4 やっと見つけた
本日4話目の投稿です。
ここから読み始めた方は、1話目からお読みください。
前話の予告どおり、犯罪が行われます。
ユーシス編、最終話です。
ユーシスは破竹の勢いで、魔物の討伐を進めた。特に広大な領土を持つセリカとの共同戦線を重要視し、あと二年はかかると思われた討伐を一年も早めた。
その裏では、様々な褒賞を餌に働かせられ、ユーシスを鬼畜と呼んで震え上がる最上位魔獣たちをはじめ、ほぼ年の半分を共闘したセリカの皇族や、ユーシス直属の竜騎士団という犠牲者がいたのだが。
さすがのファルハドも音を上げそうになり、「頑張りすぎだろ!」と突っ込んだが、ユーシスは「元はと言えば、貴方が唆したんですよ」と艶やかに微笑んで黙らせた。その間スイランは、そんなやり取りがあったことも知らず、ユーシスに負けまいと張り切って戦線を共にしていた。
「しかし、どうやってサンとモノグサなメイを動かしたんだ?」
目の前で張り切って大物の魔物の動きを抑える玄武とリヴァイアサンを見ながら、オーレリアンがユーシスに尋ねた。
「はい。アリサ様のスマホがなくても『聖典』を見られるよう、絵師を手配しました」
「……な、なるほど?」
「よりやる気が出るよう、アリサ様、ウルズ様の監修のもと、新作を追加しました」
「……それは、やる気が出るな。……あいつらなら」
「はい。『聖典』を餌に、あと三回は騙せ……討伐にご協力いただけそうです」
「今、騙せるって言おうとしなかったか?」
「いえ、ご協力と申し上げました」
「それより、新しい話って、リュウキ将軍と聖女の夫の続きだよな」
「それだけでは満足できないと仰るので、新しい人物を追加しています」
「………………犠牲になったのは誰だ?」
「私は辞退させていただいています」
「おま! 卑怯だぞ! つーか、いったい誰をネタにしたんだよ!」
「それは、その方の個人の尊厳のため、情報は差し控えさせていただきます」
「方? って、お前より身分が高いヤツか!? 俺じゃないよな!?」
「その方たちの個人の尊厳のため、情報は差し控えさせていただきます」
「方たちって、人数増えた!? おい、ユーシス。せめて俺じゃないとだけでも言ってくれ!! ユーシス!!??」
オーレリアンの絶叫は、しばらく続いたが、真相は関係者が口を噤んだため、明るみに出ることはなかった。
ただ、討伐を終えた頃、『何よこれ、詐欺じゃない!?』『何故だ。要求と違う、胸筋男!?』と叫んだ最上位魔獣がいたとか、いなかったとか。
そして、魔物との戦いが本当の終焉を迎えた二か月後、残暑の折りに勇者と聖女が日本へ帰還した。
各国の賓客を迎えて盛大な帰還式を行い、誰もが聖女と勇者の功績を讃え、そして誰もが帰還を惜しんだ。
二人がこの世界を後にし、一番気落ちしたのは波瑠だった。
そんな波瑠を心配した朱雀やメイやスイランは、帰国せずにしばらくベースキャンプに留まることになった。
スイランも、人生を賭けた目的である魔物の殲滅を成し遂げて燃え尽き、同じように精彩に欠いていたのを、ファルハドが頼んで残ることになったのだ。
最初スイランは、波瑠の負担になることを拒否したが、波瑠は誰かと一緒にいて忙しくしている方が気が紛れるようで、双子の世話も一緒にしてほしいと逆に頼まれ、スイランはしばらく滞在することを了承した。
二歳になろうかという双子の世話はそれは大変で、スイランにとっては討伐遠征の戦場よりも過酷だった。特に活発な兄の名都をスイランは看ることになって気落ちしていられず、知らず知らずのうちに以前のような気力が戻っていた。
妹の愛生は人見知りで、スイランに慣れるまで時間が掛かったのもあるが。ようやくスイランを見て泣かなくなるまで、二週間掛った。
それなのに、たまに来てサッと帰るだけのはずのユーシスには懐いており、スイランはドヤ顔で愛生をあやすユーシスに、少し嫉妬めいた感情を抱いた。
ただ、双子を前にすると、ユーシスの腹立たしい顔も蕩けるので、スイランの嫉妬は長くは続かないものだったが。
「フォルセリア卿は、三人くらい子供を育てているのではないか?」
あまりに上手い子供の扱いに嫌味で言った言葉だったが、ユーシスには「フェンリルにも言われましたが、そうです」と軽く肯定された。
