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014 使者



「お疲れ様、シェリン。ああ~、今日も疲れたなぁ」

「お疲れ様です、ナタロー店長。すごく……忙しかったですね」


 閉店時間の夕刻を迎え、ヘトヘトの俺たち。

 ハンドクリーム争奪戦以降、噂は噂を呼び、客足は伸びに伸び、開店から閉店まで、ほぼ切れ目なく客が訪れるようになっていた。

 全くもって女性の口コミとは恐ろしいものである。

 これはどこの世界においても不変のようだ。


 地球でもSNSなんかでバズるとすげぇことになってたもんなぁ。

 お蔭さんで売り上げは順調どころか超右肩上がりだ。本点検が楽しみなくらいに。

 あれから数回ほど公爵様に武具の注文があったんで、夜の部も相当稼いでるしな。

 問題は、慣れてる俺よりもシェリンの疲労だよ。

 彼女にはたまにお休みをあげてるけど、手伝いに来ちゃうんだよなぁ。

 そのうち定休日でも設けるべきだね。


「さっきのお客さんが買ったのが最後のパンでしたよ。今日もピッタリ売れ残り無しなんてすごいです! それに比べて私の採取してきた薬草ちゃんたちは……」

「いやいや、なんのなんの。ははは。薬草の消費が少ないってことはみんな健康ってことだから悪いことじゃないと思うよ。その分、シェリンはこの店で頑張ってくれてるもんな。偉い偉い」

「へへ……でも私、子供じゃありません!」


 薬草ちゃん(?)が売れず嘆くシェリンを慰めるように頭を撫でるも、プンスカしてしまった。

 嘆いたり笑ったり怒ったりと、なかなか表情豊かである。

 俺もつい、実姉の子、つまり姪を思い出して同じように接してしまったが、これはあまりよろしくない予感。


 地球では女子高生のバイトの子に対して一線を引いていた。

 あんまり近付くとキモがられるし、今みたいに頭を撫でるなんて大それたことをすれば、すぐさまセクハラだと通報され警察がスッ飛んで来るだろう。

 若い頃ならともかく、中年になってからはそれが恐ろしくて積極的に話しかけることは無くなった。


 うーん、シェリンも我慢してるだけで本当は嫌がってるのかもしれないしな。

 別の世界だからと調子に乗ってはいかん、と肝に銘じよう。


 彼女とは友人であり、一応雇用主と従業員の関係であり、この店舗で共に暮らす同居人と言う間柄でもある。

 友人と言えども、必要以上に親しくしないほうがお互いのためなのかもしれない。

 見た目は若い俺だが、中身は初老のおじさんなのだから分別はあるつもりだ。


「シェリン。清風亭の女将さんから差し入れをいただいたんだ。オーナールームに置いといたから、レンジで温めて食べな」

「わあ! いただきます! レンジ……いつでもホカホカのご飯が食べられるなんて、すごい術具ですよね……あっ、ナタローさんも一緒に食べませんか?」

「いや、閉店作業を先に済ませるよ」

「そう、ですか……じゃあ、お先に上がります」


 こちらが申し訳なくなるくらい肩を落とすシェリン。

 これもお互いのためと己に言い聞かせる。

 シェリンは現役の冒険者だ。

 今でこそ繋ぎとしてアルバイトをしているが、パーティーメンバーさえ見つかれば、また新たなる冒険の旅へ出ていくのだろう。

 便利屋一一七を辞めて。

 それが少し寂しく感じるのは、俺がここに来た日からずっと一緒にいたせいか。


 地球での俺は、長いこと同じ店舗で働いてきた。

 だから出会いと別れも山ほど経験したのだ。

 学生ならば大抵は数年で去っていく。

 それが巣立ちであり、喜ばしいことであるのはわかっている。


 シェリンは前途ある若者だ。

 その時は笑って見送りたい。


 でもなぁ、シェリンはこっちの世界で出来た初めての友人だからなぁ。

 無機質に接するってのはなんか違う気がする。

 んんんん……やっぱ前言撤回! もういい! ごちゃごちゃ考えるのはやめだ!


『ナタロウ様。支離滅裂です。思考が顔に出すぎています』


 うるさいよアドナイ!


