005 緊急警報
さて、高次元存在とやらに『第二の人生を謳歌せよ』と言われたらしいのはいいが、これからどうしたものか。
差し当っての目標もないわけで。
取り敢えず考えられるのは、アドナイが言った通り、生活のためにもこの店舗を使って商売を始めるかと言うくらいだ。
そこで俺は重要な、訊かずにはいられない重要案件を思い出す。
なのでスマートウォッチ型端末に話しかける。
「なぁ、アドナイ」
『はい、私はアドナイです』
こいつマジで気に入ってやがる。
AIなのに面白いやつだ。
むしろ安易な名付けでごめんよ。
「ここってさ、あの世……じゃないんだよな?」
『はい。そもそも第三次元に存在なされたナタロウ様のお考えになる死後の世界と類似しているのは第十一次元における精神生命体の』
「待った。絶対長くなるだろ」
『いいえ。概要だけですので第三次元時空時間に換算いたしますと二時間ほどです』
「充分長いわっ!」
映画一本分も聞いてられるか。
日が暮れちまう。
そういや、俺、あんまり驚いてないな。
ここがあの世じゃないってことに……
まぁ、他に驚くことがたくさんあったもんな。
「さっき、ベアトリアさんがラクール王国とか言ってたけど」
『はい。間違いございません。現在地はラクール王国の王都ラクルーカより南南西七十キロ地点です』
「ガチ答えかよ……あーもうわかった。ここは別の世界なんだな。オーケー、無理矢理納得する」
こうなったら、そういうもんだと思い込むしかない。
あのムカつく高次元存在とやらはかなり破天荒らしいから、なんでもアリだし、どんなことでもやりかねない、と。
うん。
俺の単純な脳なら、すぐに馴染むだろう。
いや、現にもう馴染みつつある。
いやいや、誰が単純だ。
よし。
突っ込めるくらいには頭が回っているな。
俺は不慮の事故(?)で死んじまった。
だけど、ムカつくけど酔狂な神様(?)が若い身体で生き返らせてくれた。
そう考えれば、なんかほら、段々楽しくなってきただろ?
まだよくわからない世界だけど、あの死んだときの痛みと衝撃に比べたら怖いものなんてないね。
おっし、やってやんよ!
とは言え、気合は結構だが、今後やっていくにもまずは先立つものをなんとかしないとな。
現実的に考えて。
「商売をするならやっぱり王都に行ったほうがいいかな?」
『はい。王都ラクルーカの人口は現状で六万人程です。売買は充分成立するかと思われます』
「それ、多いのか? 王都って割には少なく感じるけど」
『尤もな御指摘です。流石は私にアドナイと言う素敵なお名前を与えたナタロウ様です』
「それはもういい。んで? 現状で六万人ってことは何か理由があるんだろ?」
『ご明察です。現在のラクール王国は多方面との交戦状態にあります。よって、大多数の兵員は戦場に赴いています』
「……なんつー国に飛ばしてくれたんだよ……てか、そんな情報まで知ってんのすごいな」
しかし……交戦状態ってことは戦争中ってことだろ?
それも多方面とか。
下手したら複数の国家に攻められてるんじゃないのか?
そんな国にいたら危険のほうが大きいだろうが。
『ご心配には及びません。ラクール王国は大陸の中でも強国です。交戦中の相手も弱国やモンスターがほとんどです』
「は? モンスター?」
『はい。この世界で言う魔物のことです』
「えぇ!? 魔物!? いるの!?」
『はい』
マジかよ。
別の世界って言うより、それはもう漫画とかの世界じゃねぇか。
『ですので、ナタロウ様の発注はまさしく慧眼の極みと言わざるを得ません。武具の類はこの国に於いて、いくらあっても足りぬ物。言わば需要の塊のようなものです』
「いや、あれは……」
ただのロットミスです。
早くも店に損失を出してしまいました。
おっと、それは早計か。
需要の塊ってアドナイも言ってるし、王都へ持っていけばすぐに捌けるだろ。
「そういや、発注で思い出した。店の予算とか資金源とかどうなってんだ? やっぱ最初は本部が負担してくれんの?」
『いいえ。この店舗はフランチャイズ契約のない完全なナタロウ様の個人店舗です。但し、システムや配送に関しましては既存のものを流用しています。資金面は高次元存在の御配慮によって当面を賄う程度にチャージされております』
「……」
これが俺個人の店……
それはまぁ、嬉しい。
店を持つことは何度か考えたこともあったからな。
でも、どうせなら一生楽して暮らせるだけの金をくれても良かったんだぞ、高次元存在さんよぉ。
だいたい何者なんだよ高次元存在って。
俺を生き返らせたりできるんだから神さまみたいなもんなんだろうけど。
それにしては何でか異様にムカつくんだよなぁ。
……あれ?