なんでも六人兄妹の下三人は、ほぼユーシスが育てたという。もちろん貴族なので、波瑠のように食事を作ったり風呂に入れたりと生活全般を看ていた訳ではないが、教養や礼儀作法、寝かしつけなどはほとんどユーシスがやったという。きっとユーシスは、良い父親になるのだろうとスイランは思った。
「そなたの弟妹といい、この双子といい、そなたに教えを乞える子は贅沢だな」
ユーシスは、戦うことを生業としているが、全てが一流のもので構成されているような人間だ。王族や高位貴族の教師でも十分に務まるだろうと、兄のリヨウが言っていたことをスイランは思い出していた。ファルハドに爪の垢を煎じて飲ませたい。
そう思っていたら、ユーシスがいつの間にか顔を近づけていた。
「もちろん、あなたの子は、俺が育てますよ」
囁くような声だったが、いつもと違う一人称とその何とも言えない響きに戸惑ったが、名都と愛生のように師事してくれるということだと気付いて、「ああ、その時はよろしく頼む」と約束を取り付けた。
その後、「忙しい時は断ってくれてよいからな」と言えば、「その時は、貴女と分かち合いますから」と返された。
またスイランの頭に「?」が浮かぶが、忙しい時は実の親が面倒を看るのが当たり前だと思い直す。
ユーシスは何故か、ずっと深い笑みを浮かべていた。
そうしてスイランがベースキャンプで過ごしてひと月を数える頃、ユーシスが一頭の竜を連れてきた。黒い竜だった。
初め、黒い竜ということにスイランは鼓動が早くなったが、その黒い竜が聡い目でスイランを見つめ、ユーシスが首を撫でると気持ち良さそうに目を細めるのを見て、スイランはその竜が自分のための竜であることに気付いた。
動悸は徐々に静まっていったが、別の鼓動で胸が高鳴った。
「フォルセリア卿。卿は意地悪な男だ。黒い竜とはな。名は付けたのか?」
「はい、ノックスと言います」
「古い名で〝夜〟という意味だな」
「ご迷惑でしたか?」
「そんな訳なかろう! 感謝する」
以前願ったことが叶い、スイランが感動していると、ユーシスが手を差し伸べてきた。
「貴女がいつか見たいとおっしゃった、私が見ている空の世界へお連れしてもよろしいでしょうか?」
「っ! もちろん!」
スイランはユーシスの大きな手に自分の手を重ねると、ユーシスは重さを感じないかのように軽やかにスイランを二人乗りの鞍に乗せ、次いで自分もスイランの後ろに跨った。
安全具を手早く繋ぎ、ユーシスはスイラン越しに手綱を握った。それを軽く引き、鐙を二度打つと、グンっと背中を引かれるような圧にスイランは思わず前鞍を掴む。
だが、すぐ後ろにあるユーシスの気配に安堵し、優れた体幹はすぐに平衡姿勢を掴んだ。鞍自体に風の魔法が掛かっていて、呼吸も楽で、体も重力以外の抵抗はほぼなかった。
すぐにユーシスが「どうぞ、お寄り掛かりください」と言うが、「それではいつまで経っても一人で騎乗できまい」と伝える。後ろでユーシスが笑う気配がするが、スイランは目に映る光景に捕らわれて、そんな様子にも気付かないようだった。
初秋の空は肌寒かったが、初めてスイランが目にする景色は、その寒さも感じさせないほど素晴らしいものだった。
「フォルセリア卿、空が近いな。なんて美しい世界なんだ」
初めてのスイランに合わせ、それほど高くない場所を飛んでいるが、それでもスイランの感動が全身から伝わってくる。
「卿は、いつもわたくしに新しい世界を見せてくれるな。わたくしの願いを叶えてくれてありがとう」
無邪気にそう伝えると、急にユーシスの腕が自分の腹に回り、グッと引き寄せられるのを感じた。
「卿?」
「貴女の願いを叶えた代わりに、私の願いを二つ、聞いていただけますか?」
「うん? ああ、私にできることなら良いが」
気軽にスイランが答えると、ユーシスはスイランの耳元に顔を寄せた。
「私を、名で呼んでいただけませんか?」
急な距離感に驚いたが、思ったよりも簡単な願いにスイランは首を傾げた。
「確かに呼んでいなかったな。だが、そんな簡単なことでいいのか?」
「ええ。ですので、もう一つ願いがございます」
「ああ、何でも言ってみてくれ」
一つ目が簡単なものだったので、スイランは気安く応えた。
「では、以前仰っていた、討伐が終われば結婚をするというお言葉、今すぐ実行なさっていただきたいのです」
「……は? 今、なんと……?」
