002 特別発注
「いや、特別発注って言われてもな……」
ストアコンピュータの画面表示に茫然とする俺。
なにこれ?
やれってことなの?
俺、死んだのに?
あの世に来てまで発注業務しろとか、どんなブラック企業だよ。
って、うわぁ!
今まで気付かなかったけど、俺、制服着てんじゃん!
シャツかと思ったら真っ白な制服! キモっ!
などとやっていると、再びリリリンとブザーが鳴る。
くそ、終わらせなきゃ延々と鳴り続けるんだよなぁ。
ポンコツめ。
まぁいいや。AI発注でサクッと終わらせよう。
昔は売り上げに直結する発注作業にだいぶ時間をかけたもんだけど、今やAIがやってくれる時代だもんな……
ちなみに俺は今でも余裕がある時は自分で発注数を決めている。
オーナーに懇願されているからだが、なんでか俺が発注すると、完璧なまでに欠品も廃棄も出ない。
それで付いた渾名が『発注王』なのだから笑ってしまう。
俺はGOT、つまり発注端末を手に取った。
当り前のように通信をはじめ、データを落としにかかる端末を見て首を傾げる。
ほんと、SCもGOTも一体どこに繋がってんだよ。
もしや俺、実は死んでなくて病院か何かで夢でも見てんのか?
だとしたら嫌すぎるな。
だって、最後の記憶は強烈な熱波で焼かれ、その後、すっげぇ衝撃波で手足や胴体が千切れ飛んでたような……ブルブル。
怖っ!
そんな状態で生き残るほうがよっぽど辛いわ。
などと言う感傷は、通信が終わったGOTの画面を見て、あっさり吹き飛んだ。
「なっ、なんじゃこりゃああああ!?」
発注カテゴリがおかしい。
なんて生易しいもんじゃない。
完全に狂っていた。
「武器!? 防具!?」
そう、本来のものに交じって、有り得ない項目があった。
丸特のマークがついていると言うことは、これが特別発注なのだろう。
混乱する頭のまま、おっかなびっくりタッチする。
ずらりと並んだラインナップが表示された途端、笑いが噴出する。
「ぶはっ! 短剣にショートソード、長剣、大剣。槍、斧……おおっ、投石紐まである! マニアックだなぁ!」
防具も見てみると、鎧、盾、兜などがあり、なんとサイズも色々取り揃えているようだった。
ふーむ。玩具にしては随分と出来がよろしい。
もしや近々この近辺でコスプレ大会でもあるのだろうか。
って、んなわけない。
ここはあの世だぞ。
まぁいいや。
面白そうだからいくつか発注しておこう。
やたらと原価が低いことに首を傾げつつ、送信ボタンを押した。
粗利まで考えそうになり苦笑する。
死んだのだから店の利益など気にすることではない。
あの世では金なんか無用の長物だ。
いや、待てよ。
この店には俺一人。
辺りは誰もいないだだっ広い草原。
これはつまり、俺の店ってことでいいのでは?
おお、憧れのオーナー。
いやあ、一度でいいから好き勝手やってみたかったんだよね。
この小さな店舗なら俺だけでも回すの余裕だし。
いやいや、待て待て。
今自分で思ったじゃないか。
『辺りは誰もいないだだっ広い草原』と。
誰もいないってことは客がいないってことだろう!
どうすんだよこれ。
既に経営破綻してんじゃねぇか。
くそう、あの世って思ったよりも広いんだなぁ……
などと浮かれたり落胆したりと忙しい時、これまでに数億回くらい聞いたのではないかと思われる入店チャイムが鳴った。
あれ?
これが鳴るってことは……客!?
あの世での客……じゃあ幽霊か!?
おっかねぇ~!
自分が死んだことなどすっかり忘れて慌てる俺。
以前の夜勤中、誰もいないのに自動ドアが開いて入店チャイムが鳴る奇怪な現象に遭遇したのを思い出し、身震いする。
オカルトはあんまり得意じゃない。
ぶっちゃけるとクソ怖い。
「誰かいないのか?」
突然声が聞こえ、腰が浮く。
幽霊が喋った!?
