009 旅路
「ナタロー、シェリン。準備はいいな?」
「おう、いつでも」
「はい。大丈夫です」
「では出立する」
明けて翌朝。
またしても冷凍食品で朝食を摂った俺たちは、ベアトリアさんの号令と共に王都へ向けて出発した。
彼女の談によると、王都までは多く見積もって十日前後の行程らしい。
なんでも、敵と遭遇する可能性がある街道を迂回していくそうだ。
そのため街道沿いにある街には立ち寄れないと言う。
つまり、この分だと王都へ着くまでは当分冷凍食品のお世話になるわけだ。
種類はそこそこあれど、そのうち飽きが来そうで怖い。
ぶっちゃけ他の食品を発注すればいいだけなのだが、そこで問題が発生する。
第一は廃棄の問題。
米飯類は日持ちがしないうえ、売れ残りは捨てるしかなく、すなわち店の損失となる。
昭和生まれの俺にとって、食べ物を無下に扱うのがどれほど辛いことか。
農家だった祖父母が存命ならブン殴られるところだ。
第二は金銭問題。
商品を買って食べようにも手持ちの金が無い。完全な無一文。
かと言って、ベアトリアさんとシェリンに出させるのは何か違う。
だって俺も食べるんだし。
なので、今は食べた食品を店内使用にして経費扱いとなっている。
これも結局はマイナス計上なので負債と変わりない。
しかも食べ盛り(?)の少年少女な我々だ。とにかくモリモリ食べる。
地球では老化によって脂っこいものが厳しくなっていた俺だが、今や若い肉体に戻ったせいか食欲が半端ではなかった。
これではいつかエンゲル係数で圧死してしまう。
やはりアドナイが言った通り、俺は馬車馬の如く働いて返済しなければならないようだ。
なんでも、店舗のバージョンアップにかかった費用は、高次元存在がチャージしてくれた当面の資金を軽く超えて、かなりのマイナスとなったらしい。
とは言え、俺にそこまでの悲壮感はない。
アドナイの話によると、王都と言うかラクール王国全体で慢性的な武具不足に陥っているそうだ。
複数の国や魔物との戦いが原因とか。
しかし我が店は武器防具の発注すら可能!
間違って発注しちゃった在庫もあるから、これを捌けば元手にもなる!
はっはっは、勝ったな。
返済なんぞ、よゆーよゆー。
『果たしてそうでしょうか』
やめて!
出鼻をくじくのやめてアドナイ!
あと勝手に心読むな!
『いいえ。ナタロウ様の表情筋から類推したまでです』
マジかよ!
そんな顔に出てたか?
よくバイトの子には言われてたけど。
いくら気を付けようが、嫌いな客が来るとしかめ面になるよなぁ。
「それにしても、ナタローの店は本当に凄いな」
「あんなに素敵なお部屋も沢山あるし、今も見えないけど付いてきてるんですよね?」
そうなのだ。
現在の店舗はステルスモード、及び、俺追尾モードが起動している。
なので、二人には見えずとも店は俺の頭上にある。
ちなみに俺にも輪郭しか見えていない。
イメージとしては俺が風船の紐を持って歩いているようなものだと言う。
浮遊できるなら俺たちを乗せて飛べないものかとアドナイに尋ねたが、『飛行機能は別オプションです』と突っぱねられた。
俺もこれ以上の負債は御免なので口をつぐんだ。
そんなわけで徒歩での長距離移動なのだが、これが意外と苦ではなかった。
高次元存在の再構築によって若返った身体のせいか、それとも、考えたくはないが俺を構成する物質云々のせいか。
「荷物を部屋に置いて旅が出来るなど、夢想だにしなかったぞ」
「私もです。身軽な分、魔物などにも対処が早くなりますね」
「ああ。この店がある限り、絶対的な安全が保障されたようなものだ」
「ナタローさんが一緒にいるのも心強いです」
「うむ、そうだな。頼れる男だ」
「……」
『……』
ベアトリアさん、シェリン。
そんなに褒めないでくださいよ。
見てほら、俺とアドナイの鼻が無限に高くなっていくよ。
アドナイに鼻があるのかは知らないけど。
その後は昼食を摂り、魔物との小競り合いがあったりなどして一日を終えた。
二日目以降も、概ね似たような日々を送りながら進む。
五日目には大規模な魔物の群れが、ラクール王国軍と戦闘中の場面に遭遇した。
王国の騎士であるベアトリアさんに助太刀すべきか問うも、その必要はないと言う。
確かに戦いは王国軍が優勢であったし、ヘタに介入すれば俺が渡人であると発覚する恐れがある。
渡人と言う存在の詳細は未だによくわからないが、このラクール王国に伝わる伝承だと、悲劇的な話が多いそうだ。
俺も余所の世界から来たと知られたら、きっと面白くない結果になるんだろうなぁ。
精々バレないようにしなきゃ。
ともあれ、大きく戦場を迂回するしかなく、余計な時間を浪費した。
八日目には見知らぬ一団の野営を発見。
武装の一貫性がないことから、傭兵団ではないかと思われたが、どこの所属かも不明なので、やはり接触は避けて、またもや迂回。
この頃になると流石に俺たちは打ち解け、お互いに様々な話を交わすまでになった。
ベアトリアさんは貴族で騎士だが、お堅そうな割にはとても気さくだし、シェリンは大人しそうな見た目の割に、積極性もあって良く喋るものだから、俺もそれにつられた形だ。
もっとも、俺とて商売柄、見知らぬ人との会話は慣れている。
しかしそれは飽くまで客と店員の関係上でしかない。
気を遣うのは当然で、時には苦痛すら伴うこともある。
ウザ絡みしてくる客とか、話がクッソ長い客とかね。
それが嫌で辞めて行ったバイトの子たちがどれほどいるか……
客の自分は神だ、などと思っている連中は、ガチでいっぺん死んだほうがいい。
今の俺たちはそれとは違う。
気楽さと気安さがあるからだ。
当初こそ遠慮がちであったものの、徐々に減って行き、遂にはほとんど無くなった。
そう、我々は友人となったのだ。
はっきり言うけど嬉しいね。
女友達なんていなかったし。
今は見た目こそ若いけど、中身は枯れ果てそうなおじさんだから下心が無いのも功を奏したのかな?
いや、勿論二人はとても魅力的ではあるんだが、もうガツガツ行くような年齢じゃないんだよ俺は……
二人だって俺を意識なんかしてないだろうしさ。たぶん。
と言うわけで、当初の予定を少しばかりオーバーした十三日目、俺たちは遂にラクール王国の王都、ラクルーカへ到着した。