は、一体どのような仕事をしているのだろうか。
「どうでもいいが、早く行こう。時間が経てば傷口は化膿するだろう? 善は急げと言うしね」
城の中マーリンの部屋は、なんともミニマリズムな部屋だった。ベッドに机に棚類だけ。それらだけが部屋の中にあった。
マーリンは椅子を引きずって出すと、そこにベリッシを座らせた。そして自分は棚をごそごそと探して一つの箱を取り出した。それを支えの上で展開すると、中には様々な色のレンズを持つ眼球が揃っていた。ひゅっと恐ろしい物を見たアリアは声を出してしまうがその驚きへの答えを、マーリンが話す。
「これは私が作った義眼なんだけども、魔法で作った物なんだ。まあ謂わば魔眼と呼ばれる物なんだけれども、どんな物が良いかい? 石化に自然発火、精神を蝕んだり継ぎはぎに繋いだり。色んな力を持つ魔眼があるよ。どれがいいかな?」
「あ、あはは…マーリンのおすすめでお願いしようかな」
「おお、それならこれ一択だね。えーとこれこれ。この魔眼はね、一度見た動きをトレース出来る物なんだよ。魔眼だから魔力を操作する必要があるがあるけどね。それじゃあ、いくよ! 痛いかもしれないけど、頑張って耐えてね!」
それが合図だったのか、ベリッシの頭を巻いていた包帯がひとりでに解けて下に落ちる。背中しか見えてはいなかった。けれどきっと、その瞳と周辺の組織は形容し難い痛みの痕跡を色濃く残すものであっただろう。
損傷しているとはいえ、未だベリッシの片目は瞳の形を保っている。新たな眼球が入る隙間は無い。にも関わらず、マーリンは手に持った魔眼をベリッシに躊躇いなく突っ込んだ。
読んでいただきありがとうございます!
150話まで来れました! これからもどんどん投稿して力を付けていきたいです!




