020 再出発
「さーて、準備はできたね」
「ですね!」
はにかみながら体当たりするように腕へしがみついてくるシェリン。
数日前からこんな感じなので放っておく。
今宵はおあつらえ向きの闇夜。
夜逃げにはぴったりの日だ。
いやね、流石に一国の王を殺害しておいてね、のうのうと王都暮らしってのはね。
どうかと思うんですよ。人として。
特に後悔とか葛藤とかはないんですけどね。
あれだ、ケジメだケジメ。
勿論、ベルモンド公爵様には顛末を全部話してあるよ。
ベアトリアさんを誘拐されてマジギレしてたしね。
王を殺したって言ったら『様をみろ。糞馬鹿駄王めが』って小さく呟いたのを聞き逃さなかったよ。
んでまぁ、今後の取りまとめは王宮の総意として公爵家に一任されたそうだ。
聞けば公爵家こそ王族の本筋らしいし。
……でも、ベアトリアさんには話せなかった。
シェリンにはしつこく訊かれから喋っちゃったんだけどもね。
ほら、ベアトリアさんは生真面目だし、王に忠誠を誓った騎士だしさ。
俺が王殺しの犯人なんて言えば、悲しみ、軽蔑されるだろう。
はい……俺がビビりなだけです。
ベアトリアさんの青い瞳が俺を蔑むように見つめてきたら……興奮、じゃなくて泣きそうになる。
と言うわけで、絶対離れないと宣言するシェリンを連れて夜逃げをすることにした。
ベルモンド様には凄まじい勢いで引き留められたけど、一応、俺にも目的が出来たんでね。
まぁ、そこまで全力ってわけじゃないし、ゆるーくね。
「ナタローさん。どこへ行くか決めてあるんですか?」
「んにゃ、全く。あてのない放浪の旅さ」
「でも万能屋一一七は続けるんですよね?」
「うん、勿論。やばいくらいに負債が増えちゃったもんでね……」
「じゃあ、私の生まれた街へ行ってみませんか」
「シェリンの故郷か。どこだい?」
「ちょっと遠いですけど、自治商業都市ヘルヘブンです。あそこなら自由に商売できますよ」
「へー、いいね。面白そうだ」
これで目的地も決まった。
俺は感慨深げに振り返る。
店舗は既に縮小し、俺の頭上を漂っている。
残されたのは何も無いガランとした公爵家の私有地。
なんだかんだで三か月は暮らした場所だ。
それなりの思い出もある。
あ、ヤベっ。
清風亭の女将さんたちには何にも言ってないや。
いきなり消えたら、さぞや恨まれるんだろうなぁ。
まぁ、言っちゃったら夜逃げにならんのだが。
よし、見つかる前に逃げよう。
「じゃ、出発」
「おー」
とても夜逃げには見えないほどゆっくりとした足取り。
闇夜だからよく見えないけど、王都の街並みを目に焼き付けておこう。
たぶん、二度と訪れることは無いから。
一番近い東大門から城外へ。
そのままシェリンと他愛もない会話をしつつ街道を進む。
そして王都が見えなくなった辺りで立ち止まった。
アドナイ、あれだけの負債額だ。当然、店舗に飛行機能を追加したんだろうな?
『はい。このような事態も予見しておりましたので』
うむ、有能!
『お望みであれば大気圏外へも到達できます』
宇宙!?
やりすぎだよ!
そんないらねぇもんを追加するから余計に金がかかるんだろ!
『ナタロウ様は考え得る限りの店舗機能を追加せよと仰いました』
そうでした!
悪いのは俺でした!
でもさぁ、宇宙なんて行くか?
だったらもうちょっと金を稼げるような追加機能を……ん?
「ナタローさん、何か聞こえません?」
「俺も聞こえた。誰かが叫んでるのか?」
声もするが音もする。
しかも、何やら聞き覚えがあるような……
そしてこの音、馬か。
「ニャタロ~~~!」
げぇっ!
ベアトリアさん!?
何で夜逃げがバレたんだ!
「うわぁ~~~~ん! にゃんで私を置いて行くのだ~~~! ニャタローのバカ~~~~!」
誰がニャタローか。
って、泣いてる!?
あの鉄の女と呼ばれた(呼ばれてない)ベアトリアさんが!?
やべぇ、子供みたいでちょっと可愛いぞ。
シェリンも小声で『あらあら、可愛いですねぇ』とか言ってる。
ベアトリアさんは馬を乗り捨て俺へ向かってダイブ。
避けたら怒られると思い、抱きとめるしかなかった。
「うあぁ~~~ん! ニャタロ~ニャタロ~! 間に合って良かったぁ~~~! シェリンだけズルい~~~! 私も連れてけ~~~!」
泣きじゃくり方が半端ない。
まるで豹を相手にしているようだ。
困ったようにシェリンを見ると、彼女は肩を竦めただけだった。
いや、助けろよ。
こうなったら仕方ない。
泣く子は泣き止むまで待つのが定石だ。
姪っ子にもそうしてきた。
「ヒック、ヒック」
しばらくして、ようやく少し落ち着いてきたらしい。
グシグシと目元を擦っている。
ハンカチを差し出すなり、チンと鼻をかむ。
お約束か。
「……ナタロー……私も貴殿と旅に出たい……グスッ」
ポツリと漏らすベアトリアさん。
いきなり何を言い出すんだ。
あんた公爵家の令嬢だろうが。
「え、でもベルモンド様は? あの御方が許可するとは思えないけど」
「……兄上なら全てを訊き出した後、張り倒してきた。ついでに騎士など辞めると勲章を叩きつけてやった。泣いてた」
アホなのかなこの人。
地位も名誉も捨てるなんて。
「ナタローと共に征くと告げたら凄まじい顔をされたな」
「ええっ!? それって恨まれるの俺じゃん! なんてことしてくれたんだよ!」
すると、ベアトリアさんの頬が急激に色付く。
「……私の夢は……囚われの姫を白馬の王子が颯爽と救出してくれて、その人と結婚することなのだ……」
グフッ!
なんとベタで乙女のような夢を……
いかん。笑っちゃいけない。
耐えろ俺。
あっ、ずるいぞシェリン。俺の陰でめちゃめちゃ笑ってんじゃん。
「アンダルシア侯爵に捕まった私をナタローが救ってくれたではないか。これは私への求婚なのだろう!?」
「えっ、違いますけど?」
「いいや! 違わない! 私は私より強い者しか伴侶と認めん! 兄上からもそう言われている!」
なにやってんだよベルモンド様はよぅ。
ベアトリアさんを頑固者に育ててんじゃないよ。
「とにかく、誰が何と言おうとナタローに付いていく! もう家には帰れないのでな!」
さいですか。
どう見たってガチガチに旅支度してるもんな。
「わかったよ、わかりました。その代わり、ベアトリアさんにも万能屋一一七の店員になってもらうぞ」
「花嫁修業だな!? 望むところだ! 掃除でも洗濯でも皿洗いでもするぞ!」
「ベアトリアさんには負けませんよ! 仕事では私のほうが先輩ですからね!」
『二人の同行は全く推奨出来ません。ナタロウ様、このままでは身を滅ぼします』
「あーもう、うるさいうるさい。みんなとっとと店に入れ!」
旅は道連れ世は情け。
こうして風変わりな二人とAIを引き連れて、再出発と相なりまして候。
ベベンベン、ってか。
第一章 完




