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008  渡人



『ではナタロウ様、右側の二室をお二人に』


 あいよ。

 しかし、バージョンアップしすぎだろこれ。

 昔は二階建てで上がオーナーの住居になってるコンビニもあったって聞いたことあるけどさぁ。

 従業員を住み込ませるの前提とか、どんなブラック企業だよ。


「部屋を案内します。どうぞ」

「あ、ああ」

「お、お願いします」


 戸惑う二人を先導して部屋に入る。

 内部は少し大きめなホテルの一室といった雰囲気だった。

 家具も一通り揃っており、バストイレは勿論のこと、ミニキッチンまで完備されている。

 これなら普通に長期間の滞在も可能だろう。


 俺は設備のひとつひとつを丁寧に説明した。

 これを怠ると火災などに結び付く。

 照明の点灯からトイレとシャワーの使用法、そしてIHコンロまでじっくりと。

 彼女たちは、そのどれもに目を剥いた。

 魔術だ奇跡だと大騒ぎだった。


 うーむ。

 これは少しやりすぎだったのではないのかね、アドナイくん。


『いいえ。【メテオストア】を見せた後では些事と言えるでしょう』


 そりゃあ、そうだがさ。


『それに』


 ん?


『ナタロウ様には今後、協力者が必要となります』


 ベアトリアさんとシェリンさんがそうだと?


『はい』


 むむ、断言するとは。

 だが、確かにアドナイの言う通りかもしれないなぁ。

 ぶっちゃけ俺はこの世界の右も左もわからない。

 頼れる友人は必要だ。

 ならばこちらの事情もある程度知っておいてもらうのが定石か。

 秘密の共有は仲間意識が強まるからな。


『素晴らしき御慧眼にございます』


 はっはっは、世辞はよしたまえ。

 まぁ一応、口止めはしておくけど、二人がもし誰かに話したとしても俺は責めないからな。


『はい。問題ありません。この世界の住人に理解できるとは思えませんので』


 そう言う意味じゃねぇよ。

 俺はベアトリアさんもシェリンさんも信じてるってことだ。


『何やら矛盾しているように聞こえますが』


 だろうな。

 さて、二人が各部屋で落ち着くまでに晩御飯を用意してあげよう。


 メニューは先程ベアトリアさんに勧めようとした肉野菜炒めと、その他冷凍食品のオンパレードだ。

 食す場所は我がオーナールーム。

 なんとこの部屋、オーナールームと名が付くだけあって、やたらと広い。

 広々としすぎたリビングに、アイランドキッチン。食器や調理器具もバッチリ揃っていた。

 まだ開けていないドアが無数にあることから、奥はもっと部屋がありそうだ。


「なんと言う美味……!」

「おいひいです~!」


 良かった良かった。

 大好評だ。

 ところで、シェリンさんは部屋着なのに、なんでベアトリアさんは鎧姿なんだ?

 ……あ、俺が吹き飛ばしたからだわ。ごめん。


「もしやナタローは名のある料理人なのか?」


 んなわけあるか。

 発想が突飛すぎるよベアトリアさん。

 でも、丁度いい。

 ここでさっきの計画を実行しよう。


「いえ。俺の住んでいた世界では、これがありきたりの食事なんです」

「馬鹿を言え。このような在り来たりがあるものか」

「これで、ですか……え? ちょっと待ってください。ナタローさんが住んでいた世界?」


 シェリンさんの発言に大きく頷いて見せる。

 見た目よりも遥かに察しの良い彼女は、いい感じに気付いてくれたようだ。


「ええ。信じてもらえないかもしれませんが、実は俺、こことは別の世界から来たんです」

「何だと? いや、確かに私も色々と不可解だとは思っていたが……」

「……ナタローさんが私を庇ってゴブリンに刺された時、もしかしてと思ったんです。あんなに傷が小さいはずないなって。そして、ナタローさんが大魔術を使って魔物の群れを倒したあの瞬間、確信へ変わりました。伝承にある【渡人わたりびと】ならあの強さも納得できます」

「ナタローが渡人だと!? そ、そう言われてみれば確かに色々と合致する……肉体の強靭さもそのせいか」


 え、待って。勝手に話を進めないで。

 アドナイ、ワタリビトって何?


『この世界各地に残るお伽話のようなものです。何処かより突如として現れる者の総称が渡人。大抵は肉体や頭脳に秀でた渡人が、何かを成し遂げるお話として伝わっています』


 へぇ~、そんな伝説が世界各地に、ねぇ。

 だけど、俺って強いか?