いや、さっきから俺も喋ってるけど。
しかも高い声。
女性か?
現金なもので、俄然、声の主に興味が湧いた。
引けたままの腰でゆっくりと店内へ向かう。
「おお、この店の主か」
目の覚めるような金髪で妙齢の女性だった。
客層ボタンで言えば十九。だいたい二十歳前後に見える。
だが、その身に纏っているものを見て突っ込みそうになった。
ガチガチの鎧姿だったからだ。
いつの時代の幽霊だよ!
そもそも女性騎士なんて実在したのか?
やっぱりお祭りか何かでコスプレしてるんじゃね?
あの世祭り。ヘブンズカーニバル。
「すまないがここは商店か? わけのわからぬ品が多いようだが」
怪訝そうに尋ねる鎧の女性。
腰には細身の剣を下げ、背には背嚢。
どうやら旅装のようだ。
薄汚れているあたり、やたらリアルではある。
そもそも幽霊が旅なんてするのかは疑問だが。
取り敢えずは様子を見るため営業スマイル発動。
「あ、はい。そうです」
んん?
コンビニを知らんのか?
それとも、そういうなりきりプレイ?
「そうか。火口箱はないだろうか? どうやらどこかで落としてしまったようでな」
火口箱?
そういやゲームか何かで聞いたことがあるな。
火打石と火種を作る木屑のセットだっけ。
てかマジで何時代の人だよ!
つっても、流石のコンビニにだってそんなもんはない。
だけど、代わりの物ならある。
「ああ、ではライターなどいかがですか」
「らいたあ?」
「えーと、これです」
雑貨品コーナーへ案内し、ライターで火を灯す。
「!? こっ、これは……発火の魔術か!?」
「へっ? 魔術?」
女性の反応で噴き出しそうになった。
ロールプレイだとしたら堂に入った演技だ。
しかしどう見ても本気で驚愕している。
「素晴らしい! 是非とも買おう、値段を教えてくれ!」
「はい。えーと」
値札を見て目を剥いたのは俺だった。
何故なら『銀貨一枚』と表記されていたのだ。
ちょっ、いくらなんだよこれ!?
「……銀貨一枚だそうです」
「なんだと!?」
しまった。
そのまま伝えたが、高かったのか?
あの世の金の価値なんて知らねぇよ!
「これほどの高度な術具が銀貨一枚は安すぎる! 店主、全部くれ!」
「ええっ!?」
本気かこの人。
ライターの陳列ケースごと鷲掴みにしてホクホク顔の女性をレジへ案内する。
そこで俺はまた愕然とした。
嘘だろ……自動釣銭機!?
店舗は古臭いのに機材は最先端かよ!
脳内での突っ込みが追い付かない。
しかし、この古めかしい時代の人っぽい女性に、どう説明すればいいのやら。
商品をスキャンし、個数を入力。
客層ボタンを押下する。
『お支払い方法をお選びください』
機械音声がそう告げた。
同時に支払い選択パネルが表示されるのだが……
現金はともかく、クレジットや電子マネーなども出ている!
あるのか!? 電子マネー!
「この、クレジットとやらは何だ?」
女性騎士の至極当然な疑問。
見た目通りの時代の人なら、そりゃそうだろう。
って、あれ?
日本語読めてる?
「あー……気にしないでください。現金のところを押してもらえば」
「ふむ」
『現金を投入してください』
「む? どこにだ?」
「青く光っているところです」
「そうか。では銀貨を二十枚入れるぞ」
「ゆっくりでお願いします」
「うむ」
『確認後、了承の部分を押してください』
おや、OKボタンじゃなく、了承部分?
んんん?
『お買い上げ、ありがとうございました』
「ありがとうございます」
俺は無料の小さな紙袋にライターをニ十個入れて女性に手渡す。
心底嬉しそうに受け取る彼女。意外にも笑うと幼く見える。
そして笑顔のまま、意外なことを仰った。
「店主」
「はい?」
「少し話をしたいのだが構わぬか?」
おおう、モテ期きた?