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003 冷凍食品



「私と大差ない年齢とお見受けするが、店主はどうしてこのような地に店を構えたのだ?」

「あー、えーと……」

「これでは客も来ないだろうに」

「そうですね、はは」


 ついでにモテ期も来ませんでした。

 金髪騎士の彼女はただ疑問に思ったことを口にしただけのようだ。


「なのにこれほどの不思議な品を置いている。実に不可解だ」


 彼女はライターの入った紙袋を揺らす。

 貴女の時代ではそうでしょうね。


「尋ねてばかりでは失礼だな。私はベアトリアと言う。このラクール王国の騎士だ」

「これはどうもご丁寧に。俺は正月一日あお那太郎なたろうです」

「アオナタロー? 随分と変わった名だな」

「いえ、アオが名字でナタロウが名前です。なのでナタロウとお呼びください」

「ふむ。ナタローか。それでも変わった名だ」


 ほっとけ。

 俺もどれだけバカにされてきたことか。

 名字も珍しいし、名前の由来に至っては単に七男だからだぞ。

 七太郎だと語呂が悪いって理由で那太郎だし。

 ふざけてんのかクソ親父。

 そういやここはあの世か。もし出会ったらブン殴ってやろう。


 いや待て。

 それよりこの女騎士、今なんて言った?

 ラクール王国の騎士……

 ラクール王国!?

 どこが!?

 ここが!?


「ちょっと待ってください」

「どうした?」

「ここが……どこですって?」

「ラクール王国だが? 北へ向かってしばらく行けば王都だ」

「は? いやいや、だってここは死後の世界でしょ?」

「む? 何を言っておるのだナタローは。死ねば皆、光となって地上を照らすと言うのが常識だろう」


 いったいどこの世界の常識ですかねぇ!?

 ……いったいどこの世界・・の……?


「もしやナタローは他の国から来たのか? なるほど。確かに東方人のような見た目であるが」 

「いや、その、そういうわけでは」


 きっぱりと否定したいところだが、しどろもどろになるしかない。

 何故なら、どう見てもベアトリアさんが嘘をついているとは思えなかったからだ。

 長年この仕事をしていれば、自然と怪しい奴の見分けがつくようになる。

 あ、こいつ万引きしそうだな、とか、あいつトイレでクスリをやる気だな、とかね。

 勿論、やったらマッハで通報するけど。

 そんな俺の鍛え上げられた勘が嘘ではないと告げている。

 だからこそ俺は日本の東京から来ました、とは言えなかったのだ。

 頭のおかしい奴と思われるのは御免だからな。


 じゃあ、つまり、どういうことだってばよ?


 むしろ俺のほうが混乱しかかった時、またもや入店チャイムが鳴った。

 職業病とは恐ろしいもので、無意識に顔が入口へ向き、いらっしゃいませと声が出る。

 本当に恐ろしいのは、休みの日など他の店へ買い物に行った時でも反射的にやってしまうそうになることだ。

 あな恐ろしや職業病。


「あ、あのう……」


 入ってきたのは小柄な茶髪の少女だった。

 防犯身長メーターからして身の丈は百五十センチくらい。

 年齢は中高生といったところか。

 客層ボタンで言えば十二(十九歳以下に見える場合は全てこのボタン)。

 大きなリュックを背負っているのはともかく、何だこの格好?

 軽そうな革っぽい鎧と腰には短めの剣。


「ここってお店ですか……?」

「はい、そうです」

「な、なにか食べものを……」


 ぐぎょるぅ、となかなか豪快に腹を鳴らす少女。

 余程空腹なのだろう。

 ここは菓子類より飯類を勧めたいところだが……生憎、弁当やおにぎり、パンなどもない。


「ちょっと待っててくださいね」

「は、はい……」


 今にも倒れ込んでしまいそうな少女のために店内を急いで回る。

 異様に身体が軽く感じるのは、焦ってアドレナリンが出たからだろうか。


 チィッ! カップ麺もないんかい!

