013 売り込み
「シェリン、先に休憩とっていいよ。お腹空いたろ?」
「えへへ、実はペコペコです。じゃあ休憩入りまーす」
パタパタとバックルームへ駆けていくシェリンの背中を微笑ましく見送る。
茶色いユニフォームも彼女にすっかり馴染んだようだ。
つってもまだ開店四日目だけどな。
しかしシェリンが『ここで働かせてください!』って言い出したのはびっくりしたな。
思わず『シェリンなんて贅沢な名だね。お前は今日からシェだよ!』とか言いそうになった。
言ったら泣かれただろうけど。
彼女、なかなかパーティーメンバーが見つからなくて、冒険者稼業もままならないらしいんだ。
……おかしいな。俺はあの二人組の野郎どもに陰口を叩くなと釘を刺したはずなんだが。
逆効果だったりしないよな?
とにかく、生活するには金が要る。
なのでシェリンは繋ぎとしてだろうけど、ここでのアルバイトを希望したわけだ。
俺もワンオペは地球で懲り懲りだったし、断る理由もないので彼女を雇った。
若い子と働くのは張り合いもでるからな。
それも可愛い子とくれば、やる気も出る。
始めは断わられたけど、旅路で使っていた部屋に住み込みさせた。
彼女は宿代が浮くだろうし、俺も嬉しいからWin-Winだ。
さて、この時間で菓子類の鮮度チェックでもしますかねぇ。
STを握ってガランとした店内を見渡す。
閑古鳥が鳴くとは、まさしくこのことだろう。
四日経つが、昼間に訪れる客は皆無と言っていい。
地球で新店を出す場合だと、クローバーと呼ばれるご近所回りやチラシ配りなどの営業活動を行うのだが、今回は何もしていないのが原因のひとつである。
まぁ、メインが武具の取引だから、客足はこんなもんでいいくらいなんだろうけどさ。
そもそも、ここが商店だと誰も知らないもんな。
たまに来る客も商品がよくわからないみたいで、大抵は冷やかしだ。
そりゃ、わけのわからんものは買えんわな。
店内を移動しながらSTでひとつずつ賞味期限をチェックしていく。
ふと、目に留まったのは、平台に置かれた謎の植物たち。
これは、シェリンたっての希望で、薬草を陳列しているのだ。
価格設定も彼女に任せてある。
ついでに手書きでPOP広告も作らせてみたのだが、何とも可愛らしい出来栄え。
丸っこい文字で『おすすめ!』とか『特価!』などと書いてあった。
売れるのかは未知数だが、薬草の売上金は全てシェリンに渡そうと思っている。
給料に混ぜちゃえば気付かなさそうだ。
この状況で給料なんか出せんの? と思うかもしれんが、心配ご無用。
負債を増やせばいいだけ! なんてオチではなく、昨日の夜、早速公爵家から何台もの馬車が深夜に訪れ、荷台一杯の武具を受け渡し、馬車はそのまま東大門を抜けて公爵領へ向かって行った。
最も損耗が激しいであろう武器類が大量に売れたのである。
公爵家の注文数は、俺がロットミスで発注した武具類の総数と全く同じだったのだ。
つまり、売れ残りはゼロ!
いやぁ、ベルモンド公爵様様ですなぁ。
いきなり儲けさせて貰っちゃいましたよ。
そして己の才能が気持ち悪くなるね。気持ち悪いって言うな。一人ボケツッコミ終了。
まるで予言したかのような発注数だったもんな。
発注王とは俺様のことだー。平伏せー。わっはっはー。
よーし、この調子でいけば負債なんてすぐに返せるのではないかね、アドナイくん。
『いいえ。今回の売り上げ総額は金貨千枚です。売価から原価、配送料、手数料など、諸々を引くと純利益は金貨五百枚程度です』
おお、利益率五十パーセントじゃん!
『しかし』
ヒッ!?
『そこから人件費や諸経費等に加え、ラクール金貨の純金含有率が……』
やめて、やめてぇぇえ。
あー、あー、聞こえない、なんも聞こえなーい。
『……等々が最終的に差し引かれます。よって、負債に充てられる金額は金貨二百枚といったところでしょう。第三次元時間に換算いたしますと、完済までの必要年数は……』
本気でやめてアドナイ!