 シェリンさんの言う通り、ナイフで刺されたにしちゃ掠り傷程度だったけどさ。


『秘匿事項に抵触いたしますが、お答えします。高次元存在がナタロウ様の肉体を再構築なさる際に、第三次元の構成物質を取り寄せるのが億劫になったらしく、面倒なので手近な自らの一部を……』


 うわぁあああ!

 聞きたくない聞きたくない!

 なんだよそのふざけた理由は! 雑すぎるだろ!

 ちくしょう……俺はもう人間じゃなくなっちまったのか。


『いいえ。生命活動や生理機能の観点から見てもナタロウ様は完全な人間です。ただ、素材となった組成物質のせいでナタロウ様は常人の域を遥かに……』


 それ以上はやめろぉおおお!

 くそ、何してくれとんじゃ高次元存在(あのやろう)は。

 とにかく、俺は普通の人より硬い身体だってことでいいんだな? な?


『はい。認識はそれで結構です』


 納得いかんがいいや。

 死ににくいってだけでも、儲けものだと思うしかない。

 それより、せっかくだし渡人の話には乗っからせてもらおう。


「俺がそのワタリビトなのかはわかりませんが、こことは全く違う場所から来たのは間違いありません。それで、ベアトリアさんとシェリンさんにお願いしたいのですが……」

「わかった。皆まで言うな、ナタロー。私はラクール王国騎士として貴殿のことを他言しないと誓おう」

「私も秘密は守ります。だってナタローさんは命の恩人ですから」


 お? お?

 やけに察しと物分かりが良すぎない?

 こっちの人はみんなこんな感じなのか?


『渡人伝承は、悲劇も多く伝わっております。告発による処刑や、裏切りによる謀殺など枚挙に遑がありません』


 怖っ! ひどっ!


『そのような経緯があり、困っている者には親切にすべしと言う、一種の寓話としても語り継がれているようです』


 なるほどね。

 俺にしてみれば渡りに船か。

 渡人だけにな。


『これは秀逸。すぐに座布団を発注いたしましょう』


 嫌味かアドナイッ!

 つまらないならつまらないって言えよ。


「不安なのはわかるぞ、ナタロー。だが信じて欲しい。私も貴殿に命を救われた身。感謝はあれど、悪意はない。王都へ帰還した暁には、必ず便宜を図ろう」

「ナタローさん、私にもできる限りのことをさせてください。困ったことがあれば何でも言ってほしいです」

「……」


 二人の言葉で不覚にも胸が詰まった。

 てらいの無い純粋な気持ちが、これほど心を打つとは。

 だから俺も、素直に伝える。


「勿論、お二人を信じています。長年接客業をしてきた俺の目と勘がそう告げています」

「長年……? 子供の頃から商売をしているのか?」


 しまった!

 今の俺は若返ったんだった!


「まあいい。ナタロー、信じてくれると言うなら、そろそろ対等な口を利いて欲しいものだ」

「でも、ベアトリアさんは貴族でしょ? 怒られませんかね?」

「フフッ。何を言う。我々はもう、共に苦難を乗り越えた『戦友』ではないか。遠慮なぞいらん。シェリン、貴殿もだぞ」


 ベアトリアさんによる突然の提案に、思わず顔を見合わせる俺とシェリンさん。

 そうまで言われちゃ否とは言えまい。

 営業モードのほうが楽っちゃ楽なんだが、それでは心の距離が縮まらんか。


「……わかった。ベアトリアさんがいいならそうするよ」

「私はこのままでいいですか? ……多分、一番年下ですから」

「ふむ。そう言えば年齢を聞いていなかったな。ナタローはいくつだ?」

「よ……十八歳」


 危うく本当の年齢を言いそうになった。

 言えばドン引きされるだろう。

 ナイス誤魔化しだ。


「ベアトリアさんは?」

「む、ベアトリアでいい。私は十九だ」

「年上の女性を呼び捨てにはできないよ。じゃあシェリンさんは?」

「十四です。私も呼び捨てにしてほしいです。ナタローさんより年下だからいいですよね?」


 な、なんか圧を感じるが……


「わかったよシェリン」

「えへへ、嬉しいです」

「……何故私はダメなのだ……」


 和やかに微笑み合う俺とシェリン。

 対照的に打ちひしがれた様子のベアトリアさん。

 そんなに呼び捨てされたいのだろうか。


「ええい! それよりもだ、ナタロー。シェリンと相談をしたのだが、王都を目指そうと思う。貴殿もそれで良いか?」


 ほう、王都!

 こちらも相談済みで、行こうと思ってたところだ。

 な、アドナイ。


『はい。多額の負債を抱えておりますので、ナタロウ様には馬車馬の如く働いてもらいます』


 ガクリと肩を落とした俺を、訝しそうに見つめるベアトリアさんとシェリンなのであった。



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