 何か、何かないのか。

 この子が可愛いから必死なのではないぞ。

 便利が売りのコンビニエンスストアで恥を晒すわけにいかないからだぞ。


 ふと足を止める。

 目に入ったのは冷凍リーチインの前。

 そうだ!

 これがあった!


 俺はとある品を手に取りレジへ戻る。

 流れるようなスキャンからの開封、レンジにイン。

 冷凍モノだから多少時間はかかってしまうが、味のほうは保証する。


「銅貨十五枚です」

「え、あ、はい……」


 茶髪少女は腰の小袋から硬貨を取り出す。

 しかし、その表情がどんよりと曇った。

 小さな掌に乗っている銅貨は14枚……足りなかったようだ。


 おまけしてあげたいところだが、俺は財布など持っていない。

 例えあったとしても入っているのは日本円の可能性が高い。

 そもそも、銅貨や銀貨なんて映画とかアニメでしか見たことがないのだが。


 うーん。

 廃棄扱いにしてあげちゃう方法もあるけど、俺は不正しない主義なんだよなぁ。

 簡単に発覚するし、発覚すればクビだし。

 いや、死んでるんだからクビもへったくれもないか。

 でもなぁ。


「ほら。これで十五枚だ。この穴に硬貨を入れるのだぞ」

「あっ、えっ」


 有無を言わさず少女に一枚の銅貨を握らせるベアトリアさん。

 滞りなく支払いは完了し、レシートが発行される。

 まぁ、レシートがなんなのかわからないようで、受け取ろうとはしなかったが。


「騎士さま! い、いけませんこんな!」

「良いのだ。困っている者を助けるのも騎士の務め」

「……ありがとうございます」


 うんうん。

 善意は受け取っておこうよ。

 俺だって、出来ればタダであげたいところなんだしさ。


 程なくしてレンジがピーと鳴く。

 ついでに少女のお腹もグゥと鳴く。

 無理もない。

 レンジからは香ばしい匂いが漏れ出していたのだから。


「熱いから気を付けてくださいね」


 プラカップに入ったそれを訝し気に見る少女。

 見た目は湯気を上げる茶色くて三角の物体がふたつ。

 しまった。

 時代にそぐわなかったか。

 ええい。説明すれば大丈夫なはず。


「これはね、焼きおにぎりと言って、俺が生まれた国では大人も子供も喜んで食べるんです」

「そう、なんですか」


 まだ疑念は消えないようだが、少女は空腹に耐えかね、片方のおにぎりを半分に割った。

 途端に立ち昇る香りと湯気。

 俺の鼻腔すら醤油の香ばしさでくすぐられる。

 ベアトリアさんも涎を垂らしそうなほど口を開けていた。

 意を決してパクリと食む少女。

 一瞬にしてその瞳が見開かれる。


「お、美味しい……!」

「良かった」


 勢いよくガッつく少女に水道水の入ったコップを渡す。

 うおっ!?

 何気なく水も出るんか!

 水道管とかどうなってんだ!?


「ほら、店の中でこぼすと迷惑になるだろう。外へ行こう」

「ふぁ、ふぁい」


 ベアトリアさんが少女を促して店を出て行った。

 ふむ。

 騎士ゆえにお堅く見えても、実は世話焼きなようだ。

 なんとも微笑ましい。


 ドサッ


 ん?

 何だ?


 店舗の奥側から重々しい音が聞こえた。

 具体的に言うとバックルームの方向。

 知らぬ間に泥棒でも入ったのだろうか。

 首を傾げつつ向かう。

 いざとなれば暴漢用に習った通信空手の出番だ。

 酔っ払いの二人や三人くらいは摘まみ出したこともある(マグレで)。

 今のこの若返った肉体なら泥棒くらい余裕だ。

 などと言う、益体もない思考は一瞬で砕け散った。


「な、なんだこれ!?」


 バックルームには番重に入った武器防具が山積みになっていたのであった。



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