「待って、シェリン」

「……はい?」

「やっぱり一緒に食べよう」

「! はい!」


 ああ、何ていい笑顔なんだ。

 シェリンはこうでなくちゃな。

 連れ立ってオーナールームへ。

 女将さんの差し入れである、でかい椀に入った賄いのごった煮シチューをレンジでピー。

 向かい合って座ったシェリンと共にハフハフ食べる。

 美味い。

 冷凍食品とは大違いだ。

 この味は手作りでなければ出ないのだろう。


「あっ、ナタローさん。駄目ですよ、楽しい食事中に発注なんて」

「う、ごめんごめん。なんか気になっちゃってさ。もうやめるよ」

「もう、仕事熱心ですねぇ」

「そういや、仕事熱心で思い出したけど、女将さんの知り合いのラベンダさん」

「あはは、『その服の脇のとこ破れてる! 縫いたい!』って言ってましたね」

「これは制服のスリットだってのに聞きやしないんだ、あの人。どんだけ仕事好きなんだか」

「縫製の仕事と結婚したんだーって叫んでましたよ」

「はははっ、旦那さん可哀想だね」


 発注端末のGOTを持ち込んだのがバレた。

 テーブルの下に隠したものの、ゴソゴソやってたらそりゃバレる。

 上手く誤魔化せたとは思うが、俺こそ職業病じゃなかろうか。

 しっかしAI発注は本当アテにならんな。

 販売数と在庫、廃棄数しか参照しないからかねぇ。

 客層と売れた時間帯も考慮しなきゃ真の適正発注とは言えんのだ! だ!

 やっぱAIなんぞに任せず自分でやるほうがいいか。


『GOTに搭載された発注AIは第三次元仕様です。私とは格差がありすぎます』


 ああそうかい。

 じゃあ超性能AIのアドナイさんがやってくれよ。


『以前申した通り、私は攻撃型です。有り得ない数の商品を発注しますがよろしいですか?』


 良いわけあるかっ!

 変なとこでポンコツだな全く。


 ピィィー!


『脅威度G級警報。何者かが店舗への侵入を試みている模様』


 ん、侵入?

 客じゃなくて?


『映像と音声を投影いたします』


 視界の右隅に小さなウィンドウが現れた。

 目を瞑れば全画面にも出来る。

 そこには複数の人影が入口前で蠢く光景が映し出されていた。

 照明もないのによく見えるのは暗視装置だかスターライトスコープだかのせいか。


『いいえ。FLIR(forward looking infrared)です。前時代的な装備ではありますが、価格が手頃なため採用いたしました』


 いや、知らんけど。

 とにかく誰か来たってことね。


「店主はおらぬのかぁッ!?」

「我々を何と心得る!」


 うわ。

 怒鳴ってるよ。

 夜だってのに傍迷惑な。

 全く、飯もゆっくり食えやしない。


「シェリン。店に誰か来たみたいだからちょっと見てくるよ。食器は洗わなくていいからそのままにしておいて」

「はい。え? 駄目です。きちんと洗っておきます」

「ははは」


 部屋を出て廊下を進み、ドアを開ける。

 この扉は本来の勝手口と繋がっており、亜空間内の従業員居住区画から直接店舗の裏手に出られるのだ。

 ぐるりと店舗を回って入口側へ。


 自動ドア付近に三人ほどの人影があり、何やらがなり立てながらドアをこじ開けようとしている様子。

 客層ボタンで言えば五十。全員がいい年のおじさんとお爺さんだった。

 身なりもかなりいいことから、貴族だと思われる。

 見れば通りには馬車が三台も停車中だ。

 彼らの物だろうが、非常に邪魔くさい。

 公爵家の関係者……ではなさそうだ。

 あそこの人たちはベルモンド公爵様に厳しく命じられているのか、俺に対してもかなり腰を低く接して来るし、礼節もある。


 あ、嫌な予感。

 ベルモンド様が言ってたのはこれかぁ。

 やだなぁ。

 でもほっとくわけにいかんしなぁ。

 住宅街じゃないとは言っても人が住んでないわけではないし、苦情が来ちゃう。

 仕方ない。


「いらっしゃいませ。万能屋一一七へようこそ」

「なっ!?」

「うおっ!?」

「後ろだと!?」


 背後からいきなり声を掛けられ、慌てふためくおっさんズ。

 警戒心とかないのかな?


「き、貴様がこの店の主か?」

「一体どうやって現れたのだ……」

「フン。まだ小僧ではないか」

「はい、店主の那太郎と申します。このような夜分にどういったご用件で?」


 いかにも貴族らしい物言いの方々にも笑顔を絶やさぬ俺。

 我ながらプロだと思う。

 遠回しにチクリと刺すのも忘れないあたりとかね。

 しかし、事態は思わぬほうへ進もうとしていた。


 いや、ある意味では思惑通りと言えるのかもしれない。


「我々は王宮よりの使者」

「国王の勅命である」

「武具を納品せよ!」



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