そういや、ここに来る時に見た夢の中でペコペコ謝ってたニヤけ面の絶世イケメンが最後に何か言ってたな……
俺にとっては全く面白くないことだったような……
ヘラヘラしてたイケメン顔が、スッと真顔に戻り……そう、そうだ。
彼はこう言った。
『これは先行投資なのだよ』
と。
それが何を意味しているのかはわからない。
ただ、『投資』と言うからには、金銭が絡んでいるはず。
それがつまりは当面を賄える資金と言うことなのかもしれない。
あー、くそ。
他にもゴチャゴチャまくしたてていたはずなのに、全く思い出せん。
なんとなく、ふざけんなゴラァ! と思った気がするんだけどなぁ。
「おーい。ナタロー」
売り場のほうから声が聞こえる。
どうやらベアトリアさんのようだ。
「はーい。どうしました?」
「すまない。私とシェリンはこの店の近くで野営をしようと思うのだが、構わないか?」
シェリン?
ああ、さっきの可愛らしい女の子のことかな。
別に俺の土地じゃないんだから断りなんていらないのに、律儀なことだ。
「ええ。構いませんよ」
「そうか。助かる。ところで、先程シェリンが食べていた焼きおにぎりとやらが実に美味しそうだったが、私にも何か食べ物を売ってくれないか」
「勿論です。同じ焼きおにぎりがいいですか?」
「いや、ナタローのお勧めで頼む」
ほう。
そうきたか。
俺の商品知識を試そうと言うのだな?
本部の人間が店舗チェックに訪れた時のように目をギラつかせる俺。
しかし今は大した商品が無いのも事実。
そして何より、俺にはこの世界の常識が欠損している。
ならばまずは情報収集だ。
「ベアトリアさんて普段はどんな食事をしてるんですか?」
「む? 今は遠征からの帰還途中なので保存食がほとんどだな。干し肉や乾燥果実が主だ」
なるほど。
そりゃあ味気なかろう。
「シェリンのような冒険者なら獣を獲ったりもするのだろうが、私は任務が優先なのでな」
は?
ボウケンシャ?
騎士、魔物、冒険者。
そう言えばベアトリアさんはライターを見て発火の魔術とか言ってたな。
……何だこの世界。
「どうした、ナタロー」
「あ、いえ」
いかんいかん。
思わず硬直してしまった。
ベアトリアさんの夕食だったな。
栄養が偏ってそうだから野菜とか食べさせたいところだけど、何かあるかな。
元の店なら生野菜も置いてあったのに。
仕方ない、冷凍でいいか。
でもレンジアップだと水気が出ちゃうし……
「ベアトリアさん。煮炊きは出来ますっけ?」
「馬鹿にするな。こう見えても料理くらいはするぞ」
いや、そう言う意味ではなく。
勘違いがちょっと可愛らしい。
「いえ。煮炊きの道具はあるのかなと」
「ああ、小鍋くらいならある。焚火は例の『らいたあ』とやらでシェリンと用意した」
充分です。
俺は冷凍リーチインから野菜ミックスと豚バラ肉を取り出す。
味付けはどうしようか。
焼肉のタレなんかが簡単だろうけど、味が濃すぎる気もする。
塩コショウにしてさっぱりと食べてもらうほうがいいか。
俺が手に取った品々を見て、ベアトリアさんは目を丸くする。
「何だそれは」
「え、野菜と豚の肉ですよ」
「そんな形をした野菜があるか」
ブッ。
そうきたか。
こりゃ納得させるのに一苦労しそうだな、と思った時。
ビーッビーッ!
突然、頭の中で異音がした。
そしてアドナイの声も。
『音声を骨伝導に切り替えました。緊急警報、緊急警報』
「はン?」
思わずアホみたいな声が漏れた。
それと同時にシェリンさんが店内に飛び込んでくる。
悲壮感が美少女を台無しにしている。
尋常ではない予感。
五秒も経たずに確信へと変わった。
「大変です! 魔物の群れが!」