思いもかけない言葉に、スイランはユーシスを振り返り、聞き違いかと尋ね直した。ユーシスは緑色の目を細めてスイランを見る。
「結婚を、と申し上げました」
「いや、そういうことが聞きたいのではなくて、何故だ。皇帝陛下から派閥の均衡が必要になったとでも聞いたのか?」
「いいえ。政略ではなく、レンダールへお越しいただきます」
「友好を結ぶのは分かるが、無茶を言うな。第一相手がおらぬではないか」
「お相手は、私が務めさせていただきます」
「………………は………………?」
スイランの語彙力は皆無になってしまった。
「私では不足ですか? それとも不快ですか?」
「いや、決してそんなことはない!」
思わず零れ出た本音にスイランはハッとし、それにユーシスは最後の詰めに出る。
「あなたを得るために、魔物の殲滅を一年早めました。覚悟してくださると、お約束くださいましたから」
「…………いつ?」
「昨年の名都と愛生の披露目の際に」
「……………………言ったな」
何かを思い出して茫然とするスイランを、ユーシスは更に回した片腕に力を込めて抱きしめ、艶やかなスイランの髪に頬を寄せた。
「この一年、ずっとこの時を待っていました。皇帝陛下にも御尊兄にも既に了承を得ています」
外堀も埋められ、腕に囲われた状態で、いったいスイランに何ができるのか。
ただ、この数年に積み重ねた二人の時間と信頼は、自然とユーシスが隣にいる未来をスイランに見せた。
「お慕いしています、スイラン様」
寒空の中、温かいユーシスの腕に包まれる感触と、耳の奥に響く低い声に、スイランは全身がおかしくなりそうだった。
不思議なのは、皮膚を突き破りそうなほど鳴る鼓動、背筋を駆け抜ける感覚全てが、まるでユーシスを求めているかのようで……。
「返事は?」
「う、……あ、今、む、無理……」
「次からは〝はい〟以外の答えの場合、口を塞がせていただきます。お答えください」
「は、はい! ……っ!?」
急き立てられた感はあるが、偽りではない承諾の言葉を乗せると、グイッと後ろに引かれる感覚がして、スイランはいつの間にかユーシスの手綱を握った方の腕の中に仰向けに倒れていた。
限界まで伸びた安全具が、ギシッと音を立てる。
そして空いた手が頬に添えられると、ユーシスの顔が近付いた。
「……ま、まって……!」
「待ちません」
発した言葉まで飲み込まれるように口付けが降ってきて、何が何だか分からなかったが、気付けば深い緑色の瞳がスイランを見つめていた。
「確かに了承、受け取りました」
「いや、ち、ちが……あ、違わないが、……っ!」
慌てて何か言おうとしたスイランは、再び口を塞がれた。今度は先ほどよりもずっと長く。
「〝はい〟以外の言葉は口を塞ぐと申し上げたでしょう」
そう言ってユーシスは悪戯に笑う。それにスイランは顔を真っ赤たにして叫んだ。
「卿は加減を知らぬのか!」
「お嫌でしたか?」
「そ、そうではないが……」
「私の名を呼んでくださるのではないのですか?」
「……う、ユ、ユーシス」
何かが目の前の男の琴線に触れたのか、ユーシスの笑顔が得体の知れないものに変わった。
そして、三度目は当然の如く執行された。もちろん、二度目を上回るものを。
「あなたは鬼か!!」
「既に御存知かと思っていました」
こうしてスイランは、騎竜のノックスが優雅に空を飛びつつくあっと大きな欠伸をする中、地上に降りるまでユーシスの刑の執行から解放されることはなかった。
ベースキャンプに戻り、目を回したスイランを抱え下して運ぼうとすると、昼寝をしていたフェンリルがチラッとユーシスを見た。
『ようやく自分の番を見つけたか』
魔獣の問いに、ユーシスは自分の腕の中に視線を落とした。
「ええ、やっと見つけました、フェンリル」
それは、一生離すことのない、ユーシスだけの運命の番。
書き上げたのが午前4時過ぎ。
今投稿するための推敲で改めて見て、恥ずかしすぎた。
深夜テンション怖い。
でも、niku9の黒歴史と言われても、あえて載せます。
賛否両論あるかと思いますが、取りあえずゴリは幸せになりました。
お読みくださりありがとうございました。
次回は未定ですので、多分時間がかなり空くと思いますが、レアリスかイリアスを書こうと思います。
更新の際は、どうぞまた閲覧くださいますようお願いします。