心折れちゃうから!
わかった!
わかりました!
調子こいてすみませんでしたー! 全力で頑張ります!
こうなりゃもう、目立ちたくないとか言ってられん!
大口の武具取引もしばらくなさそうだし、昼間に稼ぐしかない!
……とは言ってもなぁ。客が来ないんじゃなぁ。
今からでもクローバーするかぁ?
だけどこの周辺って住宅街じゃないし。
てか、そもそも何を売り込めばいいものやら。
やっぱ、客層に合わせるべきだろうな。
今の王都は男が出払ってるからほぼ女性相手と見ていい。
女性が欲しがるものか……よし、考えてもわからん。シェリンにでも王都の流行り廃りを訊いてみよう。
そう決心して鮮度チェック業務を終了し、バックルームへ向かおうとした時、入店チャイムが鳴った。
こりゃ珍しい。
自虐的な意味で。って、ドMかっ!
「おや、女将さん。いらっしゃいませ」
「ナタローさん、あんた本当に店やってたんだね。あっははは、嘘かと思ってたよ。その若さで店持ちなんてさ」
「ははっ、女将さんを騙したってしょうがないでしょうに」
入ってきたのは、背が高いエプロン姿の女性。客層ボタンで言えば二十九。三十代半ばといったところか。
この人は割と近所の喫茶店兼食堂『清風亭』を一人で切り盛りしている女将さんだ。
リーズナブルなのに、ボリューム満点の食事が良心的である。
ちなみに、この食堂を発見してからの四日間、俺は昼も夜も通い詰めていた。
だってもう、冷凍食品には飽きちゃって……
そんなわけで、軽口も叩ける間柄となった。
「あんたの店には何でもあるって言ってたけど」
「ええ、万能屋一一七はそれが売りですから」
「じゃあ、塩はあるかい? いつものとこが品切れでねぇ。問屋にも無いってんだよ」
「ああ、それ、アル爺ちゃんも言ってましたよ。王宮側が買い上げてるとかで。たぶん、兵士用でしょうね。彼らは大量に汗をかくから」
言いながら1キロ入りの塩を女将さんに渡す。
店で使うなら瓶入りのでは小さすぎるだろう。
ちなみに、アル爺ちゃんとは清風亭の常連客だ。
いつ行っても酒を飲んでる陽気な人。
そのせいか無駄に情報通だったりする。
「もう少し欲しいね」
「わかりました」
さらに二袋追加してあげる。
レジで会計の説明をしながら紙袋に塩を入れた時、ふと女将さんの手に目が留まった。
非常に荒れている。
飲食店ゆえに水仕事が多いせいだろう。
ひび割れやあかぎれが実に痛そうだ。
俺も大型食洗器が導入されるまでは、冬になるたびこんな感じだったからわかる。
「ん? ああ、これかい。あたしゃ年中こんなもんだよ」
あっはっはと快活に笑いながら手をピラピラ振る女将さん。
だが、その眉は少々顰められていた。
やせ我慢にしか見えない。
ならば。
「女将さん。これ、軟膏なんですけど、寝る時にでも塗ってみてください」
俺は棚からチューブ入りのクリームを掴んだ。
アト〇ックスとニベ〇で迷ったが、個人的には尿素入りのほうが効いた気がしたのでア〇リックスにする。
「おまけとして入れときますね。数日すれば結構良くなりますよ」
「あら、悪いね。だけど治った試しがないからねぇ。でも、ありがとね」
いいのだ。
これぞ持ちつ持たれつ。
俺も無料で大盛りにしてもらったりと世話になっているのだから。
「じゃ、また来るよ」
「ありがとうございました」
いやぁ、久々にまともな商品が売れたな。
おっと、おまけにあげたクリームの代金は自腹で支払っておかないと品減りしちまう。
それにしても、大見得切っておいて女将さんの手が治らなかったら格好悪いな。
確か、ハンドクリームにも色んな種類があったはず。
効きそうな商品をもっと発注しておこう。
ククク……女将さんには実験台になってもらいましょうか。
数日後、女将さんが知り合いの飲食店関係者を大勢引き連れて現れ、ハンドクリーム争奪戦にまで発展するとは思いもしなかったのである。




